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http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20110908#p1
***西洋人の「法」重視と日本人の「慣習」重視
西洋では社会的に個人の主体性が重視され、(精神的な)「去勢」により大人になる。日本にはそのような習慣はなく、西洋的にみれば、日本人は去勢されない半大人の世界となる。では日本人は去勢されずにいかに社会的秩序を維持しているのか。
社会秩序を維持するツールとしては、法、経済性、慣習、暴力があげられる。西洋のようなローコンテクストな他民族社会では取り決めはあらかじめ掟を含めた広い意味での「法」によって明確にしておく必要があり、秩序維持でも重視される。このためにこの法を守り主体性をもって活動することの宣言として「去勢」は明確になる。
それに対して、日本人の社会秩序では「慣習」が重視される。日本人のハイコンテクストな社会では、「日本人同士なんだから〜してくれるだろう」という暗黙の他者への期待がある。それは「空気を読む」というレベルではなく、意識しないところで、慣習に深く働いている。むしろ最近の「空気読め」ブームはその暗黙の期待の一角が崩れてきたことへの不安であるといえる。
***日本人は「甘え」の社会
日本人の慣習は明文化されず、系譜の連続性などを元にした他者への期待と、場面によって体が勝手に動くというような身体同期行為による。
これは、西洋人からすれば、明確な去勢がなく、他者への期待という「甘え」によって社会が維持されているように見える。そして西洋人にとって「甘え」とは去勢前の、母と幼児の関係でしかない。だから未熟、他者依存、主体性がない、などのネガティブなイメージしかない。
日本人は大人になれない未熟な半大人の社会ということになる。たしかに日本人の社会秩序には「甘え」が重要である。しかしその「甘え」をこのような西洋人の母と幼児というコンテクストのみ理解することは西欧中心主義である。
***客観主義的な西洋人、自己産出的な日本人
たとえば家をつくることを考えてみる。最初に設計図を書き、計画を立て、それにそって材料を調達し、建設する。これが一般的な家の作り方である。しかしたとえばハチが巣をつくる場合には、最初に設計図などない。目の前の部分から作り出して、その場その場の環境に対応して最終的な巣をつくる。あるいはこの巣作りには終わりがないのかもしれない。たえず作り続けている。
先に設計図を書く方法は「客観主義的」である。観察者が全体を客観的に俯瞰する。それに対してハチの巣は「自己産出(オートポエスティック)的」である。その場その場の環境に合わせて対応する。このときに全体を客観的に俯瞰するような観察者はいない。制作者はその場に埋め込まれている。
西洋人社会は客観主義的である。他民族間ではその場その場で調整は難しく、最初に「法」を明確にする。それに対して日本人社会は自己産出的である。その場その場でハイコンテクストな慣習をもとに柔軟に調整する。
***進歩における客観主義と自己産出
近代化とは客観主義の成功である。法治国家、科学技術の進歩などは、全体を俯瞰する客観主義的思考によって、世界の法則性を見いだし、それをさらへ外へと拡張することでいままでにない成功を手に入れた。しかし進歩そのものは自己産出的である。決して客観主義的な設計通りには進まない。その場その場の調整と改善が進歩を進める。
日本人の慣習を重視するあり方は近代化の技術進歩に多いに役立った。西洋的な客観主義的な枠組みをもとに、それを現実に改善により具転化し、実用化して進歩される。それによって世界に誇る日本は技術立国となった。
***「ガラパゴス」な日本人の自己産出能力の高さ
このような意味で、日本人についての比喩で「ガラパゴス」は秀逸だと思う。「ガラパゴス」の表の意味は、日本人は日本に閉じた自己満足であるために世界に通用しないというネガティブなものだ。しかしこれには裏のポジティブな意味を読み取れる。
一般的に進化とは突然変異と自然淘汰である。日本は多くの突然変異を生み出す力がある。すなわち「ガラパゴス」には無数の創意工夫をして進歩させる日本人の自己産出能力の高さが暗黙に隠されている。たとえばスマートフォンのコンセプトはアップルが客観主義的に生み出したとすれば、日本人は自己産出的にスマートフォンをさらに進化させるだろう。
これらはともにハイコンテクストな「ガラパゴス」社会による。「ガラパゴス」である故に日本人に閉じやすく、国際的なニーズへの対応が弱い。また「ガラパゴス」であるために自己産出運動を活性化させて、進歩を生み出す高い能力をもつ。
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