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( http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20110202#p1)
■市民社会と国家が解け合う「日本国民共同体」
個人そのものに、集団とは関係しない根源的な自然の権利がある。西洋の「市民社会」はこのような自立した主体が互いの権利を認めつつ協力する集団である。国民、民族を超越した世界市民である。
西洋での市民社会とは、国家権力と対立概念をもつ。国家の論理が行使されることで抑圧される個人に対して、団結し、補完し、対立する機能として市民社会は位置付けられる。
それに対して、日本人の市民社会について意識すること、議論すること、構築することがあったか。日本人は国家と市民社会は国民共同体として解け合っていた。「公民神学」によってまとめられていた。日本人は国民という共同体への帰属意識が強く、それを越える市民社会という概念が弱い。個人の人権を主張する前に国民としての集団により、政治的な問題は「調整」すべきと考える。
■日本人の「消極的な」個人主義
人権的リベラリズムの登場は経済的自由主義と切り離せないだろう。経済的に貧しければ土地に、そして集団内の協力関係に縛られる。自立した市民は土地、集団への依存から切り離された状況から生まれる。そのために貨幣交換基本にした市場経済は必要だろう。貨幣を基礎にした産業の分業体制による効率化、また貨幣による富の蓄積機能、他者との関係を断ち切る瞬間的な精算性などによって、自立した市民は生まれる。
しかし逆に経済的な自由主義が必ず人権的リベラルにつながるとは限らない。日本では経済的な自由主義が個人主義には向かうが、必ずしも人権の尊重へ発展していない。この理由は日本人が「国民」という公民神学による共同体を重視し、国民を超越する世界市民の概念を持たないためだ。
日本の経済的自由主義の成功によって個人主義は生まれたが、政治的な権利議論は国民として集団で「調整」すべきものであるという暗黙の前提があり、政治的な議論を迂回した個人の趣向の自由が重視される。政治的な、「積極的な自由」、人権に認められる個人の自由よりも、日常の「消極的な自由」、干渉されず振る舞える自由が求められる。
■現代の日本人の閉塞
現代の日本人の閉塞をこのような構図から考えると、世界有数の消費文化を構築した日本人は、豊かさの中で、干渉されずに個人の趣向を楽しむ「消極的な自由」を謳歌する。しかし一方で経済の成熟、高齢化、格差問題など、政治的な問題に対して、政治的な「調整」の場である国民共同体が機能していない現実がある。
そもそも国民共同体による調整とは、国民による議論の機能などではなく、国家権力による「善意」の調整運営を信じ任せてきたにすぎない。だから国家への懐疑が深まればとたんに機能不全に陥る。国民ができることはヒステリックに政権の首を入れ替える投票行動だけだ。
■民主党に求めたのは富の分配
民主党によるリベラルな政権の誕生は、理念的には、保守派自民党の長期にわたる「善意」の調整運営への不信から、開かれた議論の場を構築することが望まれた結果である。しかし実際には、日本人がリベラル政権に求めたものは、政治的な議論の場であるよりも、旧来の政権が腐敗し隠し持っている賄賂を明るみにして、国民に還元してほしいということだ。
国家と市民社会は国民共同体として解け合うことになんの疑いを持たず、市民社会の土壌がない日本人は、リベラルな政権を選択することが市民社会という個人の強い政治参加を求め、自らが議論し、さらに国家を補完するような社会的な活動を求められるということを理解していない。ただ政権をリベラルにすり替えたとしても、意味がない。
自らは積極的な自由に向けての政治的な議論など面倒で国民共同体の調整にゆだね、ただ消極的な自由を享受し続けたいということが、日本人の本音だろう。すなわちそのために国家はどれだけ富を分配してくれるのか。それが民主党へ求める本音だろう。
■新たな「国民共同体」に向けて
「だから日本人よ、市民社会を構築しよう」と言いたいわけではない。消費社会による個人主義を享受し、政治的な議論を行えない日本人の土壌がそう簡単に変わるだろうか。国家と独立した人権的なリベラリズムの土壌は西洋のキリスト教圏から生まれたものである。
実際に民主党はただ生きながらえたいために、政権奪取のころのリベラルなマニュフェストから大きく右旋回(保守化)しているのが現状である。「国民共同体」は日本人の特徴であり、かつてはまさに成功の原動力であった。妥協した右旋回(保守化)ではなく、その特徴を、再びうまく機能させる方法を模索すべきだろう。
■「富の分配」議論の限界
民主党政権が陥った、「富の分配」議論に終始しないことだろう。特に民主党の場合には、最初から不安を煽りつつ富の分配を卑近な支持率につなげている感が否めない。弱者救済は重要であるが子供手当のように誰にもというバラマキには意味がない。そもそも富の分配で総国民を満足させることなどできない。さらにいえば、富は決して人に安心を与えない。
「国民共同体」にはむしろ市民社会よりも国家を補完する機能がある。身近なコミュニティ内での互酬関係、ようするに助け合いである。市場経済が浸透したいまでも、日本人の国民共同体には互酬関係の力学が働いている。以前よりも人助けを嫌うというよりも、儀礼的な無関心として、必要以上に干渉しあわない(消極的な自由を尊重し合う)という高度な助け合いという逆説が作動している。このような機能は国家がコントロールすることではなく「神の手」に任せるしかない領域である。そのような領域があることを認めることが重要だ。リベラリズムは往々にして全てをコントロールすることを望みすぎる。
■富の分配方法 国家、市民、市場
富の分配にはいくつかの方法がある。一つが国家によって税が徴収され、再配分される方法。二つ目が市民レベルでの助け合いによる互酬関係。西洋ではボランティアや基金などリベラリズムの理念によって再配分が組織されている。この裏には西洋では日本以上に富みの格差が大きいという現実がある。日本では理念ではなく、主に身近な関係によって漠然とした助け合いによって行われる。三つ目が平等な機会のもとに自由な市場経済活動によって富が生み出されるとともに分配される自由主義。
日本人は、国家による再配分と、卑近な助け合いによって、富の分配を行ってきたが、市場経済の成功で人々が豊かになり、それまでの卑近な助け合いが解体しつつある。このために現在のように市場経済が停滞すると、国民が国家による再配分へ殺到する。しかし財政赤字が肥大しているように、そもそも国家による再配分で国民すべてを豊かにすることはできない。
今後、再び市場経済を復活させることは重要であるが、多くの日本人はいま生活が困窮しているというよりも、将来(老後)への不安から蓄えが欲しいという人も多い。しかしいくら蓄えが増えても将来への不安は消えない。
■外交と「国民共同体」の活性化
「富の分配」議論へと国民を導くよりも、海外との関係に力を入れるべきである。尖閣諸島の問題が民主党の最大の失敗であるのは、日本人にとってターニングポイントになる可能性があったためだ。いままではアメリカという世界の覇者の傘の下にいて存在感がなかった日本が、中国という新たな大国と正面から衝突し、そして毅然と向き合うことは、日本の存在感を国際的にアピールするよい機会であった。そして今後、中国がさらに台頭する中で、アメリカの手下とは別の面として日本をアピールすることができる。
民主党の尖閣諸島問題への対応は国民に大きな失望を与えたが、「国民共同体」としての日本人にとってはこのようなことが重要なのではないだろうか。それが日本の復活にいかに結びつくのかということは具体的に言えないが、「国民共同体」とはそもそもが「想像の共同体」だから。
尖閣諸島の問題は特殊な一例だが、「国民共同体」の活性化への国家の貢献は、ある時は友好的、ある時は闘争的に国際社会の中で渡り合う政治から始まるように思う。
明治国家を他の近代国家(政府主導型国家を含む)から区別し、その特徴的な制度的パターンを究明する手がかりを与えるのは、ウィンストン・デイヴィスが公民イデオロギーあるいは公民神学と呼ぶ、新体制のこうした正統化のあり方である。
明治日本における公民神学の構築は、大革命後のフランスやロシアと同じように、新しい国家意識を鋳造することであり、ユージーン・ウェーバーの表現を借りるなら「農民をフランス人につくりかえること」(ここでは「日本人につくりかえること」)を目的としていた。しかしこの点において、近代日本の形成にかかわるいくつかの特徴がはっきり姿を現すことになる。
国民共同体という発想は、西洋のナショナリズム観から大きな影響をうけたものであるにしても、明治体制のイデオロギーにおいては、西洋の国民国家の場合と異なったやり方で定式化された。重要な相違は、この新しい日本の集団意識が原初的自然宗教的なことばで表現された点にある。このイデオロギーによって広められた原初的また国民的は集団アイデンティティないし意識は、日本の新しい政治システムを象徴する、半ば神話的となった天皇という存在ときわめて密接に結びついていた。
・・・その後も、日本の社会や文化に大変貌がおこった大正期や第二次世界大戦以後においてすら、このイデオロギーの集団概念のいくつかの基本的前提は、新しい表現をとりながらもそのまま幅をきかせることとなる。国体というイデオロギーは第二次世界大戦後、その神話的な装いをはじ取られた後も、日本の新しい集団的アイデンティティのもっとも不変の要素であり続けた。P46-51
〆日本比較文明論的考察〈1〉 S.N. アイゼンシュタット (ISBN:4000242261)
明治期に具体的な姿を現したイデオロギー的前提は、自己正当性の特有の様式を備えていたが、それはすでに見たように、西洋の立憲体制の前提とも、あるいは絶対主義体制の前提すらも、大きく異なるものであった。この文脈でとくに重要なのは、国家と市民社会とが融合しようとする傾向が強かったことある。国家も市民社会も国民共同体に埋め込まれており、その結果自律的な公共空間が発達することはほとんどなかった。したがってピーター・ドウズが示唆したとおり、日本の政治的秩序、社会的秩序の捉え方では、個人主義の原理、それに伴う国民と市民社会の区別、自律的な市民社会の概念というものは脆弱なままで根づくことがなかったのである。
ジャーメイン・ホストンは、最近の論文でこの論点を次のように展開している。
日本にリベラルはほとんどいなかったし、誰一人として日本社会における国家の介入的役割や、頂点にある天皇の地位に根本的に疑念を差し挟む者はいなかった・・・・原子(アトム)としての個人に与えられた自然権という抽象概念を基礎とするリベラリズムは、マルクス主義者が奉ずる同じように異質的でトラウマ的な階級闘争概念と同じく、彼らの苦悩を緩和することはできなかった。戦争の到来とともに、
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