http://www.asyura2.com/10/social8/msg/357.html
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http://www.mof.go.jp/public_relations/finance/f2305d.pdf
34 ファイナンス 2011.5
日本の科学技術力強化について
▶神田主計官(以下神田) 先日も、先生の世界
最先端の研究所を拝見すると共に、貴重なお話を
拝聴させて頂き、有難うございました。
さて、我が国は、国際競争の激化にもかかわら
ず、政治の混乱、少子高齢化、未曾有の財政赤字、
活力の喪失等々に直面し、このまま無策で行けば
没落は必至な様相を呈していますけれど、先生の
iPS細胞を含めまして、一部の科学技術には未
だトップレベルの国際競争力が残っていますし、
劣化しつつある教育を立て直せば、生き延びて、
さらには人類共同体にも貢献できる可能性が残っ
ていると信じています。何とかして、第2、第3
の山中が持続的に出てくる環境を急いで構築した
いと考えています。他方で、残念ながら、税収は
借金を下回り、国債費などを考えれば、教育や科
学技術予算は全て子どもたちの世代の借金で賄わ
れているといっても過言ではない状況であり、政
府の投入量に依存するのは限界となっています。
限られた政府資金で、日本の科学技術を最も強く
するために、先生のご経験から、最も大切なこと
はどういうことだとお考えでしょうか。
▶山中教授(以下山中) iPS細胞研究には、文
科省を中心に、経産省、厚労省、内閣府と色々支
援して頂いていて本当にありがたいのですが、ど
うしてもオーバーラップがあるのではないかと、
感じるところがあります。日本もこれ以上、研究
に対して予算を増額するには財源がないというの
は僕らでも分かりますから、如何に無駄を省いて
計画的に研究を推進するかということが一つの大
きな課題だと感じています。
▶神田 おっしゃるとおりで、私どもも精査に全
力を注いでおりますが、重複が絶対ないかという
と、不十分である可能性もあり、査定当局として
引き続き省庁を超えた横串の精査のプロセスを強
化していくと共に、こういうところに問題がある
というようなことをプロの先生方からも私共にご
教示頂ければと思っております。
民間資金の活用について
▶神田 次に、大学あるいは研究所の市場化の流
れについてです。これは、競争的インセンティブ
で活力を齎す、あるいは、研究資金に独自の財源
を与えるというメリットもありますが、他方で研
京都大学教授 山中 伸弥 先生
(京都大学iPS細胞研究所長)
科学技術 編
超有識者場外ヒアリングシリーズ ●4 主計局主計官 神田 眞人 山中伸弥 京都大学教授
profile
山中 伸弥 YAMANAKA SHINYA
1962年大阪市生まれ。神戸大学医学部卒業、大阪市立大学大
学院医学研究科博士課程終了。医学博士。奈良先端科学技術大
学院大学教授を経て、京都大学教授。2010年4月より現職。
2009年ラスカー賞受賞。
神田 眞人 KANDA MASATO
主計局主計官
1987年東京大学法学部卒業。1991年オックスフォード大学
経済学修士。主計局主計官補佐(主査)、国際局為替市場課補佐、
大臣官房秘書課企画官、世界銀行理事代理、主計局給与共済課
長等を経て現職。元オックスフォード日本協会会長。(財)浩志
会本会員代表幹事。
究の方向を短期的、即物的な方向に歪めたり、本
来、共通知であるべきものが知財で囲い込まれて、
人類全体の発展を阻害するリスクが存在します。
また、本来、民間が競争して行うべき研究分野ま
で公的機関にフリーライドしたり、あるいは特定
企業が不公平に特別な便益を享受して市場競争を
歪める問題も潜在いたします。先生も、アメリカ
では財団等の協力を受けておられて、様々なシス
テムを身近に見てこられましたけれども、企業と
公的研究機関の関係はどういう形が適切なのでし
ょうか。また、我が国の場合、民間資金の大学へ
の貢献というのが著しく低い状況ですけども、こ
れを健全な形で激増させることがどうすれば可能
なのか、何かアイディアがあれば御示唆下さい。
▶山中 アイデアとしては二つあると思います。
日本の大学の研究の多くは税金を使って展開され
ており研究成果は国民の成果になります。一つ目
の問題は、それを実際に実用化する場合に起こる
と思います。企業との連携は大切ですが、あまり
早い段階から特定の企業だけと組んでしまうと、
他の企業が入って来られないという問題が起こり
ます。また、早い段階から組んでいた企業がダメ
になったらその技術そのものがダメになってしま
うと言う例もあったと思います。iPS細胞に関
しては、知財は公的機関で研究をしている我々が
まず最初に押さえ、特定の企業に持っていかれな
いようにできるだけ国が頑張る、国立大学が頑張
るということが重要だと考えています。そして、
その特許はノンエクスクルーシブ(非独占的)に
ライセンスして、いろいろな企業にできるだけ幅
広く使ってもらうという方針をとっています。そ
ういった状況で、企業の中に成功してどんどん伸
びていく部分があれば、ある段階からはエクスク
ルーシブ(独占的)なライセンス等が必要になっ
てくると思います。最初から特定企業だけが独占
的に特許を持ってしまうのではなく、このように
段階的にやらないとまずいのではないかなという
印象を持っています。
二つ目のアイデアですが、民間資金については、
僕はアメリカと日本しか知らないですが、アメリ
カでは、本当に寄付が多くて、新しい研究施設が
個人若しくは法人の寄付でどんどんできていると
いう状況をみております。日本ではアメリカのよ
うに1人で何十億円も寄付できるような方は少な
いと思いますから、アメリカと同じような状況に
はなかなかならないのでしょうけれども、私たち
も「iPS細胞研究基金」を創設しています。i
PS細胞研究が何故必要かということを説明し、
ご支援をお願いし続けていると結構協力していた
だける方も増えてきています。
このようなことから寄付文化を日本にも根付か
せるということも民間資金の活用法のひとつだと
思います。多分、僕も他の研究者も、今まで胡坐
をかいていて、何もしてきていない部分があるの
ではないかなと思います。研究者がもっと自分の
研究を分かりやすい言葉でアピールして、そうい
う基金のような受け皿を作ってやっていけば、日
本でも寄付は集まるのではないかなと思います。
研究活動を支援して下さる方々にどのようにアピ
ールすれば、そういう気持ちになっていただける
か、寄付文化をどう作っていくかですが、やはり
研究者の責任がすごく大きいのではないかなと思
います。
▶神田 国際比較では、ご指摘の通り、寄付税制、
それ以上に、宗教を含めた文化の差もあります。
米国でもパトロネッジは経済状況や制度改革とい
った歴史的変遷を辿ってきております。ところで、
先生が以前、例えば5年間安定した資金供与がな
ければ大きな研究は難しい、ということをおっし
ゃっていましたが、米国企業の寄付は安定的にも
たらされるものなのでしょうか。
▶山中 僕のラボのある米国グラッドストーン研
究所を例にとりますと、グラッドストーンさんと
いう方の遺産がベースにありますから、それを運
用してある程度恒常的に資金を出してくれます。
それ以外にも新たなファンドレイジングによって
毎年億単位の資金を集めていますので、継続的に
使用可能な資金を出せるようになっています。他
ファイナンス 2011.5 35
科学技術 編
超有識者場外ヒアリングシリーズ 4
36 ファイナンス 2011.5
方、アメリカにおいても公的部門のN I H
(National Institutes of Health)の資金は3年プ
ロジェクト、5年プロジェクトとなっており、そ
れ以上は絶対使えないことになっていて、そこは
日本と実はあまり変わりません。でも米国では、
民間からの資金をたくさん集め、それをうまく運
用しているということに違いがあり、そこがアメ
リカの強みではないかと思います。ですから、日
本人でもお金持ちの方がおられますので、日本の
研究者は国に頼ってばかりではなく、もっと民間
資金を動員する努力が必要ではないでしょうか。
実は、僕の日本の研究所(iPS細胞研究所)に、
かなり高額のご寄付を下さっている方もおられま
す。日本人に寄付マインドがないということはな
いのです。だからそこは研究者が頑張っていかな
くてはなりません。研究者の中には、寄付をお願
いするのが恥ずかしいと考える人がいるかも知れ
ません。しかし、如何にわかりやすい言葉で自分
の研究の重要性や成果を説明していくかというこ
とが求められる時代になったのではないかと思い
ます。
▶神田 おっしゃるように研究者の説明責任が一
層求められる一方、政府としても、日本社会が
益々、利己主義、物質主義、近視眼になってしま
っている中で、能力に応じて社会、国家に貢献し
ていく自然な気持ちを共有できるような教育、他
方で、社会に貢献された方を素直にみんなでレス
ペクトするような、そういった社会にするような
教育ができないものかと悩んでいるところです。
資金配分の重点化について
▶神田 3つめですが、先ほど先生がおっしゃっ
た縦割りと多少関係する話なのですが、iPS細
胞研究のように、我が国が世界トップレベルにあ
る研究分野に対する国の資金配分の重点化の実情
をどのように評価されるか伺いたいと思います。
例えば、総合科学技術会議は、立派な先生方が一
生懸命やっておられるのですけど、やはり優先度
判定においてS、Aが86%と偏ってしまっており、
それでは優先順位が見えず、重点化が不十分であ
るとの懸念があります。何を重点化すべきかとい
う時、学界も縦割りで、一層、細分化してきてい
ますので、分野を越えてお互いに批判しあいにく
いようなところがあるようです。どのようなプロ
セスでプロジェクト選択を決めるのがフェアであ
り、良い結果がでるのか何か良い知恵があれば教
えて下さい。
▶山中 これは本当に難しいことですが、一つ考
えられることは、総合科学技術会議のような組織
の陣容を強化、多様化することも一つだと思いま
す。年齢層を現役に近い人からベテランの現役を
退いた人までいろんな人を入れて調査機能を強化
します。その上で優先判定などでは、かなりの労
力を費やして審査しないとなかなか責任ある審査
は難しいのかなと思います。
やはり低い評価を付けるのは難しいものです。
調査機能の体制がどの程度備わっているのかは僕
には判りませんが、評価はそれなりの根拠があっ
て初めてできることだと思います。
▶神田 学者は、自分の頑張っていることが一番
大切だと思っている方が多いし、私も、それ位の
志をもってくれないと困ると思うのですが、各分
野の代表選手同士では、それぞれ別の分野に対し
て、お前のところの方が劣位にあるぞとはなかな
か言えない状況にあるのではないでしょうか。
▶山中 やはりそこにもプロ集団を作るしかない
と思います。私たちの仕事は日本の科学技術の舵
取りをすることだという、それも2、3年で代わ
るのではなく、10年くらいはずっとやって頂く。
また、自分の出身の学界を代表しているのではな
く、日本の科学技術そのものを見るのが仕事なの
だというプロ意識をもった人を、色々な省庁や大
学を行き来できる環境で、若いときから育てて行
くのも一つかもしれません。
▶神田 それでも、なかなかプロジェクトひとつ
ひとつまでマイクロマネジするのは難しいし、屋
上屋になるリスクもあるでしょうから、真の司令
塔として、大きなプライオリティー付けや取捨選
択の哲学、効率化の視点といった大戦略を科学コ
ミュニティーとして合意し、その正統性をもって
全体をリードして頂ければ有難いという意見も強
いようです。
競争的資金について
▶神田 それと関連するのですが、4つ目に競争
的資金、即ち、科研費といったボトムアップ型競
争的資金、及び、戦略的創造研究推進事業といっ
たトップダウン型競争的資金について、それぞれ、
課題採択や評価のあり方を改善するために制度の
見直しが必要と考えられる点はないでしょうか。
先生は、しっかりした設備は共有して活用できる
ようにした上で、1,000万円程度の資金を広く若
手に配分し、厳しく競争させるこというのがいい
のではないかといったことも、一つの案として御
示唆されていましたが。
▶山中 こういう可能性はないかなという程度の
一つの案ではありますけれども。
▶神田 それに近い制度として、もう少し配付額
は小さいですが、科研費が存在し、今回、総額を
30%以上大幅に増額しましたし、また、ポスドク
支援として特別研究員事業を拡充したり、テニュ
アトラック事業を新設したりしました。ただ、そ
の場合悩ましいのが、まだ実績のない若手が、チ
ャレンジングでハイリスクの研究に挑む機会を作
ってあげなければいけない、しかし、膨大な申請
の中から公平感とアカウンタビリティのある選択
をしなくてはならない、この二つをどう調和させ
るのかということで、制度設計に難渋しています。
将来の可能性の芽を摘まない一方、なんでこの人
なのかと、ライバルへの公平感と納税者への説明
責任を持って示す、結果もしっかりフォローして
いくというやり方をどういう風に見出したら良い
のか、いい知恵はないものでしょうか。
▶山中 研究には、広い畑を整備して、そこで小
さい芽を育てていくという段階と、そこから出て
きたものを重点的に育てていく段階と、大きく分
けると二つあると思います。年齢的に若い30代は
広く萌芽的研究をやって、40歳くらいから一部の
人に絞って伸ばしていくシステムになっていると
思います。やはり30代で研究を目指している全員
が伸びていくと言うのはありえないことだと思い
ます。能力や努力、運、不運もありますが、結局、
ずっと現役で研究を続けられる人はどんどん絞ら
れてきますし、絞っていくべきです。
では、それ以外の人は何をするかというと、例
えば、先ほど言ったような総合科学技術会議の様
な組織のスタッフになって、自分では研究をしな
いけれど他の人の研究を見て科学の方向を決めて
いくという道や、自分は研究をしないけれどメン
ターとして各大学に居て、10年前の自分のような
人のメンターになるという道も考えられます。そ
ういう人が面倒を見る人が20人いれば、誰が努力
しているかというのがよく分かるようになると思
います。誰が伸びるかというのは見抜くことは難
しいですが、誰が努力しているかは分かるはずで
す。努力なしに成功はあり得ません。
萌芽的研究の段階で、研究内容だけで審査する
のはなかなか難しいし、無理に研究内容で審査す
ると、こんなの絶対ダメだとやめさせてしまうか
もしれない。そこはむしろ自由に研究ができるほ
うが良いと思います。研究を一生懸命するかどう
かは、申請書類を読んだだけでは見抜けません。
実験は嫌いでも文章を書くのが上手であれば通っ
てしまうこともあります。研究が成功するかしな
いかは別として、一生懸命やっている人間かどう
か、この人だったらやらせてよい、ということを
見抜ける現場のメンターという制度を、僕たちく
らいの世代の人がやるのもいいのではないでしょ
うか。こういった体制を作ることは簡単ではない
と思いますが、若い人のこれからの芽を伸ばした
り、サポートするような体制が必要です。
▶神田 これは、支援を個人に対して行うか、中
間団体つまり研究室や学部といった組織に対して
行うか、という伝統的な論点にも関係しますね。
私共は両方のメニューを持っていて、おそらく両
方必要なのだとは思いますが、研究者個人のプロ
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科学技術 編
超有識者場外ヒアリングシリーズ 4
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ジェクトに直接、着目するより
は、一人ひとりの努力を身近に
見ている現場のチームに具体的
に誰がやるかの厳選を委ねる方
法がいいのではないかという御
示唆ですね。
▶山中 これはグループ型、い
ってみればCOEもそうなのか
もしれませんし、昔あった科研
費の特定領域研究もそれに近
い。つまり、グループをまとめ
ることを仕事にする人には、自
分で物を書く必要はないが、し
っかりと下の人をみて、下の者
がどれだけ論文を書いたかで評価をする、という
のはどうでしょうか。大学教授はみんな同じ基準
で評価されますが、本当は教育の方がよいとか、
研究の方がよいとかに分かれるはずですし、自分
の研究はそこそこだけれど、下の人を伸ばすのが
すごく上手な人もいるでしょうし、その辺で多様
性を持たせたほうがいいのかなと思いますね。
▶神田 先生ご自身の体験からすると、ずっと研
究を続けられて、どういった段階のときに、どう
いう契機があってこれはいけるなと、ちょっと最
先端を目指せるなというチャンスが巡ってきたと
いう意識を持たれましたか。
▶山中 やはり、アメリカへ行って、いわゆるノ
ーベル賞クラスの研究者が周りに普通に居るとい
う環境に入った時に、それまでノーベル賞といっ
たら自分とは違う世界だと思っていたのが身近と
なり、頑張り甲斐がすごくでてきました。そして、
日本に帰ってきてからは、独立した研究室を持つ
ことができたということ。奈良先端科学技術大学
院大学で独立した助教授として研究室を主宰させ
ていただいたのですけれども、単に独立しただけ
ではなくて、サポート体制があったのが有り難か
ったです。僕が奈良先端に移ったときは、科研費
が年度途中で300万円くらいしかなかった状態で、
普通だったら機械も買えないところを、奈良先端
ではほとんど揃っておりまして、赴任の二日後に
は実験を始められました。足りないものは隣の研
究室から借りることもできました。1人1,000万
円の研究費があったとしても研究に必要な機材を
自分たちだけで揃えるのは簡単ではないです。少
額の研究費でも、研究インフラ面に対する研究機
関のサポート体制があれば研究ができますから、
やっぱりそういう環境を日本でどんどん増やして
いくことが大切なことだと思います。
▶神田 厳しい財政事情にもかかわらず購入した
機械は最大限、有効に活用されるべきであり、私
も、各研究室がご近所さんと似たようなものを揃
えるのではなく、皆で共同活用したり、超大型の
機械、例えば理研は世界最先端の機器を持ってい
ますけれど、それを科学コミュニティーの公共財
として外部の研究者の方に開放していただいて、
日本全体で戦略的に使えるようにしていってはど
うかと考えております。
それから最後の論点ですが、国際競争が激化す
る中、論文の掲載時期が不自然になるような日本
人にとって不利な環境がありますが、先生はトッ
プを維持されている。最も公正な競争が必要とさ
れるべき世界において、プレステージアスなジャ
ーナルにおけるレフェリーの強大な権力、非常に
高価な先行開発実験機器等を輸入して買わされる
実態、こういった必ずしも公平でない環境におい
て、また、研究発表時期と特許権申請時期の関係
が微妙といった、新しい問題が出てくるような悩
ましい状況におきまして、いかに我が国が戦って
いくか、また、日本のジャーナルを育てるといっ
た議論もありますが、そういった環境を是正して
いくことができないかといった点につきまして何
かお考えがあれば御教示下さい。
▶山中 一つの方法は、やはりグローバル化だと
思います。研究に関してはどうも日本人は日本の
中でという感じに、逆方向に行ってしまっている
ような気がするのですが、どんどん外国に出て行
くべきです。また、ジャーナルのインナーサーク
ルに入ることも絶対に大切です。ジャーナルのエ
ディターの携帯番号を知っていて、いつでも携帯
で電話できる、ファーストネームで呼べる、そう
いう仲になると、比較的外国人と同じような扱い
に近づけます。できるだけ海外に行って、エディ
ターに話しかけたり、時にはお酒を飲んで議論す
る、といった努力を続けていたら、段々関係が繋
がっていきます。勿論、英語も頑張らなくてはい
けません。
日本発のメジャーなジャーナルを作るという考
えもありますが、なかなかそれも上手くは行きま
せん。というのも、日本の研究者の多くも Nature
とか Science に論文を出したいので、ジャパニー
ズジャーナルでは自分の研究が十分に報われた気
にならないという気持ちを持っているからです。
今、留学する人がどんどん減っているのは、余計
にジャーナルの敷居が高くなっていくのではない
かなという気がしますね。
▶神田 先生がおっしゃった、内向き志向は科学
者に限らず、日本人全体が弱くなっていっている
わけで極めて由々しいことです。今回も、留学生
が減っているということに危機感を覚え、海外特
別研究員事業を拡充したのですが、そもそも自然
科学というのはおそらく一番海外に出るメリッ
ト、向こうの研究施設もそうですし、優秀な先生
方に近づける、そういったメリットがありながら、
出て行かなくなっていることには一体どういう原
因があるとお考えですか。
▶山中 僕たちが留学したときに比べて、日本の
研究環境がずいぶん良くなったということがある
と思います。それに、昔は日本にポスドクという
ポジションはなかったので、卒業して助手になる
前、アメリカかイギリスに行くしかなかったので
すが、今は日本のポスドクの数がすごく増えまし
た。そうなってくるとポスドク同士の競争が激し
くなり、アメリカでポスドクをやってちょっとく
らい良い仕事をしても日本に帰って来られず、日
本で誰か偉い先生の下でポスドクをしている方が
評価してもらえるのではないか、うまく行けばそ
の偉い先生の下で助手とかになれるのではないか
と思う人も多いと思います。
昔は、アメリカに行かないとできない研究がた
くさんあったのですが、それが今は本当になくな
ってきて、最新の機械も全部日本にあります。留
学するともう帰って来られないとか、行くところ
がないかもしれないというようなことを考える
と、日本に居ようかなと、何か居心地がいいなと
も思ってしまうでしょうし。
▶神田 自然科学の分野では、大学のポストは公
募が増えており、海外で研究成果を持って帰って
くれば、逆に昔より戻り易いところもないのでし
ょうか。
▶山中 そうだとも思いますが、実際には、留学
はやっぱり勇気がいる行為と捉えられているよう
な感じがあるようです。
全体的に安定志向の若い人が多い。別に偉くな
りたくない、幸せだったら良いというような感じ
もあります。向上心が消えていっています。
▶神田 科学の場合、世間的に偉くなることは別
として、少しでも判らないことを知りたい、神に
近づきたいみたいな、そういった知的好奇心、向
上心がなければ、科学者としては失礼ながら資質
を欠くのではないかという気がします。何か好奇
心に基づいて闇雲に研究するというようなものが
薄れているとしたら、非常に科学の進化にとって
ファイナンス 2011.5 39
科学技術 編
超有識者場外ヒアリングシリーズ 4
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危険だという気がします。
▶山中 必ずしもそういう気持ちがないというわ
けではなく好奇心はみんなあるとは思うのです
が、今の日本には海外のようないい環境が増えて
いて、わざわざ外国に行かなくても日本でもでき
ると思っている人が多い。むしろ外国に行くデメ
リットを色々考えるのかもしれませんね。
▶神田 日本の研究者の質というのは高まってい
る一方で、日本の研究室には外国の優秀な方はあ
まり数的にはいらっしゃらないという意味では、
未だ海外のような環境ではないというのは間違い
なく、やはり、少しでも出て行って欲しいし、少
しでも来て欲しい。この観点で日本が矛盾を抱え
ているのは、他方でポスドクの雇用問題というの
があって、それが一種の労働問題のようなかたち
で、私どものところへ要求が来て、キリがない状
況にあります。大学院を拡充したため、毎年1万
6,000人博士を生産して、民間は5,000人しかとら
ないところ、1万人を毎年新たに大学で抱えるこ
とになって、ポスドクを食っていけるようにして
欲しいとなってしまう。そうすれば、財政が持た
ないだけでなく、キャンパス全体の活力が低下す
ることが懸念されます。
▶山中 今、セカンド・ポスドクとかサード・ポ
スドクとかも増えています。案外ポスドクの人の
中には、ポスドクのポジションが好きな人も結構
いるのですよね。いつも研究室の椅子に座って報
告書を書いているよりも、自分で実験をするポス
ドクでいた方がいい、と考えている人もいるのか
なと思います。
日本にはいろいろな問題もあると思いますが、
日本の良いところというのは、人を育てる、とい
うことだと思います。アメリカみたいに使い捨て
にしないところが日本の良いところであり、助け
合う文化といった良いところをどんどん伸ばして
いくべきでしょう。ただ、やはり外国に行ってほ
しいですね。そういういいところも外国に行った
方がよく見えると思いますから。
▶神田 最後にもう一つ、先ほどもご指摘があり
ましたが、申請とか報告がかなり面倒で、研究時
間を割かれてしまうという批判をよく聞くのです
が、公正で説得力のある審査をするための材料は、
納税者への説明責任としても、提出して頂く必要
があります。他方、そういった目的と無関係な無
駄なことをやらせているのであれば、それは少し
でも合理化すべきであり、こういうところは直し
て欲しいというところはありますか。
▶山中 先ほどの省庁間の研究費の重複の話とも
関係しますが、研究費の種類が細分化されすぎて
いるのではないか、もう少しまとめるような形に
なったほうがいいのではないか、と思います。
▶神田 支援のメニューが多くて複雑という声は
私のところにも多く届いており、今回、大規模な
競争的資金の改革を行いました。例えば、文科省
の競争的資金の制度数を18本から5本に激減させ
ると共に、政策直轄型の競争的資金を一本化する
ことにより、取引費用の縮減と全体としてのスリ
ム化を図っております。また、科研費も、小規模
な研究を柔軟に支援できるよう、基金化を初めて
導入しました。勿論、単年度主義の原則のもと、
執行の適正さは担保しなくてはいけませんが、
300万円の事業について数千円の繰越しのために
いちいち膨大な紙を書くのですかという問題意識
で踏み切った次第です。これにより不正が減るこ
とも期待していますし、質の管理は寧ろ、強化し
たいと思っています。
▶山中 基金化というのはやはり画期的なこと
で、どんどん変わっていくということはすごくす
ばらしいと思います。
▶神田 財政は危機的状況にありますが、厳しい
財源を最大限有効に活用できるよう、効果的、効
率的な環境をつくっていきたいと思っています。
今日は上京中のご多忙にもかかわらずお時間を頂
き、誠に有難うございました。
注)この対談は東日本大震災前の23年3月1日に
収録された。
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