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追跡!AtoZ
【第59回】 2011年1月21日
長引く不況が後押し?保険金目当ての「偽装放火」急増の実態
年間1万件以上起きている放火(放火の疑い含む)。警察が凶悪犯罪と位置づけるその中に、とりわけ悪質なケースがある。「偽装放火」。失火を装い、自宅に火をつける保険金目当ての放火のことだ。放火が発覚すると保険金は下りないため、証拠が残らないように現場を偽装し、過失による火災に見せかけるものだ。
年間1万件以上起きているという放火。その中でもとりわけ悪質な「偽装放火」が、いま急増しているという。
「偽装放火」の実態を探るため、追跡チームが訪れたのは、都内にある国内有数の科学鑑定会社・株式会社分析センター。ここでは警察や保険会社などから依頼を受け、火災の現場に偽装の痕跡がないか、最新の分析技術を使って調査している。いまこの会社には全国各地から調査の依頼が相次ぎ、依頼件数はこの5年間で1500件。リーマンショック以降は特に増え、今年度はすでに400件近くにのぼっているという。
科学の力で偽装を暴け!
年々増える巧妙なトリック
この鑑定会社では、「偽装放火」を見抜くため、様々な最新の科学分析装置を備えている。その1つがFBIも使用している「ALS・科学捜査用ライト」。火災現場から採取した燃えカスに、特殊なライトを当てることで、火元を特定することができるものだ。一見、同じにように見える2つの燃えカス。しかし、ライトを当てると不完全燃焼の部分が白く光る。燃焼度の違いを比べることで、どちらが火元に近いのかが分かるのだ。
一方、放火に使われた物質を特定するのが「ガスクロマトグラフ質量分析計」という1台3000万円する機械。燃えかすに含まれる成分を100万分の1グラム単位で検出し、現場に残されたごくわずかな痕跡も見逃さないものだ。最近では「偽装放火」には、灯油やガソリンだけでなく、殺虫剤やつや出し剤など油を含む様々な製品が使われるため、この会社では500種類以上の製品の検出を可能とし、製造会社や製品名まで特定できるという。
「偽装放火」を見抜くための最新の科学分析装置。燃えカスに特殊なライトを当てることで火元を特定する「ALS・科学捜査用ライト」(写真左)。放火に使われた物質を特定する「ガスクロマトグラフ質量分析計」(写真右)。
「最近は、放火を企てる人はいろんな製品を使うので、そういったものを全部検出するのがわれわれの使命。対抗できるように努力をしている」
と科学鑑定会社の小林良夫工学博士は語る。
この会社ではこれまで様々な「偽装放火」を暴いてきた。数年前に東北地方で起きた木造住宅の1階の和室で発生した火災。この部屋に住む男は、外出中にタバコの火が燃え移ったと主張。火は洗濯物からタンス、そしてストーブへ広がったと見られていた。それを裏付けるかのように部屋には「燻焼痕」と呼ばれるタバコに特徴的な丸い焼け跡が残っていた。
しかし、鑑定会社で持ち帰った燃えかすを分析すると意外なものが検出されたのだ。それはシンナー。しかもシンナーが検出されたのはタンス。本来あるはずのない場所からシンナーが検出されたことで、「偽装放火」の可能性が強まったのだ。シンナーは極めて燃焼力が強く、しかもすぐに蒸発するため、痕跡が残りにくい物質だ。
鑑定会社が暴いた事件の全容は次の通りだ。男はまず、タバコの不始末を装うため、畳に燻焼痕を作った。次にシンナーのにおいを消すため、ストーブの周りにわざと灯油がこぼし、火災でストーブが焼き焦げ、灯油が自然に漏れたかのように偽装。そしてタンスにシンナーをかけ、火を放ち、数千万円の火災保険金をだまし取ろうとしたのだ。科学鑑定会社の小林良夫工学博士は語る。
「昔は、見るからに灯油をまいてという放火が多かったが、最近はいかにも自然な失火に見せかけて、実は放火というのも年々増えてきている。そうした偽装を科学の力で見抜くというのは、いまの技術ではかなりのところまで追い込めるようになっている」
次のページ>> 保険契約後1ヵ月後に全焼。新たな疑い
保険契約後1ヵ月後に全焼。
新たな偽装放火の疑い
最新の分析技術で「偽装放火」を見抜いてきた鑑定会社。調査の依頼は、年々増え続けている。この日、保険会社から新たな依頼が舞い込んだ。60代の夫婦が外出中に出火し、家が全焼。わずか1ヵ月前に保険の契約を結んだばかりだった。さっそく科学分析班が調査に向かう。証拠が隠滅されるおそれがあるため、現場での調査は速やかに行なわれなければならないからだ。向かった先は、東京から車で2時間あまり。関東地方の小さな山間の町。突然、分析班の車が止まった。
「ここからは、やはり個人情報とかありますし、お教えできない」
現場での取材は断られた。
翌日。追跡チームが訪ねると、現場から採取してきた燃えカスの分析が始まっていた。過失による火災なのか、それとも「偽装放火」なのか。現場に残されたわずかな燃えカスの分析が大きな決め手となる。化学分析班によると、現場は木造2階立ての住宅。住んでいた60代の夫婦の証言によると外出中に突然出火し、全焼したということだった。最も激しく燃えていたのが、リビング。消防によれば、火元になるようなものは、置かれていなかった。
現場に残されたわずかな燃えカス。この分析が「偽装放火」を見抜く、大きな決め手となる。何が出火の原因となったのか。顕微鏡も使い、徹底的に分析する。
しかし、分析班はリビングの燃え方に特徴があることに気付いたのだ。特に激しく燃えた場所が2ヵ所あったのだ。分析班はその2ヵ所を含む6ヵ所から燃えカスを採取。何が出火の原因となったのか。徹底的に分析することにしたのだ。
「今回は、油のにおいは?」
「いまの段階ではしていませんね。機械の装置のほうが感度が高いので、もしかしたら何か出てくるかもしれませんね」
燃えカスから抽出した成分を分析計にかけて、果たして何が検出されるのか。「偽装放火」の可能性はあるのか。結果が出るのは2週間後。追跡チームはその結果を待つことにした。
相次ぐ自宅への放火。
何のために火をつけるのか?
保険金を目当てに自宅に火をつける「偽装放火」。社会問題として大きく取り上げられたのは、1990年代前半。北海道旭川市周辺で起きた155件の連続不審火事件がきっかけだった。暴力団が経営する店舗や自宅を次々と放火。100億円近くをだまし取ろうとしたこの事件は、疑惑という花言葉から、「ラベンダー事件」と呼ばれている。
その後も、偽装放火事件は全国各地で相次ぎ、事態を重く見た保険業界では2007年、全国の保険会社を対象に初めて実態調査を実施。その結果、民事訴訟で偽装放火だと認められたケースだけでも、1年間で34件にのぼることが判明した。とりわけ深刻だったのが、被害金額の大きさだった。総額およそ 32億円。保険金詐欺全体の7割以上にのぼっていたのだ。
深刻化する偽装放火の被害。一体なぜ、どんな人が犯行に手を染めているのか。追跡チームはその実態を探るため、全国の放火現場を取材した。向かったのは、徳島県吉野川市の現場。現場はすでに売り地となっていた。この場所で事件が起きたのは、去年4月。火をつけたのは、この場所に妻と2人で住んでいた66歳の男だった。近所の人によればごく普通の隣人だったという。
「放火するとは全然、思ってもないですよ。世話好きな人だったから、びっくりしました」
次のページ>> プロの犯行から、普通の人々の犯行へ
なぜ男は自宅に火をつけたのか。供述調書をもとに探ることにした。インテリア会社で営業をしていた男は15年前、1800万円の新築物件を購入。毎月9万円のローンを組んだ。しかし、60歳で定年を迎えると状況が一変する。年金制度の変更などで、返済のあてにしていた年金が15万円から10万円へと削減されたというのだ。さらに不況が追い打ちをかけ、再就職先が見つからず、生活は苦しくなっていく。
そして2009年12月、突然脳梗塞で倒れ、入院。治療のため、まとまった金が必要となったのだ。「偽装放火」を考えたのは入院先だったという。
「仕事もなく、年金も減らされ、このままで生きていけるだろうか。500万円の保険金が手に入れば、生活が楽になる」(供述調書より)
退院してから3ヵ月後の去年4月。男は計画を実行に移し、まず徳島駅前のコインロッカーに貴重品を預け、そしてパートで働く妻が夜勤で出かけた後を見計らい、火のついたタバコをゴミ箱に投げ入れ、アリバイ作りのために車で外出、その4時間後、家は全焼した。生活費に困り、自らの家に火をつけた男。近所の人にその苦しさを伝えることはなかった。放火の4日後、男は犯行を自供。去年10月、懲役2年8ヵ月の刑が下された。
「今回の原因は、経済的にも精神的にも追い詰められたことを妻にも相談できずに、一人で抱え込んだことだと思います。いま思えば妻に相談すべきだった」(供述調書より)
暴力団によるプロの犯行から
普通の人々の犯行へ
いま、偽装放火に手を染める人たちの特徴が変わり始めていると指摘する専門家がいる。小松良則さん、56歳。大手保険調査会社の調査部長。これまで400件に及ぶ放火事件を調査してきた。「ラベンダー事件」では、警察と協力し、暴力団関係者による「偽装放火」を暴いた小松さんだが、最近はごく普通の人々による犯行が増えていると感じている。
「仕事を失ってしまった人とかですね。住宅ローンを払えずという人がですね。やむにやまれずという形ですね。いまは閉塞感がありますよね。先が見えない。不況が長いですよね。先が見えていれば、もうちょっと頑張ってみようというのがあるんですけども、そこがないので追い詰められる方もらっしゃるのかなと思いますね」
生活の苦しさから自宅に火をつける人たち。追跡を続けると、さらに深い闇が広がっていることがわかってきた。注目したのは、宮崎県で去年2月、 28歳の女性が友人の女性と共謀し、自宅に放火し、逮捕された事件。現場を訪ねると、そこはすでに駐車場となっていた。隣に住む男性によれば、火は一気に燃え上がり、男性の家にも燃え移り、ガレージと車2台が焼失。外に出ようとした妻が炎に巻き込まれ、やけどを負った。
事件が起きたのは一昨年12月。夫と子ども3人で暮らしていた女が家財保険800万円をだまし取ろうと、友人の女に漏電火災を装った放火の計画を持ちかけた。女はアリバイ作りのため、家族3人で福岡に旅行。その間に、友人の女に火を付けさせたのだ。
主犯の女とは家族ぐるみのつきあいをしていた隣に住む男性は、女がなぜ自宅に火をつけたのかを知るため、裁判のたびに傍聴に出かけた。そこで明らかになったのは、信じがたい事実だった。
「火災保険金が手に入れば遊興できるなどと考えて、安易に本件犯行に及んだ」(判決文)
放火の動機。それは、「遊ぶ金欲しさ」だった。女は、事件前の半年間で3回も海外旅行に出かけていたと見られている。隣に住む男性は未だにショックを隠しきれない。
次のページ>> 偽装放火を防ぐための新たな対策は?
「やはり複雑な気持ちです。特に家内が、未だに後遺症が残っていますから、夜、眠れませんのでね。よく言葉で罪を憎んで人を憎まずというのはありますけども、その両方を憎みたくなりますよね。放火という罪も憎みたいし、親子のように付き合ってきたひとからこんなことをされる憎みね。だから両方ともあります」
偽装放火を防ぐための
新たな対策は?
長引く不況が引き起こす生活苦。そして周囲への迷惑を顧みないモラルの低下。偽装放火の現場から見えてきたもの。それは普段、普通に近所づきあいをしていた隣人が、様々なきっかけから、放火という凶悪犯罪に手を染めてしまう現実だった。保険業界はどのような対策を考えているのか。日本損害保険協会の西村敏彦広報室長に聞いた。
「深刻な問題だと思うのですが、業界としてどのような対応が必要?」
「善良なご契約者様からお預かりした大切な保険料を犯罪者に渡すということになりますので、こういった保険金詐欺は保険制度を揺るがす決して許してはならない犯罪だというふうに考えています。」
いま協会では、偽装放火を防ぐための新たな取り組みを進めている。各保険会社が、契約内容をデータベースで共有。重複契約や事故歴などを互いにチェックすることで不正な請求を防ごうというものだ。さらに警察との間で定期的な会合を開くなど、捜査機関との情報共有にもつとめている。
「不正な請求に対しては重大な犯罪ととらえて、捜査当局への通報、あるいは刑事告訴といったような断固とした対応をとっています」
と西村室長は語る。
東京の科学鑑定会社ではこの日、分析結果を判定する会議が行なわれていた。60代の夫婦の外出中に、全焼した木造2階建ての住宅。火の気のないリビングに、なぜ激しく燃えた場所が2ヵ所あったのか。2週間に及ぶ分析の結果が明らかになった。燃えかすから何が検出されたのか。
「4番と5番は灯油」。検出されたのは灯油だった。リビングには、灯油ストーブやポリタンクなどは一切置かれていなかったことから偽装放火の可能性が浮上してきた。科学鑑定会社の小林良夫工学博士は語る。
「放火の手段の1つとして灯油がまかれたということが浮上してきた。消防・警察の実況見分の状況の様子とか放水の様子とか、建物の持ち主がどのように燃えかすを片付けたとか、そういう状況が入ってくれば、もう少し現場に対する詳細な真相が明らかになってくると思います」
分析結果は、保険会社に送られ、警察や消防からの情報も交えて、最終的に偽装放火かどうかが判定される。
「福岡 工場火災…」。この日も鑑定会社の電話が鳴った。火災調査の依頼が全国から相次いでいる鑑定会社。「偽装放火」は防げるのか。追跡は続く。
(文:番組取材班)
取材を振り返って
【鎌田靖のキャスター日記】
火災が増える季節になりました。日本では年間5万件以上の火災が起きていますが、出火原因で最も多いのが実は放火だということをみなさんご存じでしょうか。今回取り上げたのは保険金目的の放火事件です。
次のページ>> 保険会社が損するだけではない現実
日本損害保険協会によると、保険の起源は紀元前2千年の古代バビロニアにさかのぼり、ギリシャ・ローマ時代には海難事故や海賊の襲撃による損害に備えるため「冒険貸借」という仕組みができたそうです。みんなでお金を出し合って万一の場合に備える保険は、いま社会にとって欠かせないシステムとなっています。
その保険金を狙って、自らあるいは第三者と共謀して自宅などに放火し保険金を不正に請求するという事件が最近急増しているというのです。関係者の間では“偽装放火”といわれています。
「保険会社が損するだけでは」と思われるかもしれません。しかしそもそも保険は「偶然に起きる事故」の確率を計算して会社が支払う保険金の総額を予測し、これに見合う保険料を利用者に負担してもらうという仕組みです。“意図的”な事故が増えれば会社が払う保険金は増加し、その分保険料にはね返ってくることになります。つまり、他人事ではないのです。
私が警察取材をしていた頃も保険金目的の放火事件はありました。ただ、暴力団員が組の資金源にするため放火を企てるといった、いわば“プロ”による犯行が目立っていた印象です。それがいま、正確な統計はありませんが、普通の人々が生活費にあてたり会社の運営資金にあてたりするため放火するというケースが増えてきているようなのです。人々のモラルハザードとそれを促す今の深刻な経済状況が背景から浮かんできます。
保険金目的の放火は模倣性が高い犯罪だと言われています。そこであえて付け加えておきますが、保険金をだまし取る行為は詐欺罪にあたり10年以下の懲役。人が住んでいる住宅に放火した場合は、死刑または無期もしくは5年以上の懲役。決して割に合う犯罪ではないのです。
※この記事は、NHKで放送中のドキュメンタリー番組『追跡!AtoZ』第61回(1月15日放送)の内容を、ウェブ向けに再構成したものです。
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【次回の番組放送予定】
1月22日(土)午後9時50分〜
「消えた家主を追え 〜都会で急増 “迷惑”空き家」
住宅地として人気の高い、東京都世田谷区や杉並区。いま、家主が不在で放置されたままの空き家が増え、ゴミの不法投棄、火事の危険など、付近の住民の暮らしを不安に陥れている。この10年で東京都内の空き家はおよそ1.5倍に増え、10万戸を超えている。
こうした迷惑空き家はなぜ放置されているのか。それは迷惑空き家の問題に、行政がお手上げだからだ。住民たちが区役所に苦情を訴えても、私有地のために、家主の許可がなければ木一本さえ切れないという。
それでは家主はどこへ行ったのか。付近の住民は誰も答えられない。地縁が崩壊し、家主の所在はおろか、以前の暮らしぶりもまるでわからないのだ。区役所を訪ねると「消えた家主を捜して欲しい」という住民からの通報は、年間200件にも上っていた。しかし、区役所が戸籍などから家族に連絡しても、「どこへ行ったか知らない」「関わり合いたくない」と、血縁の薄まりによって家主に辿りつけないケースが多いという。
追跡チームは消えた家主の消息を徹底的に追う。その足取りから、地縁・血縁という人のつながりが希薄化した現代の東京の現実を浮き彫りにする。
◎番組ホームページ http://www.nhk.or.jp/tsuiseki/
※今後の放送予定(再放送含む)も確認できます。番組へのご意見・ご感想も大募集。
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