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2010年11月20日(土) 06時03分46秒
「政友会と民政党」、「自民党と仙谷民主党」
このところ、ブログの更新が滞っている。
今月はプライベートでも、人の死や、病気と向き合うことがあって、気持ち的に滅入っていたこともあるが、毎日、テレビ、新聞、ネットも含めて流れてくるこの国の状況を伝えるニュースを見ていると、なんとも、愕然とするばかりで、気力を失いつつある、ということもある。
もちろん、9月の民主党代表選で菅直人が再選されてから、こうなることはある程度、予想はしていたが、まさかここまでひどいとも思わなかった。
何がどうひどいか、ということをいちいちあげていてもきりがないが、とりあえず、あの枝野という男の厚顔無恥さぶりは、せめて止めて欲しい。
いまさら、「政治主導とはうかつなことを言った」と、政権交代そのものを否定するかのようなことを言ったかと思えば、あれだけ党内をぐちゃぐちゃにしておきながら、謹慎するでもなく、今度は、「仕分け人」として、えらそうに、事業仕分けで、他人を「口撃」する毎日。
こういう人物が、幹事長代理という要職にとどまっている時点で、今の民主党の責任感のなさというか、モラルのなさというか、組織としての体たらくぶりを象徴していると思う。
いまさらながらに、小沢一郎は福田政権との大連立を模索したことの真意を、突きつけられているという思いがする。たしかに「オリジナル民主党」の面々が、まさかここまでひどいとは、われわれ有権者も考えなかったからだ。
過度に民主党の政治家に期待していたわけでもないが、自民党の利権政治家や、二世政治家に比べれば、「マシ」だと思っていた。それがふたをあけてみると、その辺の一般企業で働いている同年代のサラリーマンよりもぜんぜん仕事ができない。
菅や仙谷といった全共闘崩れ、枝野にいたっては革マルから献金まで受けていたようだが、彼らは、思想的に反対することはやってきたが、そもそも組織としてのマネジメントを身に着けないままに、60才前後の老齢になったから、本当に組織をどうしていいかが分からないのだろう。
いや、それでも、自分たちが信じてきた思想や信条というものを、権力を手にしたということで、政治に反映させたいというなら、それもまだ分かるが、それすらもない。
結局、やっているということは、「権力に執着する」「保身」ということばかりで、アメリカや官僚、マスコミなどの既得権益にすりよっていくから、もともと左翼の連中であったかと思っていたが、やっていることは、コイズミ政治以上にアメリカ様のご機嫌伺いであるし、官僚改革なんかもどこかに吹き飛んでしまった。
つまり、既得権益べったりの政治というわけだ。
前にも、こんな裏切りをどこかで経験したなと、デジャブを感じていたが、村山富市を首班とした自民党と社会党、さきがけの連立政権に似ている。
あの時も、55年体制の自民党と社会党の対立は茶番だったのかと、騙されたという気持ちがあったわけだが、やはり今回の仙谷民主党も同類だというわけだ。おそらく、当時の旧社会党のように、有権者や支持者を裏切った民主党は、いずれメルトダウンして、消えてなくなるだろう。
唯一の救いは、とはいえ、国会議員のうち半分は、小沢一郎を先の代表選でも支持したわけで、彼らが、「国民の生活が第一。」という原点に立ち返って、党を割って、国民政党を今後つくりあげていけるかどうか、ということである。
さて、そんな中で、今の自分の正直な思いを吐露すると、民主主義自体が、日本で本当に実現ができるのかどうか。または日本にあった統治システムなのか、ということを私は自信を持てなくなっている。
少なくとも、二大政党政治自体も、難しいのではないかと、この仙谷民主党の体たらくぶりもそうだが、野党に転落した自民党が、反省もなく、あいかわらず、再生できない様子を見ていてもそう思うのだ。
もちろん民主主義は、もっともマシな政治システムではないかと思われるが、万能ではけっしてないし、その国の情勢に応じて、最適なシステムを選んでいく必要がある。
たとえば、人権を蹂躙しているという点で、かなり問題はあるが、それでも中国の資本主義をとりいれた現在の共産党を中心としたシステムはかなり機能しているとも思う。
中国は、あれだけの広大な国土と人口、多様な民族、地域ごとの利権対立などもあって、仮に自由主義社会になったとすれば、国家が分裂し、内戦を引き起こす危険性だってあると思う。
前進の中華民国の時代にも、地域ごとに軍閥が争って、そのことが列強の侵略を招いてきたという歴史も踏まえれば、やはり、今の中国の繁栄は、その独自の政治システムが一定の成功を収めていることにあるなと。
また、韓国は今はある程度、民主主義の国になったが、この国も、戦後は軍事独裁政権が長らく続いていたわけだが、しかし、独裁政権だったがゆえに、世界最貧国に近いレベルから、資本を集中して開発を進めることで、戦後の急激な成長を遂げることができたわけだ。
そして国が豊かになるに従って、冷戦後は、現在の一定の民主主義にうまく移行することができた、と。
同様のことは、台湾についてもいえるだろう。
さて、私たち日本についてはどうかということだが、もちろん、私たちの国は教科書上では、民主主義といわれるが実際はそういうわけでもない。
「三権分立」といいながら、実際は、政治も行政も司法も癒着した「三権連立」であり、検察と裁判所が、政府や官僚といかに結びつきが強い存在かは、ご存知のとおりだ。
違憲立法審査権なんて、教科書では習うが、行使されたためしがない。
そのうえ、55年体制も、結局は、アメリカの間接統治のシステムの中で、自民党と社会党が、中選挙区制度の中で、社会党が過半数を超えないように候補者数の調整をして、裏では国対政治として、資金的にもつながっていたのだから、あれこそ、「ゆるやかな独裁政治」であった。
それを批判するマスコミ自身が世界的にも悪名高い「記者クラブ」によって、情報を事実上、画一コントロールされてきたわけだから。
で、これらの支配者として君臨してきたのが、官僚ということであろう。
会社にたとえれば、株主にあたるのがアメリカで、自民党の政治家をお飾りの社長や顧問としてはおくものの、執行役員(事務次官)はすべて官僚が牛耳っているという統治システムである。
しかしながら、そのシステムでも経済成長を実現してきたのだから、まだいい。
だが、権力は腐敗するものだし、このシステムも老朽化してきたことで、新機軸を打ち出せずにもがいているというのが、今の日本の国家像というわけか。
たとえば、財界に関しても、いまだに重厚長大の産業のドンが経団連のトップに君臨するから、国としても、新しい産業を育成できない。
今、日本の企業はお家芸であったはずの家電分野でも、サムスンやLGなどの韓国系企業におされ、パソコンの分野でもDELLや、Appleなどのアメリカ企業に太刀打ちさえできないが、それは、新しい企業が出てくるような環境を、日本の財界が阻害しているという面もあるだろう。
結局、新しい企業が伸びる芽を摘んでいるから、韓国やアメリカの若い会社に勝てないのである。
日本のソニーや、パナソニックと、韓国のサムスン、LGとの競争は、確かに「日本 対 韓国」という見方を私たちはしてしまうが、これは見方を変えれば、「旧勢力 対 新興勢力」としての戦いでもある。
このような場合、なんだかんだ、新興勢力に、趨勢は移っていくものだから、なんとなく、日本の企業は徐々にポジションを失ってきているということだろう。
つまり、サムスンやLGを超えるような、新しい家電メーカーを、日本のシステムはつくってこなかったのだ。
閑話休題、
話はそれたが、いずれにしても、私は制度疲労を起こしているこの国にあって、いったいどういう形のシステムが、もっとも良いのか、ということに、自信が持てなくなっている。
昔は、民主主義で、政権交代可能な二大政党制こそが、その答えだと思っていたが、私なんかが想像していた以上に、はるかにこの国の病魔は重く、また民度についても、やはり課題も多く、難しいのかもしれないと、いう思いもある。
マスコミの世論操作にほいほいと乗っかり、支持率調査ひとつで、自国の首相をコロコロ変えるから政治が不在となる。その理由も、政策を実行したかどうかではなくて、漢字を読み間違えたからどうだとか、こういう失言をしたからどうだとか、マスコミの論調に国民がのっかって、自国の政治家をおとしめているわけである。
大事なことは、その政治家がどういう政治をやったか、どうかだと思うのだが。。。
そもそも、この国は、飽食の時代が続き、教育面にもかなり課題があって、民度自体が低下したという前提もあったりする。
考えてみれば、欧米の場合は、民主主義が定着するのに何百年も時間をかけているし、ヨーロッパにいたっては、古代ギリシアや、共和制ローマの時代からそのシステムを模索してきたのだから、東洋と比べて場合に、ずいぶん事情が違うのかもしれないな、と。
それでは、いったい日本にとって、国民の財産と平和を守るうえで、もっとも適したシステムは現実的にはなんだろうか、と、考えているのだが、なかなか難しい。
さて、私が二大政党制自体が日本には無理じゃないかと、考え始めたきっかけが、今の仙谷民主党と自民党の対立が、ネット上で多くの人が指摘しているとおりで、戦前の政友会と民政党の、「統帥権干犯問題」などをめぐるくだらない対立に似ているということにある。
今の日本の首相も短命だが、当時の二大政党時代の首相もかなり短命である。
1929年に初の民政党政権である濱口政権から見てみると、
■濱口雄幸(652日)・・・在任中、狙撃され死去(うち116日間は幣原外相が代行)
■若槻礼次郎(244日)
■犬養毅(156日)・・・在任中、五・一五事件で暗殺される
■斎藤実(774日)・・・海軍
■岡田啓介(611日)・・・海軍
■広田弘毅(331日)
■林銑十郎(123日)・・・陸軍
■近衛文麿(581日)・・・貴族
■平沼騏一郎(238日)
■阿部信行(140日)・・・陸軍
■米内光正(189日)・・・海軍
■近衛文麿 → 大政翼賛会へ、二大政党制消滅。
つまり、二大政党制が行われた11年間のうちで、12人もの首相が交代している。
そのうえ、議会としても、日中戦争から太平洋戦争と、無謀な戦争拡大を止められなかったわけだから、この時の失敗のツケは大きい。
こう考えてみると、あらためて気がついたのだか、私たちはなぜこの国で、二大政党制がかつて機能しなかったのか、というところをもっと研究する必要がある。
今の仙谷民主党と、自民党の二大政党制が機能せず、その結果、外国勢力(アメリカ、中国、ロシア)からの主権への侵害を招き、経済は展望は見えず、国民は政治に希望を失って、軍隊や官僚に依存するという傾向を強めていくのであれば、
それは、戦前に、国民がやはり不況にあえぎ、財界と政治の癒着に怒り、なんとなく「清貧」のイメージがあった軍部に過度の期待をかけたことて、軍国主義により傾斜していった経緯と状況が似ていなくもない。
もちろん、当時とはインターネットが普及したことで、マスコミに情報を牛耳られているというわけでもなかったり、
軍部(自衛隊)が力を持っているわけでもなかったり、一方で、アメリカのような外国勢力が日本の政治システムに隠然と影響力を行使しているなど、状況はかなり違うわけでもあるが、
いずれにせよ、せっかく政権交代をしても、このままでは、日本はダメな方向に向かう一方なので、どうすればこの国は、再び、前を向いて走っていけるようになるかということを、真剣に考え、議論していかなければならない。
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