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たった1本のネット動画が、一国の政府を揺るがしている。突然、中国漁船衝突事件の映像がネット流出したことに、仙谷官房長官は「公務員が故意に流出させたという行為があったとすれば、明らかに国家公務員法違反だ」と怒り心頭。8日の衆院予算委で調査の進展状況を説明するため、犯人捜しに躍起だが、恐らく特定するのはムリだ。それが、ネット社会の怖さである。
犯人が流出先に選んだのは、動画サイト「ユーチューブ」の日本版だ。登録情報などから投稿者を割り出すには、ユーチューブを傘下に持つ米グーグルの協力が不可欠。政府もグーグルへの協力要請を検討しているが、これが一筋縄ではいかないのだ。ネット社会に詳しいジャーナリストの江建氏が言う。
「グーグルは、徹底的にユーザーのプライバシーを保護することで有名な企業で、諸外国の捜査協力には基本的に応じていません。特にユーチューブは、ほとんど個人情報の登録なしに誰でも簡単に動画を投稿できるのがウリです。権力側の要請とはいえ、うかつに個人情報を手渡せば、ユーザー離れを引き起こし、自らの首を絞めることにもなります」
しかも、ユーチューブのサーバーは米国にあるため、日本の捜査当局が単独で強制捜査に踏みきり、資料を押収することは不可能だ。米国に捜査協力を要請しても、グーグルが首をタテに振らない限り、登録情報は永久に得られない。
前出の江氏は「自首しない限り、犯人特定は難しい」と断言した。
●ビデオ放置期間が1カ月もあった
大体、問題の映像のコピーは衝突事件直後に首相官邸をはじめ、国交省や法務省、外務省、防衛省など関係省庁に視聴させる目的で広く霞が関全体に出回った。
菅政権が映像公開の方針をひっくり返し、海上保安庁が慌てて回収し裁断したのは、事件から1カ月以上も経過した10月下旬のことだ。
「その間は『いずれ公開されるなら』という気の緩みから、それほど管理も厳しくなかった。関係省庁でも、誰がコピーを持ち出したのかを把握しきれていないのではないか」(霞が関関係者)
犯人特定はハナから雲をつかむような話なのだ。それでも政府は混乱を収めるため、大阪地検特捜部の前田元検事逮捕のように“イケニエ”を差し出す形で、無理やり犯人を仕立て上げることも考えられる。
だが、そうやって、映像流出の背後を洗ったところで、もはや何の意味もない。単なる愉快犯の“お遊び”に過ぎないかもしれないし、本気で政府転覆を狙う組織が幾重にもカムフラージュしたダミーかもしれない。
流出犯がネット社会の闇に紛れ込んでいる以上、真相は藪の中なのだ。
●得したのは大ハシャギ自民党か
ただひとつ言えるのは、今回の流出事件で得した連中と、これにつけ込もうと考えている連中がいることだ。補正予算の審議を妨害したい連中、菅政権を追い詰めたい連中である。
「自民党は今回の政府の大失態に大喜びです。公明党が民主党政権に接近していることで、自民党は渋々、補正に協力せざるを得なくなり、存在感を示せずにいたのが、これで菅政権を攻撃する口実ができた。石原伸晃幹事長などは、“国益がかかった問題だ。補正予算の審議がどうなるか分からない”とエラく鼻息が荒く、馬淵国交相や柳田法相の罷免を求めています。活躍の場ができたことで、大ハシャギですよ」(国会関係者)
そこまで見通して、それじゃあ、自民党関係者や、その支持勢力が今回のビデオ流出を仕掛けたのかというと、そんな度胸はない。自民党中枢に詳しい関係者はこう言った。
「谷垣執行部にそんな陰謀や芸当ができるグループがあったら、こんなテイタラクな政党になっていませんよ。中国を刺激し、日中関係をさらにギクシャクさせ、菅民主党を追い詰めたい願望はある。でも、万が一、犯人捜しの結末が自分の方に向かってきたときに、自民党が受けるダメージを考えれば、それなりの覚悟が必要ですが、そんな腹の据わった政治家は党内にいない。それだけは断言できます」
情報管理の面で世界の笑いものになっている菅政権。批判されるのは当然だが、自民党など野党が居丈高に騒ぐのは、単なる便乗犯にすぎないということだ。自民党議員がハシャげばハシャぐだけ、“目クソ鼻クソ”のレベルになるだけなのだ。
●ネット社会に負けて崩壊する国家統制
それにしても、今回の映像流出でまざまざと見せつけられたのは、ネット社会の威力と脅威である。
これまで国家権力は、すべての情報を独占し、恣意(しい)的に情報を操作することで成り立ってきた。江戸時代の昔から、権力側は常に「よらしむべし、知らしむべからず」の精神で、民衆を為政者に従わせてきた。真の情報には一切触れさせないことが国家統制の肝で、それをできる人物だけが権力を握ってきたのだ。
今回の衝突映像だって、視聴できたのはホンの一握りの官僚と国会議員だけ。国民の目には触れることのない映像を見ることで、彼らは特権意識を満喫していたことだろう。そんな国会議員や官僚の持つ威厳や優越感が、衝突映像がユーチューブに流れたことで、音を立てて崩れ落ちた。それが、今回の事件の本質でもある。
警視庁が長年かけて集めた国際テロの捜査情報が一瞬にしてネットに流出・拡散した事件も同じことだ。極秘情報の蓄積という警察組織の威厳は見事に崩れた。ネット社会の異様な発達で国家権力そのものが意味を成さなくなっているのだ。
「いまのネット社会は、動画投稿サイトやファイル交換ソフトがめまぐるしく発展し、誰もが匿名で国家機密すら漏洩できてしまう。一度漏れた情報はすさまじい勢いで拡散し、国家権力側も手の施しようがありません。米国では『ウィキリークス』という内部告発サイトが大流行し、40万点にも及ぶ米軍のイラク戦争にまつわる機密文書が流出するなど、国家統制の根幹を揺るがしつつあります。今回の衝突映像流出を引き金に、日本でもネット情報に一国の政府が揺さぶられるという別次元の社会が始まったのです」(江建氏=前出)
もはや、ネット社会の前では、情報の独占も権力も形無しだ。この国は為政者が存在しているようで存在しないシッチャカメッチャカの無政府状態に突入したのである。
http://gendai.net/articles/view/syakai/127316
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