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仙谷官房長官のナイーブな中国観と小室直樹氏の逝去(杜父魚文庫ブログ)
阿比留瑠比 2010.09.30 Thursday name : kajikablog
昨夜は政治部の歓送迎会があったため、きょうは二日酔い気味です。そろそろ、本気で酒を控えないと、命取りだなと思いつつ、夜になるとつい…。さきほど書店に立ち寄ったところ、好きな漫画、ベルセルクの最新刊(35巻)が発売されていたので早速購入しましたが、一杯やりながら読むと余計に楽しめるし…ああ心は千々に乱れます。
それはともかく、本日午前の定例記者会見で、仙谷由人官房長官が沖縄・尖閣諸島沖の漁船衝突事件に関し「中国様はあまりお変わりになっていない」という認識を示して、反省の弁を述べたので紹介します。あまりに中国に対する見方がナイーブなので笑ってしまいました。少なくとも、これまでの日本の対中外交から何も学んでこなかったということがよく分かります。
記者会見では、某社の記者が仙谷氏が13日の記者会見で「(船長を除く)14名と船がお帰りになれば、また違った状況が開けてくるのではないか」と楽観論を述べていた点についてただしました。私も13日にその部分を聞いて、ずいぶんと甘いことを言うなと感じたのでよく覚えていました。
「お帰りになれば」、ねえ。それで、きょうは仙谷氏は、そのときの判断についてこう悄然と語りました。いつもは強弁とすり替えで誤魔化すことの多いこの人にしては珍しく素直な口ぶりでした。
「多分、これでいいんだろうと。というよりも、中国側も理解してくれるだろうと、ある種、判断をしておったわけですが、やっぱり司法過程についての理解がまったくここまで異なるということについて、もう少しわれわれが習熟すべきだったのかなと思います。もっと言えば、『20年前ならいざ知らず』という気分が、私にはありました。つまり、司法権の独立とか、政治・行政と司法の関係というものがこの間近代化されて、随分、変わってきているなあという認識を持っていたんですけども、そこはあまりお変わりになっていないんだなあと改めて考えたところです」
…まあ、今さら遅いですが、本当に反省をして中国への見方を改めたのなら、全く無反省であるよりはマシですね。それにしても、なぜ仙谷氏は中国に対しては「お変わりになっていない」などと敬語を使うのか。昨日の記者会見でも、東シナ海のガス田、白樺付近で中国の海洋調査船がうろついていることについてこう述べました。
「まあ、周辺にいらっしゃるということは確認をしているようです。」
いったいどんなトラウマから、中国の船にまで敬語を使うような精神状態に陥っているのか分かりませんが、いやはや不思議です。よほど恐ろしい目にでも遭ったのか。それとも、深く心にしみこんだ何かのコンプレックスがそうさせているのか。
それで、全然違う話なのですが、今朝の朝刊に社会学者の小室直樹氏の訃報が載っていました。小室氏といえば、ソ連崩壊を予測した「ソビエト帝国の崩壊」など数々のベストセラーを書いた人であり、私も大学生のころに著書を片っ端から読んだ記憶があります。中には、「これはちょっと…」というものもなくはありませんでしたが、該博な知識と独特の理論に基づく一本筋の通った論はとても勉強になりました。
たまたま、以前何かの折に職場に持ってきてそのままになっていた小室氏の著書「これでも国家と呼べるのか」(クレスト社、平成8年刊)が手元にあるので、追悼の意を込めて少しそこから引用します。
《日本人はまだ「土下座外交」の本当の恐ろしさを理解していない。国際慣行上、みずから謝罪するとは責任を取ることである。責任を取るとは補償に応じることである。このとき、挙証責任はこっちに押し付けられてしまうのだから、相手の言いなり以外にどうしようもない。(中略)
国際法上、講和条約またはそれに該当する条約(例、日中共同声明、日韓基本条約など)を結べば、それ以前のことは一切なかったことになる。もはや賠償の義務はない。それなのに、日本のほうから謝罪したので、一切が蒸し返されてしまった。佐藤内閣の日韓基本条約や田中角栄が周恩来に賠償を放棄させた日中共同声明など、せっかくの努力がみんな無駄になった。》(第一章 謝罪外交は国際法違反)
《「歴史観」は個人の内面の問題である。権力がこれに介入することは絶対に許されない。これ「デモクラシー」の、いやそれよりずっと前の「リベラリズム」の鉄則ではないか。個人の内面の「歴史観」に、外国の権力者が介入し、これを必ず改めさせる。これ、日本を属国(植民地)視したことである。いや、属国視しただけではない。奴隷扱いしたことでもある》(第二章 誰がデモクラシーの敵か)
《大蔵省銀行局は、アメリカの法律も慣行も知らなかった。ルールに反して、大蔵省は、大和銀行から不正の報告を受けながら、米当局に六週間も通告を怠ったのであった。通報を怠ったことに関する榊原英資国際金融局長の説明が、日本の金融機関と当局の信用を泥土に落とした。榊原局長は通報遅延の理由説明で、何と、「日米の文化の違い」に言及し、「対米連絡の遅れについては不適切な措置は何もなかった」と述べた。(中略)
この「文化の違い」という説明は、大蔵省(特に国際金融局、銀行局)が、自由市場について何も知らないことの告白である。自由市場においては、完全情報が前提である。何の法律もルールもなくても、それは当たり前のことである。それと正反対の解釈をして、通報を遅延させるとは。これは文化の差ではない。自由市場の何たるかを知らない白痴的無能ぶりが招来させた結果にほかならない。(中略)
ちなみに、この榊原英資という男、昭和六十年、理財局国庫課長として「昭和天皇在位60年記念10万円金貨」発行を画策した人物である。だが翌年に発行された金貨の原価は4万円。販売価格の10万円とは6万円の差があった。日本経済バブル化第一号の事件を起こした犯人だが、ここに逸早く着目した海外の偽造団は偽金貨を大量に偽造。結局、大蔵省でも見通しが甘かったということで、改修策を講じることになった。だが、この大事件を犯した榊原は、国際金融局長に上りつめ、日米交渉の最高実務責任者となっている》(第六章 ただちに、大蔵省を解体せよ)
…ちょっと引用が長くなってしまいましたが、快刀乱麻を断つかのような小室氏の文章がもう読めないかと思うと残念です。謹んでご冥福をお祈りいたします。
杜父魚文庫
| 阿比留瑠比 | 06:11 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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