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地検特捜部は、権力犯罪を暴く「最強の捜査機関」と言われてきた。しかし、大阪地検特捜部の証拠品改ざん事件は、看板とはかけ離れたお粗末な捜査現場の実態をさらけ出した。検事の暴走を招いた最大の要因は、強大な権限を持ち、なおかつ批判にさらされることがない「特権意識」だったと思う。同時に、検察と密接に接触しながらチェックが不十分だったメディアの姿勢も、ゆがんだ体質を助長したと自戒している。
◇チェック不十分、メディアにも責任
6月15日、大阪高検の中尾巧・前検事長が退官のあいさつに毎日新聞大阪本社を訪れた。そのころ、大阪地裁では厚生労働省元局長、村木厚子さん(54)を郵便不正事件の被告とする公判が進行中で、検察が証拠請求した関係者の重要な供述調書が採用されず、検察は窮地に追い込まれていた。毎日新聞を含む各紙は「無罪の公算大」との論調で記事を掲載していた。
公判で検事の強引な取り調べや、ずさんな裏付け捜査が指摘されていることへの反省や釈明はなく、中尾氏は「残った証拠でも裁判官は有罪判決を書けますよ。有罪だったらマスコミはどうするつもりですか」と強気だった。
この後、村木さんの無罪判決、事件を捜査した前田恒彦・特捜部主任検事や大坪弘道部長(いずれも当時)らの逮捕へと事態は展開する。今から思うと、前検事長の言葉は「敗北は決して認めない」という検察のおごり体質を象徴していたと思う。
それを許してきた責任の一端は、私たちメディアにもある。重要事件を捜査する検察の情報を重視するあまり、検察という権力を監視するという視点は希薄になっていた。
◇望まぬ記事には検察取材を制限
私も大阪地検を担当したことがあるが、通常、逮捕された容疑者を直接取材できない中、日々情報を得るのに必死で、特捜部の捜査をチェックするどころではなかった。検察が望まない記事を書くと、庁舎への「出入り禁止」を言い渡され、逮捕や起訴の際の会見にも出席できなかった。
通常、注目を集める刑事裁判では、検察が公判で読み上げた冒頭陳述や論告などは、その日のうちに文書で報道各社に提供されるが、それまでの各社の記事が大阪地検の怒りを買い、いっさい資料提供されなかったこともある。国民の知る権利に応えるべき報道機関と、権力機関として国民への説明責任を持つはずの検察との関係としては、かなり異常なことだが、抗議したり批判的な記事を書いて検察と対立しても事態が良くなるとは考えられない。「何とかうまく解決しなくては」と、そればかり考えていた。
取材を締め付け、そこからはみ出すと制裁を科す。この手法によって、検察はメディアに対して圧倒的な優位性を確保し、批判を封じ込めてきた。事件報道で検察からの情報に依存せざるを得ないメディアは、検察の戦略に乗せられてきた。かつて大物政治家も似たような取材対応をしたといわれている。権力者の常とう手段なのだろう。
特捜部の事件は、最初の「入り口」は大事件でなくても、捜査を進め政治家や財界の大物の不正に切り込んでいく可能性がある。事件が動き出すと、先がどうなるか分からなくても、報道合戦が始まる。特捜部の事件というだけで、メディアがこぞって大々的に報道することが、「巨悪と対峙(たいじ)する特捜検察」という「神話」を作り上げてきた面も否定できない。郵便不正事件で村木さんが逮捕された時、担当記者らは事件の構図にどこか不自然さを感じた。しかし、「特捜の事件」という看板の信用性が上回り、「厚労省現職局長逮捕」のニュースを大きな見出しで報道した。
◇取材のあり方、試行錯誤し追求
「おれたちは『怖い顔』をしていることが大事なんじゃないのか」。昨年春の裁判員制度の導入を控え、検察の準備状況を取材していた時、大阪地検幹部はこう話した。検察にも「分かりやすさ」や「親近感」が求められる時代になろうとしていたが、それに抵抗感があるようだった。「検察は怖い。うそをついてもすぐばれる。そう思うから容疑者は取り調べで本当のことを話す気になるんだ」
確かに、権力犯罪を暴く「怖さ」の象徴が特捜だった。しかし、証拠品改ざん事件でメッキははげ落ちた。郵便不正事件で裁判所からも批判された「検事の描いたストーリーを押し付ける」手法は、もう通用しないだろう。
今後、特捜部が解体されるのか、存続するのかは分からないが、検察と報道機関の関係はこれまで通りではいられない。メディアの事件報道のあり方も、試行錯誤を重ね、新たな局面を切り開いていかなければならないと感じている。(大阪社会部)
毎日新聞 2010年10月28日 0時25分
http://mainichi.jp/select/opinion/eye/news/20101028k0000m070120000c.html
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