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一連の小沢一郎氏への事件対応で、検察審査会制度自体が持つ欠陥性が明らかになってきている。
マスゴミの虚偽報道に洗脳された全く素人の若い一般市民から、審査員として検察関係者が恣意的に選び、全く真実が書かれていない申立書による補助弁護士の誘導で、小沢氏の2度目の不起訴不当が議決された。
ということが、この阿修羅を始め、心あるブロガーなどの皆様の暴露や分析によってこの真実がネットから明らかになっている。
検察審査会制度は昨年に、不起訴不当が2度議決すれば強制起訴になるというような司法拘束力を持つよう、法改正されたらしいが、今回、小沢氏への対応でそれが始めて適用されて、検察審査会制度の存在とその欠陥性がクローズアップされた。
それまでは司法拘束力を持たず、昭和20年代に制定された検察審査会は有って無い存在であったので、その欠陥性、問題性が長い間表面化することが無く、気づく事が出来ずに来たということなのだろう。
この検察審査会の欠陥性と改革の方向性として、他の方々がまだ指摘されていないと思われる観点として、私は、「審査員の賢人(有識者)化」が必要だと考えます。
私は民主主義を否定するわけではありませんが、現在、金科玉条のごとく扱われている民主主義は万能ではなく、その構成する民衆の見識が低ければ、既得権益悪徳勢力(植草氏の指摘する、悪徳ペンタゴン)やその意向に沿った報道機関の狡猾な扇動によって民意がその方向に捻じ曲げられ、衆愚政治に至るという欠点が存在することは認識しておくべきです。
かつて古代ギリシャにおいても民主制が敷かれていましたが哲学者プラトンはその欠点を見抜き、「賢人(哲人)政治」が必要であると説きました。
現在においても民主主義を基礎としつつも欠点をこのような考え方によるシステムで補完すべきであり、一人の哲人王による統治という極端なことはしないまでも、国民の何パーセントかの複数の特に見識の優れた現代の賢人(有識者)達が関わる民主主義の衆愚化、暴走化に行かないような抑止、チェックシステムがなければなりません。
現在の議会制度は代議士の資質が低下し、不十分ではあるもののそれに近い役割を担っています。
また、資本主義崩壊後の新しい政治経済システムとして有力視されているプラウト(進歩的活用理論)では、同じような「サドヴィプラ」という、私利私欲を超えた徳の高い賢人達を社会のチェックシステムとして関わらせていくという考え方があります。
その観点から見れば、司法組織に属する検察審査会制度も、市民目線からの検察の判決のチェック機能であり、その審査員は、既得権益悪徳勢力の狡猾な誘導をはねのける市民目線を持った本来、賢人(有識者)であるべきもので、見識の低い一般市民であれば既得権益悪徳勢力の狡猾な誘導によって容易に決議が歪められ悪用されます。
いわば何も知らない幼君が、私腹を肥やす悪徳大臣に操り人形として操られるようなもので、その幼君が大人の賢君であれば悪徳大臣には操られないでしょう。
審査員は具体的には、審査対象の検察庁出身の元検察官は組織の癒着の危険性があるのでなれない事とし、普段から検察や法律知識及びその問題などに素養がありかつ、そのような問題を扱う市民オンブズマンなどに関わってきたような方達などが選ばれるべきで、そのような方達が真に市民目線を持った賢人(有識者)だと思います。
また、検察関係者が審査員を恣意的に選ぶことが介入出来ないようなシステムを考えるべきです。
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