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リトビネンコ事件と尖閣事件の比較で浮き彫りになる 日本外交の戦略欠如 /上久保誠人 [立命館大学政策科学部准教授]
http://www.asyura2.com/10/senkyo96/msg/791.html
投稿者 赤かぶ 日時 2010 年 10 月 05 日 07:11:10: igsppGRN/E9PQ
 

 尖閣諸島沖の日本領海に侵入した中国漁船と海上保安庁巡視船の衝突事故で、日本が中国漁船の船長を逮捕して日中関係が緊張している。

 中国は、丹羽宇一郎・駐中国大使の再三に渡る中国外務省への呼び出し、東シナ海ガス田「白樺」の掘削施設への機材運び込み、日本向けのレアアース輸出を全面禁止、日本人4人を拘束と強硬策を次々と打った。

 一方、日本では那覇地検が船長を処分保留のまま釈放したが、事態は好転しなかった。中国は日本に謝罪と賠償を求めて強硬姿勢をエスカレートさせた。

■日本政府の対応は、日中両国の立場に配慮した妥当なもの

 日本政府の対応には厳しい批判が浴びせられた。その代表的なものは、船長の釈放によって尖閣諸島に関して日本の国内法適用が断念され、事実上中国の国内法が適用されることで、日本の主権がほぼ放棄されたというものだ。ただ、この批判はいささか厳しすぎるのではないか。

 そもそも、那覇地検による船長の釈放が、なぜ「外交上の配慮」と批判されねばならないのか。釈放そのものが批判されるのもわからない。法曹関係に詳しい方に聞くと、刑事訴訟法では、勾留期限いっぱいまで勾留しなければいけない規定はない。必要な取り調べの終了後は釈放して構わないのだ。那覇地検の対応を批判する人は、「勾留期限いっぱいまで容疑者は勾留されるもの」という固定観念に捉われている。

「日本政府は関与せず、沖縄地検の判断での釈放」という日本政府の対応は現実的な線であろう。中国の立場を配慮しながらも、日本が尖閣の主権を放棄することにならない、ギリギリの解釈を可能にするものだからだ。

 中国の強硬姿勢は、経済規模・軍事力の急拡大による国力を誇示するものと考えられている。しかし、中国の強硬姿勢の裏には弱さがあるものだ(第5回)。中国は、大国化路線に日本の協力が不可欠であることを認識し、国内の反日運動が高まることを嫌がる。今回、中国の過去にない強硬姿勢には余裕のなさが感じられる。胡錦濤体制の権力基盤が不安定化している可能性がある。

 日本政府の対応は、さまざまな非公式ルートを通じて、中国政府からのSOSが伝わってきた結果だと考える。菅直人政権と中国のパイプの細さが指摘されているが、中国は自民党などの政治家や民間のあらゆるルートから菅政権にコンタクトを取ったはずだ。そして、日本の対抗措置継続によって人民解放軍が暴走して尖閣を占領し、胡錦濤体制が倒れて日中経済関係が崩壊するなど、今後深刻な事態が起こり得ることを伝えたはずだ。

 船長の釈放後、中国は日本に謝罪と賠償を求めて強硬姿勢を強めたが、国力の更なる誇示というより、振り上げた拳を簡単に降ろせない国内事情の深刻さが伺える。実際、その後中国は日本へのレアアースの禁輸を解除し、拘束した日本人のうち3人を釈放するなど、徐々に日本との関係修復を模索し始めているのだ。

■批判されるべきは日本の戦略の欠如――英露関係との比較

 小泉純一郎氏が首相退任後、「中国の機嫌がよい」だけで日中関係は良好と手放しで喜んだ政治家たちがいた。ロシア・インド・欧州との中国包囲網を模索した政治家はいたが、排除された。外交関係は「揉めているくらいがちょうどいい」(第5回)と考えて、戦略的に準備する政治家の不在こそが、真に批判されるべきことだ。

 今回のような事態を想定して、日本はどう戦略的布石を打つべきだったのか。参考になるのが、英国とロシアの間で起きた、英国亡命中の反プーチン派リトビネンコ氏急死事件だ(第10回)。英露関係が緊迫し、英国がロンドン駐在のロシア外交官4人を国外追放にする強硬措置を取ると、ロシアは「常識的な行動を英国に求める」とトーンダウンした。

ロシアが英国に対して強硬姿勢を取れなかったことには、

(1)英国はエネルギー資源確保でロシアに依存していない。ロシアからパイプラインを引かず、北海油田と中東・アフリカなどの権益を持っている
(2)BT・シェルなど英系企業がロシアの石油・天然ガスの開発技術を握っている。また、ロイズ保険を通じてロシア国内企業の経営情報を直接的・間接的に把握している
(3)原油など資源価格をコントロールするロンドン市場の存在により、資源の輸出に依存するロシア経済の生殺与奪を握っている
(4)事件発生直後に、国連とEUを舞台に外交を展開し、国際社会で「ロシア包囲網」の形成に成功した

 の4つの理由がある。

 これは、日本外交に示唆を与えてくれるものだ。日本の戦略の問題点を前記4点に合わせて、

(1)中国に代わるレアアース調達先を探してこなかった
(2)中国が形成する加工貿易ネットワークの中核は日本企業である。日本なしで中国経済が動かないことを生かせなかった
(3)レアアースを使った部品は、最終的に中国で製品化されるものが多い。つまり、日本へのレアアース禁輸はいずれ中国に跳ね返るもので、日本が動揺する必要はなかった
(4)中国のレアアース対日輸出禁止を、WTOに訴えるなどの措置を取らなかった。逆に温宝家首相がニューヨークで日本批判を展開するなど、国際世論形成で中国優位となってしまった

 と整理できるからだ。

■ロシアからのメッセージを読み取るべき

 日中が尖閣列島を巡って対立する中、メドベージェフ露大統領が北方領土訪問の意向を表明した。これは、領土問題に関して中露が手を組んで日本を牽制し、ロシアの北方領土実効支配を強固にする動きだと見られている。しかし、極東における日中露の構図は単純ではない。ロシアはシベリアでの中国の影響力拡大に強い警戒感を持っているからだ(第18回)。ロシアはシベリアの開発について、むしろ日本と協力して中国を牽制したいのだ。

 ところが、シベリア開発について日本は戦略を持たず、ロシアに対してなにも提案していない。その上、日本は中国の経済的・軍事的拡大に対して戦略的に動けないことも露呈した。メドベージェフ大統領の北方領土訪問発言は、中露が手を組んだというシンプルな話ではない。戦略なき日本に「目を覚ませ!」とメッセージを送ったものなのだ。
http://diamond.jp/articles/-/9609
 

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