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「これまでは政策だけが政治と思っていたが、仲間のつながりの大切さを学んだ」
と何の疑問もなく、このような言葉を吐くガキ議員は後藤祐一だけでなく、菅一派、オリジナル民主党には相当いるはずだ。
その一方で選挙直前の演説で菅自身が、特別会計の闇を暴こうとした石井議員が殺されたことにわざわざ触れていたが、菅を信奉するガキどもは、その言葉を何と受け取っていたのであろう。
そもそも、菅自身が、代表選の演説のネタとして、石井議員の魂を弄ぶ以外に何の理解も示していないのであるが。
このように、奴らは、どのような言葉に触れようと、どのような問題を目にしようとも、結局は己自身の考えから一歩も出ることが出来ない真実能無し(馬鹿)なのである。
そんな奴らに、命をかけて政治をやった石井議員の名前さえ、口にさせてたまるか。
幾度も繰り返して書いているが、戦後の自主性教育と言うものは、実に小さな、小さな心を持った人間を生み出しているのである。
小さいときから、判断をすると言う場面で、自主性、自主性と甘やかされているので、出来もしない、解りもしない社会の物事に対応できると勘違いし、本当のものを吸収しないで向かうことになる。
ところが、どっこい、世の中の有様はそんなに単純でなく、己の手に負えるものではないことにぶつかる。
普通の人間なら、そこで考え込み、悩みぬいて活路を開くのであるが、ガキどもはそれも出来ない。
結果、同じような環境にいる仲間を見つけて、俺もそんなに捨てたものではないと納得するように思いを馳せる。
こういう実力のない馬鹿共が、頼るのが世論であり、馬鹿共が世論を構成することによって、自らの逃げ道を確保しているのである。
であるので、世論と言うものは、根性無しの総意ということになる。
それでもって、世論にあわせて政治を考える、政治屋、マスメディア、評論家も同じ内容の馬鹿なのである。
小沢の様な「不退転の決意」なるものは、奴らにとって宇宙語を聞いているように全く概念もわからないのであろう。
こういう輩の治療法は、ピストル、ドスを突きつけて、逃げたら殺す、と脅してやることだ。
そこで、初めて中学生のレベルからやり直すことになる。
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