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私は『省煩』という言葉が好きだ。「セイハン」と読むのだろうが、どういうわけか『広辞苑』などには載っていない。この言葉を知ったのは、もう30年近く前のこと。故・小川平二元文部相邸の玄関に飾られていた扁額に書いてあった。意味はそのまま煩わしさ(わずらわしさ)を省く(はぶく)ということだろう。和風の玄関を入ったところに、こんな扁額が掛けてあると誰でもぎょっとする。つい、自分が訪ねたことも煩わしいのではないかと思ってしまうからだ。
最近の政治家は不必要なことに奔走してはいないか
彼は有数の良質な保守政治家で、私が尊敬していた政治家の1人だったが、引退前にこんな話をしてくれた。「米価の大会で“要求貫徹”というハチマキをして壇上に座っているのが耐えられなかった」納得した要求なら、その実現のために奔走することはいとわない。しかし、何もハチマキをして大声をたてる必要はないじゃないかというのである。
『省煩』とは実にこの人にふさわしい。それも客に向けて飾ってあったところが面白かった。この言葉は、「必要なことは必ずするが、不必要なことは決してしない」という意味だろう。最近の政治家は、私も含めて、「必要なことをせずに、不必要なことや余計なことをしている」人が多い。不必要なことや余計なことをしていると、それがいざ必要なことをするときの大きな障害になる場合も少なくない。
政治家にとってまず必要なことは、重要な現場に足を運ぶこと。そして、断固として時間を割いて、書を読み、深く考えることだ。昔の指導的政治家は、例外なく省煩を貫き、万巻の書に囲まれ、独り静かに考える時間を大切にしていた。
“口先介入”効果が限定的であっても「首相発言の重み」を忘れてはならない
さて、菅直人首相は、お盆休みをとって、4日間軽井沢のホテルで静養した。たまたま、円高、株安の大波の最中であったので、新聞論調には批判的なものもあった。だが、首相の日常には、いつも必ず困難な問題が横たわっている。それを考えていると休むわけにはいかなくなる。他の国の首脳のように何週間も休めば大騒ぎになるだろう。
しかし、わが国でも、少なくとも半月くらいは首相に静養の時間を与えてよいのではないか。リフレッシュしたり、決意を固める機会になれば、その後の政治に大きなプラスになるだろう。首相は静養前に、過度の円高に懸念を表明し、その効果か、一時的にマーケットの動きが鈍くなった。ただ、“口先介入”に味をしめて何度も乱発すれば、発言の効果は目減りすることに気をつけなければならない。
それよりも、為替や株式市場に向けての発言の効果は、他の分野についての発言の効果と同じであることを知ってほしい。為替や株式のマーケットは、首相の発言で直ちに具体的な数字で反応するが、消費税発言などは発言の影響がすぐに出ることはない。しかし、首相発言の重みは、どんな分野での発言でもそれほど変わらない。
“一流の首相”に求められる姿とは
さて、首相は軽井沢でどんなことを考えてきたのだろうか。首相の原点、初心に戻る決意を固めたなら有意義だ。しかし、9月の代表選に対する対応が主であればそれほど意味はない。石橋湛山元首相は、就任わずか2ヵ月で病気退陣に至ったが、その退陣の夜、官房長官が自邸を訪ねると、書斎にこもって経済学の原書を読んでいたという。“政局”ばかり考えている首相は一流とはいえない。
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