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【書評】『日本経済の真実 -ある日、この国は破産します-』辛坊治郎・辛坊正記(幻冬舎)
2010年08月08日13時24分 / 提供:PJオピニオン
【PJニュース 2010年8月8日】全くひどい本が出たものだ。どの書店に行っても、ショーウインドウーや店頭の特等席に何列も並んでいる「ベストセラー」だが、経済学を少しでもかじった者なら3ページも読んだら放り投げそうな代物である。書店業界に幅を利かすこの本に支配権力が付いているのは間違いない。
敏感な読者なら、この本の狙いがわが国の経済成長に手錠を掛け、預貯金を収奪することだと容易に分かるはずである。
成長に鍵を掛ける口実は、財務省が連呼する「国の借金」である。GDPの1.8倍、865兆円の政府長期債務残高の大きさを問題視し、このままではいつか国債が払い戻せなくなり、「大増税かハイパーインフレーション」になると警告する。
しかし、現実はご覧の通り。長期金利は低下する一方で、4日には新発10年物の利回りが1.0%を割った。政府の財政状況が市場で信任を得ている証である。
収奪のための扇動は、郵政民営化の擁護だ。郵政改革は郵貯を「政府の便利な財布」にし、預け入れ限度額の引き上げは民間の投資機会を奪うものだと訴える。民営化の動きを阻むのは、既得権益を持つ郵政ファミリー票をバックにした政治家や官僚だとつづる。
「便利な財布」と言うが、政府は郵貯があるから国債を発行するのではない。もし買うのをやめれば、長期金利が上がって大規模な信用収縮が起きるだろう。警察や消防、自衛隊職員への給料も払えなくなって、パニックになる。予算が組めないどころの話ではない。
「民間の投資機会を奪う」と言うが、民間の金融機関は青天井で、ユニバーサルサービスを提供する義務もない。そもそも今の金融機関は企業融資による産業振興という本来の役割を放棄している。利益の大部分は利率の高い外債での運用や手数料稼ぎだ。銀行に本来の役割を果たしてもらうため、むしろ政府はまだ豊富な預貯金を国債を通じて公共投資に振り向けるべきではないか。
郵政票の威力を危険視するが、全国郵便局長会(全特)の集票力は2004年に28万票まで低下している。現に7月の参院選では長谷川憲正氏が落選した。国民新党の亀井静香代表も下地幹郎幹事長も郵政族ではない。民営化に反対するのは既得権益を守るためではなく、郵政資金が「外国の財布」になるのを防ぐためだ。
この本が不自然なのは、小泉純一郎元首相と竹中平蔵元金融相を執ように持ち上げていることだ。「日本沈没を食い止めた小泉・竹中改革」という章をわざわざ設定。株価と失業率を引き上げ、財政状況を改善したのは小泉内閣だったと強弁する。
しかし、株価が上昇したのは世界的な好況に浴しただけのこと。2003年5月にりそな銀行を税金救済するまでは「大銀行でも大きくてつぶせないと言うことはない」と不安をあおり、東証平均株価は7000円台まで落ち込んだ。この過程で多くの自殺と倒産が発生し、無数の伝統企業が二束三文で外資に買収された。
失業率が5.5%から一時4.0%に下がったとするが、内容については問わない。2004年の労働者派遣法改正によって、就労者の三分の一は非正規職員になった。相対的貧困率は1984年の7.3%から2007年には15.7%まで急拡大しているのに。
小泉政権は財政均衡に成功したと書くが、小泉内閣の期間、「国の借金」は294兆円強増えた。財務省の「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」を見れば一目瞭然(りょうぜん)である。
一方、「亀は国を滅ぼすのか?」と題する節がある。本文に「亀」の字はない。金融円滑化法は国民の貯蓄を効率の悪い産業分野に固定するよう政府が金融機関に強要するとか、郵政資金の地域への活用は郵政ファミリーの票と引き換えに金融の流れを歪(ゆが)め日本の経済成長を止めるなどと、匿名の誰かを愚弄しまくる。名誉棄損ではないか。
この本の極めつけは、「日本を滅ぼす5つの『悪の呪文』」と題する最終章。呪文の5番目として「金をばらまけば、景気がよくなる」を挙げ、財政政策の無効を訴える。今の日本は誰も食うに困っていない状態だとし、買いたいものを供給できない国内企業の貧弱な発想をやり玉に挙げる。
挙げ句には、地方の商店街がシャッター通り化した理由を「その商店主たちが金持ちだから」と一蹴。不動産収入などがあって食うに困っていないからだと主張するが、今日の生活にも困る全国の商店主が聞いたら怒るだろう。
商店街のシャッター通り化は、日米構造協議で米国が求めた大店法の廃止が原因である。ところが同書には、大店法廃止や郵政民営化が明記された『年次改革要望書』の文字すら出てこない。
後書きでは時代の空気に流される言論人を叱咤(しった)し、「時には理詰めで立ち向かう勇気と行動も必要」と訴える。日本経済復活の会の小野盛司会長が4月下旬、辛坊治郎氏に公開質問状を出した。国債を大量に買い増した英国や米国がなぜハイパーインフレにならないのか、日本ではなぜ超低金利が続くのか、具体的に何の値段が100倍になるのかなどを尋ねたが、いまだに返事がない。
空論に終始するこの本が「ベストセラー」としてまかり通るさまは、まさに裸の王様である。【了】
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パブリック・ジャーナリスト 高橋 清隆
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