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2010年08月21日
小沢一郎の代表選出馬と大勝は自明の理である。(笑) おそらく呆れるほどの大差がつくであろう。
何処の新聞・テレビが叫び、菅内閣閣僚が実しやかに何を言おうと、これは決定的事実と言っても過言だとは思わない。もう筆者の願望とか推測の領域を凌駕した状況なのである。小沢首相待望派の皆様、安心して9月14日を迎えて構いません。
筆者などは、最期の最期に菅直人が代表選出馬を取りやめることまで想定内に入れている。(笑)土壇場になって、前原が 仙谷とつるんでいる田原総一朗らが主張する「世代交代」を旗印に手を挙げるのではなかろうか、まで視野に入れている。(笑)
日本の官僚体制と記者クラブ腐れマスメディアにとって、小沢一郎が内閣総理大臣になることは、生活権が侵害される事で許せない事実なのは、既に充分に知られている。
しかし、これら反国民的存在である霞が関、マスメディアはその一部である。ここのところを我々は認識しておく方がベストだ。
現在、冷や飯を食わされている、官僚、ジャーナリスト、学者、解説者も我が国に存在している事を知っておくべきだ。彼らすべてが敵な訳ではなく、戦後65年うまい汁を吸い続けたそれら連中が敵なのである。その意味で、有名な奴ほど国民の敵ということだ。(笑)
このような現象は昔も今も変わらないのだろうが、小泉政権以降顕著になったようだ。市場原理主義と米国支配、勝ち組・負け組の鮮明化現象と時が重なる点に注目すべきだ。そして、国民の90%が負け組で勝者は10%、一握りのエリート達だけに集中する。これでは「国民の生活が第一」と云う民主主義の原点自体が崩壊しているわけで、富の再配分と云う政治の重要な役目が欠落するのである。
「最小不幸社会」なんて言葉を平気で口に出来る政治家が生まれることになる。
国民の最大公約的幸せを願うのが政治家の仕事である。現状の社会に順応する政治をするだけであれば、混乱が生じる「政権交代」など無用の長物である。
小沢一郎にまつわる「政治とカネ」問題も東京地検特捜部の暴走であることは、多くの国民の知るところである。でなければ、幹事長として全権を振るった鳩山民主党が昨年の衆議院選挙で大勝する筈がないではないか。選挙が国民の総意であり、マスメディアや解説者の放言は自己保身の世迷い言である。世論調査政治が幅を利かせるのであれば、民主主義の原点選挙そのモノも不要と云うことになる。
発足後間もない菅直人民主党政権であっても、60%を超える支持率を叩きだし、クリーンが政治の全てであるように捏造したのは日本のマスメディアだ。しかし、政治の混乱(政局)を望む日本のマスメディアこそが、菅の消費税迷走発言をきっかけに、支持率を40%台に落とし込む誘導捏造世論調査の数値を叩きだし、有権者を混乱させた。
しかし、結果的に菅民主党政権は直近の参議院選挙で大惨敗したのだ。民主主義のルールを重んじる事が重要だ。信任の選挙に負けたのだから、政権に縋りつく態度は醜悪なだけである。
クリーンを政治の世界で重要視したり、世論調査の数値を引き合いに、政治を語ることは思考能力を停止したことを白状するようなもので、政治家としてあってはならない事である。自民党時代からそうだが、新聞記事を基に予算委員会での質問をすることも、政治家として失格なのだろう。国会審議は政策論議の場所として集中すべきだ。
仮に、或る政治家に刑法犯罪の疑いが生じたとしても、三権分立の原則を守り、司法の裁きは、司法に全面的に委ねるのが民主主義の原則だ。立法、行政が積極的に口出すべきものではない。まして、検察において不起訴となった政治家を政争の具として利用する等、政治家のすべきことではない。政治家は政治政策で勝負しろ!
日本の知的最高水準の男達が起訴できないと判断した案件が、検察審査会という国民目線の「感情司法」に委ねられ、魔女狩りが行われるのなら、警察も検察も極論では不要論に至るのである。こんな馬鹿げた制度が法治国家にあること自体 奇異である。
小沢一郎と云う稀有の政治家が「一部検察官の暴走とマスメディアの暴走」で政治生命を絶たれる危機に陥る等あっていいはずがない。検察審査会の議決そのモノを気にする必要もないし、どんな議決が出ようと堂々と公判の場で無罪を証明すれば良いだけのことである。ただし、当面は検察審査会の結論がどのようなものになろうと、国家国民の為に当面小沢一郎はこの濡れ衣疑惑の払拭は留保して貰い、09年マニュフェスト実現に首相として全身全霊を尽くして貰うことになる。
日本改造計画に則した、政治改革、国会改革、行政改革、公務員改革等「国民の生活が第一」の09年民主党マニュフェスト政治政策を自らの手で見事に成し遂げる政治手法の見本を、あとに続く若き日本の政治家達のために示さなければならない。「世代交代」はそれからである。
見本もなく、マニュアル世代政治家に後を託すと云うのは無責任とも思われる。我が国混乱に油を注ぐような政治シーンを現出させては絶対に駄目だ。
小沢はそう云うことは絶対にしない。それだから縄文の心が通う政治が可能なのだ。小沢一郎と云う政治家がその見本を示すことは、彼に与えられた天の配剤、宿命的役割と云うことなのである。
間違っても、マスメディアを味方にすることに汲々となり、官房機密費を月額1億円バラマク政治スタンス、腐れメディアが作る世論調査に阿る政治をしてはいけない見本を示すべきだ。
民主主義政治の原点は選挙だ! 選挙の結果がすべてを凌駕する。だからこそ、民意とは選挙であり、世論調査の数値ではない。まして、テレビの解説者の言動でもないことは言うまでもない。この事を今夜のコラムの締めとする。
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