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今日は終戦記念日である。日本の政治も一時の終戦という感じである。菅首相も軽井沢で家族と休暇を取り記者団の取材に応じ、以下のコメントが見出しになっていた。
首相の夏休み「政権への評論かなり読んだ」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100814-00000646-yom-pol
8月14日21時28分配信 読売新聞
菅首相は14日夕、静養先の長野県軽井沢町のホテルで記者団の取材に初めて応じ、当地での夏休みについて「あらかじめ決まったスケジュールが全くなくて過ごせたので、久しぶりにリラックスした」と語った。首相は伸子夫人と共に10日夜に軽井沢入りし、散歩や家族との食事などを楽しんだという。
「雑誌などこの1、2か月に対する評論をかなり読んだ」と語り、政権運営への評価を気にしている様子をうかがわせた。大平正芳元首相の人生を描いた辻井喬著「茜色の空」などにも目を通したという。大平氏は1979年に一般消費税導入を表明し、衆院選で敗北した。首相も自らの参院選の失敗に思いを重ねたのかもしれない。
9月の民主党代表選への対応に関する質問には直接答えなかったが、「頭を自由にする時間があったので、自分がこれまでやってきたことを含め、政治に対してどういう形で今後進めていくべきなのかなど、いろいろなことを考えた」と語り、続投への意欲をのぞかせた。首相は15日朝に帰京し、公務に復帰する。
読売新聞らしいつっこみの見出しである。しかしこれを見て菅氏の本質が現れていると感じた。なぜかと言うと、菅氏が首相になってからの発言は正に世論の波に漂う浮草のように、もっと辛辣に言えば電車の振動に合わせて床を転がる空き缶(菅)のように発言がブレるからだ。消費税発言しかり、国家戦略局方針の2転、3転の顛末しかり、菅氏の行動、発言の中に確固たる支柱となる信念が感じられない。
上記の見出しの「政権への評論かなり読んだ」は、世論や評論家がどう自分を見ているのか気にしていることである。別に読むことを否定している訳ではないが、これを聞くと今までの行動、発言から「やはりそうだった」と思ってしまう。菅氏の所信演説の有名な言葉に「最小不幸社会の実現」がある。これは一見その通りのように思ってしまうが、一国のリーダーが言うべき言葉ではないと考えている。
つまり、社会には不幸があるのは当然で、その不幸を最小にするのが政治と言っている。ここに菅氏の超現実主義というか人間の冷たさを感じる。この言葉は小沢氏が唱えている「生活が第一」と発想が根本的に違う。
小沢氏側近の平野氏がメルマガ「日本一新」5号の中に、『小沢幹事長(当時)に対して「党のためにも自分のためにも、日本のためにも静かにするよう」と、人間冒涜・憲法違反の発言も、その根は同じである。となると、菅首相や枝野幹事長の人間としての感性とは如何なるものか。これは民主主義の要諦であり、わが国の議会政治を崩壊させかねない深刻な問題でもある。』と書かれている。
これが菅氏の本性を良く現わしていると思う。同じ民主党の支持者からもこれほどひどく批判されている人物もいない。なぜこれほどまでに菅氏が批判され小沢氏待望論が湧きでているのは、菅氏の政治には社会に不幸は仕方なく、かつての小泉・竹中路線の復活を本能的に感じているからと思う。
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