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菅直人首相は六月十一日の衆院本会議で所信表明演説を行い、基本的な政治理念について、「その原点は、政治学者である松下圭一先生に学んだ“市民自治の思想”です」と言明。菅直人著『大臣』(増補版、岩波新書)に「今、まさに“革命”と言っても過言ではない大改革の只中にある」とし、政権交代によって「原理が変わると…理解されている」と述べた上、「国のかたちを変えるための本格的な制度改革は、すべてこれからの仕事だ」「改革を進めるための強大な権力を民主党政権に与えてくれた」「無血の平成維新で…私もあらん限りの力をふりしぼってがんばる覚悟だ」と締め括っている。菅首相の狙いを日本教育再生機構理事長の八木秀次高崎経済大学教授が解明する。詳しくは月刊誌「正論」五月、八月両号を参照のこと。
民主党は右から左までの寄せ集めと言われ、松下政経塾の出身者もいれば、旧社会党、旧民社党の出身者もいる。何か統一された政治思想やイデオロギーがあるようには考えられていない。マスコミもそういった報道をしない。
しかし、鳩山前首相や菅首相の演説、民主党が出す文書などを見ると、いつも同じ考え方があり、同じキーワードが繰り返し出てくる。
例えば六月二日、鳩山首相が辞任を表明した民主党両院議員総会では、鳩山氏は「新しい公共」や「地域主権」を強調。六月五日の菅首相の会見や十一日の所信表明演説では、「新しい公共」「地域主権」「市民自治」「国会内閣制」について菅首相が自ら述べた。
鳩山首相のスピーチライターだった松井孝治前官房副長官は、「新しい公共」とは「国家よりも社会を重視する『民主党のDNA』」と述べている。長年「官」が独占してきた「公」の機能を、本来の持ち主である「民」へと「奉還」することだと唱える。
では、「新しい公共」の実質を担う「民」とは誰のことなのか。松井氏は「NPOなどの市民セクターを置いて他には考えられない」と言う。
「新しい公共」とは、NPOを始め左翼市民運動家による政府の乗っ取りを意味する。具体的には労働組合や生協、NPOなどの左翼団体や運動家が「公共」機関を乗っ取り、政策決定に様々に関与できる仕組みのことだ。
かつて「市民が主役」という民主党のキャッチフレーズがあった。「市民中心の日本に創り変えていく」とも言っていた。「自ら情報を求め、知恵を働かせ、別の選択肢を提唱し、…労力とお金を割いてその実現のために行動し…」、「行動する市民に知的・政策的イニシアティブを提供し、合意の形成と立法化を助け、行動の先頭に立つ…」(「民主党のめざすもの」平成八年九月)。
よく創価学会関係の印刷物で「民衆」という言葉が出てくるが、「民衆」とは学会員のことである。これと同じで、民主党が言う「市民」は所謂“プロ市民”、「市民」と称する左翼活動家のことだ。
◇外国人地方参政権どころか国政参加権
民主党は「しなやかな市民中心型社会への転換」と称して結党時に次の構想を打ち出している。「市民自らの行動による民際外交の展開や草の根ODA活動などのNGO活動を支援し」、「定住外国人には、できるだけ早期に地方参政権を付与し、さらに一定に条件の下で国政参加権についても実現するよう検討する」(同上)。
民主党は、外国人地方参政権どころか国政参加権を目指す政党だ。福嶋浩彦氏(元我孫子市長、現中央学院大学教授)が、いま政府の「新しい公共」円卓会議の中心メンバーにいる。彼は筑波大学で学生運動をして無期限停学処分になった経歴の持ち主だが、現在は「新しい公共」の伝導師として各地の講演会などで活動している。
彼の講演録を見ると「市長(行政)への市民参加」とある。既に地方では「市民参加」と称して運動家が首長や行政などの政策決定に色々と関係している。それを担保するのが「自治基本条例」「市民協働条例」だ。
福嶋氏は「市民によって市長や議会の意思を是正する仕組み」として「常設型住民投票制度」を唱える。実際、「我孫子市では、二〇〇四年に市民投票条例を制定しました。投票資格者は十八歳以上で永住外国人を含みます」と、外国人や未成年を含む「市民」の直接投票、直接民主主義を実現させている。
この「新しい円卓会議」で、鳩山首相(当時)は、政府とNPOは「横並び」だと発言した(三月十六日)。こうした政府とNPOを「横並び」として同じレベルとする発想は、いったいどこから出てくるのか。
菅首相は所信表明演説(六月十一日)で、自分の「原点」は「政治学者である松下圭一先生に学んだ『市民自治の思想』」だと述べた。菅直人著『大臣<増補版〉』(平成二十一年)では、「私の憲法解釈の基本となっているのは、松下圭一先生の『市民自治の憲法理論』(岩波新書、一九七五年)である。『松下理論を現実の政治の場で実践する』ことが、私の基本スタンス」と書いている。
菅首相の頭の中には「市民自治」の松下圭一イズムがある。人は若い時に読んだ本に決定的な影響を受けて、頭の中が出来上がることがある。菅首相の場合も、三十五年後になって松下氏の考えが政権のイデオロギーとなり、いま実現されようとしている。民主党は結党以来、政策の一番ゴアな部分に松下理論がある。松下氏の「市民自治」が全ての政策の出発点にある。
◇「地域主権」は日本の分断、「国会内閣制」は専制政治
通常、憲法や地方自治の研究者は、地方自治は国家主権の下にあると考える。国家統治の先に地方自治があり、国家の延長線上に地方があると考えるのが近代国家。しかし、松下氏はその考えを逆転させている。
まず「市民」が最初にあり、市民が契約を行って「自治体政府」を作る。それが「基礎自治体(市町村)」で、この基礎自治体で収まらない部分として「広域自治体(都道府県)」、「中央政府(国)」、「国際機構」がある。このように市民が作る「自治体政府」を中心に「国家」を否定する逆さまの論理になっている。松下氏は「国家観念の終焉」「複数政府信託論」「国家観念は必要ない」とも述べている。
松下氏の「『政治主体』としての主権市民」「市民が基本の政治主体」などは、民主党の「市民」と同じものだ。松下氏によれば「自治立法、国法の自治解釈」「自治体外交」「外国人の公務員採用」と、地方は国と関係なく独自に法解釈ができ、外交や外国人公務員の採用もできる。さらに「自治体基本法として基本条例をつくることが必要」とも言い、民主党の「新しい公共」や「地域主権」は全て松下氏の理論がベースでできている。
しかし、松下理論は今の憲法や行政法の学界で認められていない。「地域主権」は「突飛なイデオロギー的憲法解釈」(原田尚彦東京大学名誉教授)に過ぎない。それなのに民主党や菅首相は「地域主権」を強行しようとしている。全国で「三百の基礎自治体」と民主党は呼び、これら三百の自治体がそれぞれ「主権」を唱えて国家を分断する。日本は三百の小さな国家にバラバラに分解され、外国人参政権など勝手な政策が実現できるわけだ。
民主党政権になって小沢幹事長の政治手法が「専制政治」や「独裁」としてマスコミで強く非難された。しかし、菅首相は小沢氏の手法を肯定している。「内閣と与党が一体」となって議席の数にモノを言わせて政策を強行する政治を行うと宣言している。
「『内閣と与党が一体』というのは当然です。このことは小沢さんも言っていますが、私もそう考えています。(中略)だから私は与党主導で政策を決めていくことが間違っているとは、まったく思っていません。逆に当たり前だと思う」(『菅直人 市民運動から政治闘争へ』平成二十年)。
こうした専制的な政治手法も実は松下氏の言う「国会内閣制」の理論に根拠がある。菅首相は小沢氏に学んだのでなくて自ら所信表明で述べた松下氏の「国会内閣制」の理論から小沢「強権政治」と同じものを目指している。主導権を誰が握るかの違いだ。
菅首相は通常国会を“強行閉会”させた。参院選に勝利していれば法案の強行採決、の連続となっただろう。衆参で過半数を取れば何でもできると彼らは考えていたからだ。そして日本を三百の小国に分解し、左翼や外国人が政治参加できるようにする。菅総理と民主党の真の狙いはここにあると見るべきだ。
http://www.kokuminshimbun.com/events2010/h22072501.html#h220701a
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