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2010/7/26
「日米の愛人関係:不誠実な米国にジタバタ抵抗しつつしぶとく生き抜こう」 岩上安身氏のツイートより。
二期会のコンサートを聴き終えて、帰宅。誰も先のツィートにからんでこない(笑)。僕がオペラを聴きに行くのが、そんなに不可解なのだろうか(笑)。今日は、90年代以降の日米関係を調べ直ししていたので、蝶々夫人の主題と、現実の日米関係が重なり合うように感じられた。
さて、蝶々夫人の話の続き。明治時代の長崎。武家の娘だった喋々さんは、父親を失い、芸者となる。夫となったのは、アメリカの海軍士官ピンカートン。彼は「喋々は、日本の現地妻、いつか帰国してアメリカ人女性と本当の結婚をする」と領事に語っている。
ピンカートンが、アメリカに帰国。二人の間には男の子が。女中のスズキは、ピンカートンの誠実さを疑うが、喋々夫人はひたすらに夫を信じて待つ。まちかねたピンカートンの再来日。しかし彼はアメリカで米人女性と結婚していた。
関連記事:日米の「愛人関係」の正常化
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息子を引き取りにきたピンカートンは、蝶々夫人の誠実さ、純粋さにいたたまれずに、彼女に会わずに屋敷から去るが、人を介して息子を渡すようにと求め、すべてを知った蝶々夫人は、争わず、息子を渡して、父の形見の短刀で、自害する。
この物語、不実な男と貞淑な女という、普遍的な物語であるとか、階級や身分差の物語であるとか、読み取ることができなくはないだろうけれど、そうであるなら、やけにあっさりしすぎている。男の不実がわかってからの、貞淑だった女の恨みが描かれたっていいはずだ。
軍人と、その任地で見初めた妻、という物語なら、島尾敏雄の「死の棘」もある。浮気をした夫に気が狂う妻という、凄絶な物語に比べ、蝶々夫人の引き際はあっさりし過ぎで、リアリティーがない。それがオペラ、それが美しさ、というご意見もあるだろうが。
とはいえ、最後の場面には、何かが省かれていると感じざるを得ない。普通に考えたならば、不実な夫と貞淑な現地妻との間には、すったもんだがあったのではないか、と想像される。だが、結局は、周りの圧力や説得に屈したのではないかと。
要するに、何を言いたいかというと、信じていた男に裏切られるし、大事な子供を手放してしまったし、人生に絶望してしまうような場面ではあるだろうけれど、そこであっさり死ぬなよ、といいたいのです。ピンカートンを恨もうが、忘れようが、構わないけど、生きていってもらいたいなあ、と。
別の言い方をすると、彼女を真の絶望と、死に追いやったものがあるとしたら、不実な男の裏切りではなく、描かれなかったエピソード、周囲の人間の説得や圧力、無理解による孤独感だったのでは、と想像します。そこまで考えたならば、初めて自決という結末にも、多少は納得がいく。
仮に、修羅場がなかったかのように、きれいに納めようとする「圧力」がかかっていたなら、そこにこそ、米軍士官と日本人女性という関係性の微妙さがあらわれていると思います。植民地の奴隷の女、というほどの、あからさまな差別があるわけではない。
健気な日本人女性である蝶々夫人は、自分が正式なパートナーであると、思い込むことが可能な程度のポジションにはいたわけですから。しかし、秘められた格差、差別は存在した。ずるいピンカートンは、二重基準で喋々に接してきました。
誇り高い日本人たる喋々は、その二重性に、ひたすら気づかないようにしてきた。この健気な振る舞いが、狡猾な外交を展開する米国から、「世界で最も重要な同盟」と甘い言葉で、おだてられ、あたかも、対等なパートナーシップを築いているかのように装う我が日本政府の姿と、ダブるのです。
米国の不誠実さは、もう明らか。だから、「健気に待つ女」のような従順な態度はもうやめて、米国が本性をあらわしても、「絶望」して、潔く自決などしないで、うんとジタバタ抵抗しつつ、抜け抜けと生き延びてやろうではないかと言いたいのです。
都合の良い美しさなど、いらないから。先日、沖縄の金城実さんが、米兵と結婚した叔母さんについて、語ってくれました。泥にまみれ、女を売って生きてきた叔母が、夫に先立たれたあとも、アメリカで、楽しく、たくましく、暮らしているよ、と。そういうタフネスこそ、僕は素敵だなと思う。
> 子どもの幸せを祈る母の思いとか、誇りを大事にする武士の娘としての矜持とか、様々な気持ちが読み取れて、泣けるんですよ〜
泣けるのはわかるんですけど、そこで死んで終わりにしたらダメじゃん、と思うんです。
> 当時の欧州の人の感覚で、単に「ゲイシャが出てくるので、次はハラキリ」という安易な発想だった可能性の方が高いです。
> オペラは単純で、やや下世話なので。
そうでしょうね。でも、そうした下世話さが、的を射抜くこともあります。
> 親戚には縁切りされ、地域社会からは断絶している蝶々さんは、最後はこの道しかなかったのかと…ううう
東アジア全域で、米国の圧力によって、多極的な自主外交をできない状態にある日本の姿をすぐ連想してしまうんですよ。
> アメリカで蝶々夫人を観ると一番拍手が多いのが、アメリカ人の正妻が蝶々夫人の息子を我が子のように暖かく迎えるシーン。ピンカートンは体裁よく罪滅ぼし、正妻は懐の大きさを見せて優越感に。
この点は、是非知っておいてもらいたい。日本人の皆様、人が良すぎます。
> 女の人より女側目線の岩上さんに、惚れそう♪♪です。
ハニトラですか(笑)。女目線じゃなくて、相対的弱者に対して「死ぬな、抵抗しよう」目線、もしくは「日本人よ、騙されないで生き残ろうぜ」目線です。
> http://search.conduit.com/ResultsExt.aspx?ctid=CT2132275&SearchSource=2&q=%40iwakamiyasumiさま、それを仰ったら野暮です。裏切られた人が相手に怒りを向けるとは限りません…特に恋愛は。
はいはい、仰るとおり、野暮を承知のツィートでございます。ピンカートンごときのために、死ぬなよ、と言ってみただけでございます。
> 蝶々夫人は凄惨な悲劇です。共感の域を超えていて、途中から、どうにかして、この悪党ピンカートンをやっつける話を第4幕目に付け加えたいとそればかり考えて観ていました。
以下の連続ツィート、面白かったです。生きてさえいれば、後日談、いろいろなバージョンを、いくらでも創作できそうです。
> 精一杯尽したのに結局不実な男に裏切られ、しかも相手に文句を言わずに死んでいくという「都合の良い女」が日本であると?
今の日本の防衛省などは、他の国に目もくれず、ひたすら米国への貞操を守る「蝶々夫人」。
> 「玉砕という言葉は、中野学校の教科にない。華々しく死ねば靖国神社に祀られ神さまになれる。・・・楽なもんやないか。だがわてらは、敵にひれ伏してでも生きぬくんや。
はい、その通りですね。
小学5年生のときだったか、模造紙二枚で壁新聞を作りました。一方は「進歩と調和」の大阪万博特集。もう一方は、日本軍の「玉砕」特集。なぜこの対比にしたのか、自分でもよくわからない。
ただ、そのとき、子供心にも、はっきり自覚していたのは、玉砕したらダメだ、ということ。なにがあっても、生き延びて、粘って、粘って、レジスタンスするぞ、俺は、という思い。それ、今も変わらず、です。
> 日本人自らの差別意識が、蝶々夫人のような女性を追い詰めているのは、昔も今も変わらない気がするのです。
女性の生き方論からは外れますが、対米隷属右翼でも、非武装左翼でもない、自立、自主防衛、周辺国との協調をセットで唱えると、戦後日本では、孤立しますよ。それでも、生き延びるんです。
>> 泥にまみれ、女を売って生きてきた叔母が、たくましく、暮らしているよ、と。そういうタフネスこそ、僕は素敵だなと思う。
> 日本人の蝶々夫人より中国人のツーランドット。生き残ってなんぼですね。
生き残り、抵抗し続けてなんぼ、ですね。
> 描かれなかったエピソード RT http://search.conduit.com/ResultsExt.aspx?ctid=CT2132275&SearchSource=2&q=%40iwakamiyasumi …彼女を真の絶望と、死に追いやったものがあるとしたら、不実な男の裏切りではなく、描かれなかったエピソード、周囲の人間の説得や圧力、無理解による孤独感だったのでは、と想像します
描かれなかったエピソードが、戦後日米史にもあります。
> 自殺したら一生忘れられない、ある種の男性への仕返し。
ピンカートンが、良心の呵責にさいなまれたかどうかは、わかりません。代わりに息子を立派に育て上げました、ということで、合理化したかもしれません。だから、死んじゃダメなんです。賭けとしても、分が悪い。
> 敢えて詳しく描かず、聴き手に委ねて妄想させるというのも、芸術の醍醐味と思います!!芸術は「余白」があるから楽しい。
ですから、僕は今、余白いっぱいに妄想してますよ。プッチーニの思う壺(笑)。
> ミュージカル「ミス・サイゴン」にも同様のわだかまりを持つ日本(アジア)人は多いみたいですね。「アジア蔑視」、と
今なら、オリエンリズム。エドワード・サイードのエレガントな分析や批評が間に合わないほどの、あからさまなイスラム蔑視。
> 「米人の正妻が蝶々夫人の息子を我が子のように暖かく迎える」シーンで米人は拍手喝采する、ピンカートンの底意地悪さを感じます。自分を待ち続けた現地妻に正妻を見せつけた上に正妻に子供さえ奪わせる。夫人の受けた打撃は凄まじいと思います。
これこそ、搾取でしょ? 泣いてる暇無いですよ。蜂起しなきゃ。
> 蝶々さんを死に追いやったのは、アメリカ人か、日本の人々か…
植民地から富(子供)を奪おうとするが如きピンカートンが主犯。日米関係に波風が少しでも立つのを恐れ、蝶々夫人に折れるよう説得した、事なかれ主義の日本人達が共犯。
> 舞姫とちゃんぽんになってる気が・・・http://search.conduit.com/ResultsExt.aspx?ctid=CT2132275&SearchSource=2&q=%40amneris84 ちゃうよ〜日本人は誰も説得してないでしょ 。日米関係に波風たつのを恐れた日本人なんて出て来ない
すみません、オペラから離脱して、94年の防衛問題懇談会の多角的安全保障協力がいかに潰されたか、とちゃんぽんになってます(笑)。
> 「異国の侵略から守る。日本を立派な独立国にする」。昨晩の『龍馬伝』のこの台詞。
今、見つめるべきは、異国の侵略じゃなくて、パパ・アメリカの支配に対する共依存。それは見据えるのが非常に難しい。
> 岩上氏 http://search.conduit.com/ResultsExt.aspx?ctid=CT2132275&SearchSource=2&q=%40iwakamiyasumi の「日米関係=共依存」論。病的依存からの脱却のヒントは精神医療にあります。http://kokoro.squares.net/alfam.html 依存は否認の病気です。
近いうち、精神科医の斉藤学氏のUstいたします。
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