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2010.07.24
>参院選では日本創新党から比例候補者として出馬、落選し
た。 (24日13時15分配信 産経新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100724-00000545-san-pol
参議院選挙期間中、”立ちあがれ日本”とか、”みんなの党"と
かは、話題になったが、”日本創新党”は話題にならなかったよ
うに思う
横浜市長を、任期半ばで辞めた中田氏、自信家らしく自ら、マス
メディアに出て露出を図っていたが、”日本創新党”は、他の雨
後のタケノコ党と同様、埋没してしまった。
私も、そういえば、横浜市長を辞めて、参議院に立候補したな
位には思っていたが、選挙中の記憶が全くない。
”新党改革”にしても存在感がなかった。
ほとんど、”みんなの党"の一人勝ちと言ってもよいだろう。
>中田氏や前東京都杉並区長の山田宏氏らが立ち上げた日
本創新党は、結党後初めて臨んだ選挙で議席を得ることはか
なわなかった。
>敗因について中田氏は、党名がメディアでは『その他』扱い
になったことの3つにより、理念や政策について、議席を得るに
は十分なほど伝えきれなかった」と分析する。、
”みんなの党”のように、出来ても出来なくても野党ならではの、
大風呂敷を広げて、マスメディアの露出度を増やしていれば、少
しは状況が変わったかもしれないが。。。。。。
それにしても、”みんなの党”は戦略がうまかった。
代表の渡辺氏は、自身が自民党にいた時は、行革担当大臣の
経験はあったが、その行革も本当に改革できたとは思えないが
いかにも、実行したかのように印象付けていた。
そのせいか大躍進を果たしたが、面白いのは、首相にしたい政
治家ナンバーワンはダントツで舛添氏だったと思うが、今では渡
部氏が、管首相に次ぐ2位だとさ。
世論とは何といい加減で、カゲロウのように儚いものか。
どうも、見た目とか、雰囲気とか、大言壮語が、この国の国民に
受けるらしい。
舛添氏は、自民党という看板があったからこそ、、そして内部批
判をしていたからこそ、存在感があったのだろうが、離党した途
端に、ただの人になってしまった。オーラが感じられなくなった。
自民党にいたからこその舛添氏だったと言う事か。
マスメディアに乗せられてしまった口だな。
風を読み間違えた? 菅首相と同じだ。
中田氏も、舛添氏や、渡辺氏に共通する自信家だと思うが、落
選してしまった。
この人物なら、またマスメディアに露出して、言いたい放題、理
想論をぶちかますのだろうが、私は、口当たりの良いことを言う
人ほど信じない。
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