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あらためて言うまでもないが、選挙の先行きを見通すことは難しい。しかし、たまには、「ああこれで、勝負が決まったな」と思う事件や言葉に出会うことがある。6月29日に愛媛県今治市で記者団に発したとされる、小沢一郎前幹事長の以下の台詞がそれだった。NHKのニュースサイトから引用しよう。先ず、菅直人首相が消費税率の引き上げに言及したことに対する発言だ。
「わたしは政府に入っていないので、政策決定に口出しをする立場ではないが、民主党は政権党になったのだから、国民と約束したことはなんとしても守らなければ、社会は成り立たない。これでは国民に結果としてうそをついたことになる」
次に、地元の住民との会合で述べたとされる、子ども手当などの公約が修正されたことについてのコメントだ。
「『政権をとったら、金がなかったのでできません』などと、そんな馬鹿なことがあるか。約束したことは守るのが政治であり、約束できないなら言うな」
この批判は、あまりにも鋭い。菅首相に対して、国民の多くが抱いているであろう、もやもやした違和感をこれだけ的確に言い表した言葉を筆者は聞いたことがない。こう言われると、多くの人が、スッキリと分かったという気分になるだろう。しかも、今のタイミングで、小沢一郎氏にこう言われたのでは、菅首相も立つ瀬がない。菅氏から「しばらく、静かにしていろ」と言われた小沢氏だったが、ほんのしばらくの間確かに静かにしていて、口を開いたら、それがトドメを刺したというのに近いのではないか。
消費税を巡る菅氏の混乱振りは目に余るものがある。前回総選挙のマニフェストで、民主党は消費税率を向こう4年間上げないと約束していた。ところが、6月21日に行われた菅首相の記者会見では、消費税率10%が公約かという点に関しては、参院選後に超党派で議論をするということだと言葉を濁したものの、消費税率引き上げの時期に関して「少なくとも2、3年、あるいはもう少しかかるのではないか」と言ってしまった。
2年先に実施されたのでは完全に公約違反だが、そういう事態を想定しているという本音を見せてしまった。加えて、菅氏は、自民党の10%を参考にしたと言っているが、ライバル政党の案とはいえ肯定的に言及したのだから、それが首相の意志ではないという理屈は、まったくおかしい。
百歩譲って、10%は違う、ということなら、現時点でどう考えているのかを明示すべきだ。これほど重要な問題について、具体的な数字とその根拠を言えないようでは政府の長は務まらないし、増税したいが幾らやるつもりなのかを言いたくないというのでは、国民は何を信じて投票行動を考えればいいのか分からない。
加えて、そもそも、「増税しても、そのお金を正しく使えば景気は良くなる」という菅理論(?)と、「日本がギリシャのようにならないために」という当然ながらプライマリー・バランスの改善を目指す財政再建論とが両立するようには思えない。しかし、仮に、消費税を増税しても、その分を支出して財政が立ち直るほど景気が良くなる魔法のような好循環が起こり得るのだとしても(多分起きないとは思うが、仮定する)、現在の民主党は消費税の増税分の使途を社会保障費に限定すると言っている。増税分を雇用が増えるような事業に使うと言っているわけではない。
さて、小沢氏の発言に戻ると、彼が「立場ではない」と言いながら何かに言及するのは、明らかに、よくよく考えての発言だ。そして、続く言葉で、小沢氏は、実質的に菅氏が嘘つきだと言っている。加えて「社会は成り立たない」と述べて、つまりは首相として失格だと批判している。
このタイミングで小沢氏が菅氏を批判するというのは、菅氏の言動が批判に値することの他に、参院選に関する情勢判断が含まれていると考えるべきだろう。小沢氏が口説いて立候補させた候補者が多数選挙戦を戦う中で、党首である菅氏をあからさまに批判するという民主党候補にとってネガティブな行動は、この参院選は民主党が勝てないと情勢判断したうえで、参院選の次を睨んだ政局に対して動き出したのだと考えないと理解できない。
そして、小沢氏が動き出したのだとすると、菅氏を批判するにも、今後の画策を行うにも、彼が現在、幹事長のポストを外れていることは自由度が大きく、且つ自分がターゲットになりにくい点で、なかなか好都合であるように見える。世論調査から見て参院選の見通しが、現在「民主党、大勝の形勢」という可能性は除外できよう。だとして、現在が微妙な選挙情勢であると仮定すると、明らかに民主党にとってネガティブに働くはずの菅氏への批判を、今、小沢氏が口にすることは合理的ではない。
つまり、小沢氏は、今回の参院選は民主党が勝てない流れであると見切って、菅氏批判を始めたのだろう。
官僚にとって「うまみ」がない子ども手当
小沢氏の二番目の批判も急所を突いている。「子ども手当」の満額実施が財源面で難しいという政府の言い分は、現在の民主党政権が官僚機構に対して、妥協し屈服した象徴だ。そもそも、40兆円以上の新規国債を発行している中で、なぜ他の支出に手を着けないまま、子ども手当だけ財源の手当てが必要だという話になるのか、多くの国民は釈然としない思いだろう。
すでに他の支出の財源は国債によって賄われているのに、どうして民主党の看板公約である子ども手当に財源がないとされるのか。前回のマニフェストの第一番目の公約は、財政支出のムダを徹底的に削減であり、削減額も工程表もついていた。子ども手当よりも優先度の低い支出があると思うのが当然だ。国民はごまかされた気分なのだ。
子ども手当がなぜかくも冷遇されるのかという理由を考えると、これは、制度がシンプルで官僚の関わりようがないことと、それなのに大きな財源を喰って、他の財政支出を圧迫することを官僚が嫌うからだと考えていいのではないだろうか。
菅政権は、もともと公約だった子ども手当を削って、新たな増税を掲げて、官僚機構に取り入ろうとしている。今後、菅氏が、消費税に関する態度を発言上後退させるとしても、国民は、菅氏が、当面増税を隠しながら実は増税しようとしている二股膏薬ならぬ、「二股公約」であることを見透かすだろう。
参院選まで二週間弱だが、これから菅氏の「嘘」と「ブレ」がますますクローズアップされて、民主党に不利な方向に形勢が振れるのではないだろうか。その場合、参院選敗北後の政局を小沢氏は準備するだろうし、不利な形勢がはっきりしてくると、選挙前から民主党内が浮き足立つ展開も考えられる。菅氏の「奇兵隊」は初戦から敗走する可能性が大きいのではないか。
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