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2010/06/27(日) 21:34:39
(日刊ゲンダイ 2010/06/25 掲載)
1億円の報酬は正当なのか
公開で平準化が進めば常識外れがなくなる
10年3月決算分から1億円以上の役員報酬の個別開示が義務づけられた。
すでに50人以上の対象者が明らかになっているが、庶民感覚からすれば大いに疑問である。
傑出した技術や能力を披露してビジネス面での成果も残すプロスポーツ選手なら、1億円以上を稼いでおかしくない。プロゴルファーの石川遼選手が活躍すれば、ゴルフクラブが売れ、ゴルフ場の利用者は増える。広告のキャラクターに採用しているスポンサー企業への貢献も大だ。経済波及効果からすれば、高額報酬は正当である。
しかし、大した業績も上げていない企業の経営陣が、やすやすと億単位の報酬を得るのはおかしい。中には、会社の業績には一切貢献せず、実力者へのゴマすりとライバルを蹴落とす社内政治に明け暮れて、なんとか役員ポストを手に入れたという人もいるだろう。むろん、企業の業績をグングン伸ばし、「あの人なら当たり前だ」と評価される経営者はいると思う。一代で企業を育てたオーナー経営者も、馬車馬のように働き、報酬に見合う仕事をしてきたはずだ。しかし、現実には、ハイレベルな稼ぎにふさわしい成果を残している役員は少ないのではないか。
億単位の報酬を得ているのなら、せめて経営を託している株主にもプラスアルファの還元をしてもらいたい。しかし、例えば8億9000万円のゴーン社長を筆頭に役員6人が1億円を超の報酬を得ていた日産自動車は、前期は業績不振で無配である。株主は、定期預金程度の利回りすら得られなかったから、怒り心頭だろう。
最前線で働いている従業員は、グローバル化の影響で給与を低く抑えられている。海外から輸入された低価格品が引き起こす輸入デフレの直撃で、ベアはゼロどころかマイナスというケースも珍しくない。そんな従業員の給与に役員報酬をスライドさせれば、1億円を超える数字が弾き出されるとは思えない。
日本経団連の米倉会長は、「欧米のように報酬が高額なら意味もあろうが、日本でその必要があるのか」「開示を求める、もっと高い基準であるべきだ」と不満タラタラだったらしいが、1億円は十分に高額だ。公開されれば平準化の力学が働き、常識外れが許されなくなる。「あの程度でそんなにもらっているのか」といった批判にもさらされる。
経営者は身を引き締めるべきである。
【日本経済 一歩先の真相 高橋乗宣】より
(日刊ゲンダイ 2010/06/25 掲載)
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「個人の生活は質素に、社会は豊かに」(http://www.kunidukuri-hitodukuri.jp/web/koso9/koso9_column_doko.html)
経団連名誉会長の土光敏夫といえば、知らない人はあまりいないはずである。 石川島の社長から、当時巨大企業・東芝社長に転身。名門意識にあぐらをかいて、覇気もなく沈滞ムードが支配していた東芝を見事に甦らせた。さらに財界総理と呼ばれる経団連会長、行政改革臨時調査会会長(臨調会長)として辣腕をふるい、 民間人として生前の受賞は初めてという勲一等旭日桐花大綬章を受けるに至った。
(中略)
土光の信条は「個人の生活は質素に、社会は豊かに」だった。 母・登美が70才の時に『国の滅びるは悪によらずしてその愚による』と創設した女子校・橘学苑。 母亡き後、その意志を引き継ぐ。 昭和57年、臨調会長時代の年収は5千万もあったが、橘学苑に3千万円以上も寄付し、 税引き後では1ヶ月の生活費として5万円程度しか残らなかったと言われる。 道楽とも言われた学校経営であるが、夫人と二人三脚で人材育成のために注がれた投資は、 何倍もの社会の豊かさに換わっていったに違いない。
(中略)
21世紀をむかえ、土光の意志とは全く逆の社会になりつつある。 しかし、土光の意志は、国民の望む社会と言えるに違いない。 一部に集まり循環しない経済・社会の仕組みを今こそ見直し、 循環型社会の仕組み創りをしなければならない。 その為には、企業は大小問わずその大いなる潤滑油となる使命があるのではないか。
※土光さんの東芝での仕事ぶり
土光はまず役員の意識改革から始めた。社長室には専用のバス、トイレから、専属のコック用の調理場まであった。土光はそれを取っ払って大部屋にし、重役陣を集めて「重役長屋」にしてしまった。自動給茶機を入れて、「お茶は自分でいれろ」。
人間、特に男にとって、よけいなアクセサリーは、要らんというのが、僕の持論です。会社の仕事で、「ムダ、ムリ、ムラを排除せよ」と合理化を要求している者が、自分の日常を律せられぬようでは、説得力がない。自分の身の回りも、極力合理化せよということです。
諦めるのはまだ早い。土光さんの「個人の生活は質素に、社会は豊かに」の哲学で、日本を立て直すチャンスはまだ残されている―。
といっても、才も富も持たざる者の愚痴であり、高額報酬の経営者がこのブログを見ることはありません…(笑)
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