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【転載開始】
寄稿・・佐藤優
鳩山前政権は外務官僚の「静かなるクーデター」によって崩壊したと筆者は見ている。このクーデターは特定の官僚が書いたシナリオに基づいて行われたのではない。日本国家を憂えるまじめな外務官僚たちの集合的無意識が引き起こしたのだ。
首相には二つの立場がある。第一は選挙により選出された国民の代表としての立場だ。第二は霞が関(中央官庁)官僚のトップとしての立場だ。この二つの立場が「区別されつつも分離されずに」混在している。国民と官僚の間に利害対立が生じると首相に自己同一性の危機が生じる。
筆者自身、外交員だったので官僚の内在的論理が皮膚感覚でわかる。官僚には国家公務員試験や司法試験などの難解な試験に合格した偏差値エリートが国家を支配すべきだという集合的無意識がある。官僚は国民を無知蒙昧な有象無象と見下している。それだから有象無象によって選ばれた国会議員は無知蒙昧なエキスのようなもので、国会議員が実質的な国家運営、特に外交に携わるようになると、国益を毀損すると官僚は考える。
自身の反省を込めて述べるが、筆者が北方領土交渉に従事していたときも、交渉にかかわる事項はどんなにささいなことでも隠し、「密室外交」を行うのが当たり前と考えていた。ポピュリズムに流されると外交はできない。ある時期、国民に真実を隠してでも、きちんと結果が出れば、それが国民のためになると無意識のうちに思っていた。民主主義国の外交は、国民の支持なくしてありえない。情報を一切開示せずに「有能なわれわれを信じろ」という外務官僚の常識は、民主主義に反する誤った思想である。
「日本国家を支配するのは官僚だ」
普天間問題について、米海兵隊が沖縄県外へ移動しても自衛隊を増強して抑止力を担保することは可能だ。しかし、外務官僚の集合的無意識がその可能性について考えることを抑圧した。外務官僚にとって、普天間問題はシンボルを巡る闘争となった。米海兵隊普天間飛行場の移設先を自民党政権時代の辺野古(沖縄県名護市)に戻すことによって「国家の重要事項に関しては政権交代で生まれた首相であっても官僚の決定を覆すことはできない。日本国家を支配するのは官僚である」という現実を突きつけ、官僚の政治に対する優位を目に見える形で示そうとしたのである。普段は霞が関の嫌われ者である外務官僚が、今回は官僚階級総体の利益を代表した。
鳩山政権崩壊後に生じた政官の力関係の現状を「ゲームのルール」として定着させることを霞が関の集合的無意識が望んでいる。このルールが定着すると政府の政策は、自民党政権時代よりも国民から遠ざかる。どのようにして、菅直人首相の中にある国民代表としての立場を強化するかが焦眉の課題だ。
【転載終了】
補欠会員コメント
8月30日の政権交代は歴史的な出来事だった。戦後始めて「国民主権」の政府が生まれようとしていた。「政治主導」を掲げて、脱官僚、脱アメリカに手を染めようとしていた民主党の大胆不敵な挑戦に、無知蒙昧な有象無象の一人として期待していた。第一ラウンドは民主党優勢だったが、第二ラウンドであえなくダウン、なんとか立ち上がって第三ラウンド(参議院選挙)を迎えようとしている。トレーナーも交代した。そして第四ラウンド(民主党代表戦)も始まる。まだまだ長い戦いになりそうだが、有象無象の我々が主人公であることを忘れないで行こう。
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