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2010年05月28日(金) 08:47
検察、メディア反省の好機となる村木無罪の日
元厚労省局長、村木厚子の裁判で、大阪地裁が検察シナリオの決め手となる34通もの供述調書を証拠採用しない判断を下した。
民主党政権の誕生が迫っていた昨年、東京と大阪の地検特捜部が仕掛けた大勝負は、いずれも検察側の敗色濃厚となった。
東京は小沢一郎を起訴できず、大阪は石井一とは無関係であることが分かって手出しもできないお粗末ぶり。
検察リークに踊るマスメディアの空騒ぎの末に残るのは、小沢関連では元秘書たちの微罪であり、石井関連では村木厚子の冤罪といえようか。
村木元局長に対して検察が描いたストーリーは、もともと荒唐無稽と言うほかなかった。簡単にその内容をおさらいしてみよう。
障害者団体向けの郵便割引制度を利用してひともうけを企んだニセ団体「凛の会」の倉沢邦夫が、障害者団体の証明書を発行してもらうため、かつて秘書として仕えた石井一参院議員に口添えを頼んだ。
石井の電話を受けた塩田幸雄部長がその旨を村木に伝え、後日、倉沢と会った村木は障害者団体でないことが分かって困惑したが、部下二人に対応を指示した。担当者間で“議員案件”と呼ばれた。
上村勉係長は凛の会から証明書を無審査で発行するよう要請され、村木に指示を仰いだ。村木は「決裁なんかいいんで、すぐに証明書をつくってください。上村さんは心配しなくていいから」と告げた。
上村は深夜に公印を押してニセ証明書を作成した。村木は倉沢に「何とかご希望に沿う結果にしました」と証明書を手渡した。
ざっと以上のような筋書きだが、そもそも保身第一の官僚が、こんなニセ証明書を組織ぐるみでつくるメリットは何もない。
検察は「所管の法案の国会通過をスムーズに運びたいという思惑があった」と理由をこじつけるが、いくら石井が党の副代表とはいえ、国会の運営や質問に圧力を加えて思い通りにできるわけがない。
はなから怪しいシナリオに、取り調べ対象者の供述内容を合わせていかねばならないから、作文してサインさせる検事諸氏も、ご苦労なことだ。事実じゃないことが分かっているだけに後ろめたさもあるだろう。
それでもやっぱり、やりすぎると法廷でボロが出るもので、証言者たちは次々と供述内容を翻した。
上村元係長は第8回公判で「全部自分一人でやりました」と村木の関与を否定した。そして、こうも言った。
「すべて検事の作文です。いくら私が単独でやったと言っても全く聞いてくれなかった」
塩田元部長は村木に指示したと供述していたが、第5回公判で下記のように証言を翻した。
「石井議員から電話依頼を受け、厚子さんに処理を指示したというのはすべて記憶に無いことでした。そういう供述をしたのは、石井議員と電話で話した交信記録があると、林谷検事から言われたのを、信じたからです」「すべては壮大な虚構だったんです」
倉沢は、村木と会って不正発行を依頼したという供述を法廷では否定し、「村木とは挨拶ていどだった、上村の前任者に発行を依頼した」と訂正した。
今回、大阪地裁は8人の検察官面前調書43通のうちのうち、上村や倉沢らの調書34通について、検察側の証拠請求を却下した。
これだけ複数の人々が証言を翻したのだから、取り調べの信頼性に疑問がわくのは当然だが、従来の裁判では公判でのやりとりよりも、精巧に論理を組み立てた検察作成の調書を重視する傾向があったのも事実だ。
裁判官はその論理の矛盾を突く難題を避けるのが常だった。検察に控訴される判決を下すのを嫌がった。司法組織の住人どうしの阿吽の呼吸のような量刑判断もあっただろう。
しかし、今回のように、世論の風が「村木支援」に向いているなかで、内輪の論理を通せば、批判を浴びるのは必至だ。
マスメディア各社が村木無罪を見越して、過去の報道の軌道修正に躍起になっているさなかでもある。
昨年、あれだけこの事件で騒ぎ立てた朝日新聞は、被告人質問が行われた今年4月14日の朝刊で、「次々覆る供述・証言」という見出しの記事を、まずは第3社会面という目立たない場所に掲載した。
翌日の紙面では「元局長涙で無罪主張」と、被告人質問当日の模様を伝える記事を第1社会面トップに載せて、村木援護に転じる体制を整えた。
そして、5月27日には一面トップと第1社会面トップにデカデカと記事を書き分けて「検察立証の柱失う」「無罪の公算大に」「取り調べ誘導」と見出しが躍った。
さらに「検察の手法厳しく批判」と題し、裁判長が検事の強い誘導や押しつけがあったと認定、調書の信用性を否定したという解説までつけた。
検察の無理筋捜査をけしかけておいて、無罪判決が出たときには、知らん顔して、村木厚子という人の美点を並べ立てるつもりなのだろうか。
地方大学を卒業して、松原亘子氏以来二人目の女性事務次官の誕生かと将来を嘱望されるまでになった実力と人望。検事の過酷な取り調べに耐え抜いた気力。
男女格差が少しずつ縮まりつつある霞が関を象徴するような人材だった。
ふつうの社会人なら首をひねるはずの検察ストーリーを鵜呑みにし、その出世の階段をぶち壊す片棒を担いだ司法記者クラブの面々は、はれて無罪になったとき、彼女に顔向けできるだろうか。
さて、今回の大阪地裁の判断は、どんなにウソっぽいストーリーでも、検察調書を偏重してきたこれまでの裁判のあり方を変えるきっかけになるかも知れない。そうであれば大きな意味を持つ。
本来、密室での取り調べより、公判でのやりとりが尊重されて然るべきだ。
特捜部の扱う政治がらみの案件は物証のないことが多く、いきおい供述が頼りとなる。
体力や、気力を奪い、脅したりすかしたり、時には人格を破壊するようなやり口で、捜査側の描く筋書きに誘導する手法は、特捜部への不信をつのらせるばかりだ。
捜査や取り調べのあり方を見直し、国民の信頼を取り戻さねばならない。さもないと、特捜部という組織を常設することの是非が問われるだろう。
裁判員裁判の時代を迎え、司法改革は待ったなしである。
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