投稿者 明るい憂国の士 日時 2010 年 5 月 06 日 06:03:55: qr553ZDJ.dzsc
(回答先: だまっていても、米軍はグアムへ行く (植草事件の真相掲示板) 投稿者 クマのプーさん 日時 2010 年 5 月 06 日 00:12:29)
クマのプーさん様の投稿を読んでいて、チョッと気がついたことがあります。
●だまっていても、米軍はグアムへ行く (植草事件の真相掲示板)
http://www.asyura2.com/10/senkyo85/msg/744.html
投稿者 クマのプーさん 日時 2010 年 5 月 06 日 00:12:29
──原田氏は、『「普天間基地移設問題」なるもの自体がそもそも“不存在”である』と切ってすてています。
その“不存在”という言葉です。
そうなんです、はなから問題など無かったのです。
在日米軍の幹部も「住民が反対ならば出てゆく」主旨のことを言っているというし、釈然としないものがありました。
では、なぜいとも簡単に騙されてしまうのか。
以下、池田晶子氏の文章を転載します。────────────
現実はなぜ現実か
「観念的」
とか
「思弁的」
とか
「哲学的」
などの評する言葉は、あからさまな蔑称ではない屈折した響きがある、そこが問題なのだ。人は、何に対して身構えているのだろう。
「生きなければならないから」
と、人は言う。でも、なぜ? なぜ 「生きなければならない」なのか、「なければならない」は誰が誰に課している強制なのか、自分が生きることを他人が生きることのように言う、それが私には納得できなかった。納得できなかったから考えた。
「なければならない」の意味を考えた。自分が生きることを他人が生きることのように.ではなく考えるために考える、これを、しかし人は、「現実的でない」と言う。
では現実とは何か
人はここで再び同語反復(トートロジー)に逢着するのだ、現実とは生きることであると。
この現実がなぜこの現実であるのか、普通は人は考えない。考えないから、「なければならない」と言うことになる。しかし、およそ「なければならない」というほどの強制力を認めるのなら、なぜ、強制している当のものの正体を見究めようとは思わないのだろう。もしも「自由」という言葉が意味を持つとしたなら、私にとってそれは、そこにしかあり得なかった。すなわち、考えること。この世のあらゆる前提を、納得するまで疑い抜くこと。
たとえば、「貨幣」
あるいは、「社会」
要するに、「生活」
つまるところ、「生存」
最後のところは、この、「自分」
これらのすべてが自明な意味もしくは価値として営まれているのがこの現実であるならば、より現実的であるために、すなわち自由であるために、私はそれらを信じなかった。決して自明と認めなかった。そして、考えた。考えてわかった、それらはすべて「考え」 であるということが。考えられてはじめて、それらはそれらであるということが。
また妙なことを言い出す
これだから観念的な人は
しかし、ですよ。ここはひとつダマされても別に損するでもなしと、ほんの少しだけ考えてみてください。いちばんわかりやすい例の「貨幣」ですけれども、あれら絵のついた紙切れやちっぽけな金属片が、なんだってまた大事なものなのでしょうか。それは、あなたがあれらを大事なものだと「思う」から大事なものとなるのであって、そうでなければあんなものは、ただの絵のついた紙切れかちっぽけな金属片ではないですか。貨幣は貨幣と「思われて」、貨幣になるほかないのだから、貨幣よりも貨幣という「考え」のほうが先である。つまり、現実を現実たらしめているのは、あくまでも観念なのである。だから、観念的なほうがよほど現実的だと私は言うのである。
だって、どうやって生きてゆくんですか
あら、でも、「生きなければならないから」と言っていたのはあなたのほうではないですか。生きるために生きることが価値だと思えるのなら、それでいいはずではないですか。この世の現実をどっぷりと信じながら、同時に自由も欲しいだなんて、現実認識がチト甘いんじゃございませんこと?P-59 「残酷人生論」池田晶子 情報センター出版社
池田晶子(いけだ あきこ)プロフィール
1960年生まれ。慶應大学文学部哲学科卒業。専門用語による「哲学」についての論ではなく、哲学するとはどういうことかを日常の言葉を用いて示し、多くの読者を得る。
著書に、『14歳からの哲学−考えるための教科書』『あたりまえなことばかり』『人生のほんとう』(トランスビュー)『帰ってきたソクラテス』『悪妻に訊け』『さよならソクラテス』(新潮社)『考える人―口伝西洋哲学史』(中央公論新社)『考える日々』(毎日新聞社)『考える日々U』『考える日々V』(毎日新聞社)『事象そのものへ!』『魂を考える』(法藏館)『睥睨するヘーゲル』『オン!―埴谷雄高との形而上対話』(講談社)『残酷人生論』(情報センター出版局)『メタフィジカル・パンチ』(文藝春秋)『REMARK』(双葉社)『ロゴスに訊け』(角川書店)共編著に『2001年哲学の旅』『死と生きる―獄中哲学対話』(陸田真志との共著)『知ることより考えること 』(新潮社)2007年2月23日、進行がんにより死去。
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次に、朝日新聞5月5日朝刊の一面「拝啓 鳩山由紀夫首相」船橋洋一(本社主筆)という囲み記事の一部を紹介します。
●米政府要人は「大統領はハトヤマを弁護している」と言いつつも「鳩山政権は政府の体をなしていない」
●「一体、誰と相談して物事を進めればいいのか」
●「日本に対する信頼は劇的に失墜している」
●「日本はまともに相手にする国とはみなされなくなりつつある」といった手厳しい言葉を投げかけます。
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──貨幣よりも貨幣という「考え」のほうが先である。
──現実を現実たらしめているのは、あくまでも観念なのである。
「想像は、創造なり」
マスコミにより何回も刷り込まれこまれることにより、自然に頭の中にそのイメージが定着してしまうのです。
定着したイメージがより現実味を帯びてきて、洗脳は動かし難いものになってしまう。
しかし、現実を定義するのは私たちだということです。
正に、「コメントにしておくのはもったいないコメント」の投稿者様が仰ったことです。
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我々が気をつけるべきは、
@初めて見た情報は半分以上疑う
Aできる限り多くの情報に当たる
Bできる限り一次情報に当たる
Cできる限り自分の頭で考える
この四つを守って、決して流されず、踊られず、透明な視点を持って、静かに物事を判断することである。
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それにしても、己の利権を守るために捏造を繰返し、国民を愚弄するマスコミは万死に値する。
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