投稿者 喫煙者にも権利を! 日時 2010 年 4 月 28 日 16:38:51: U75P.qb8apGDI
みんなで渡れば怖くない (田中良紹の「国会探検」)
http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2010/04/post_217.html
※メディアの劣化は今に始まったことではないらしい。それが良くわかる文章です。
みんなで渡れば怖くない
この国の新聞とテレビは全社が揃って判断を間違える事が良くある。ところが間違えても誰も責任を取らないし反省もしない。みんなが間違えたのだから仕方がないで終わる。逆に他が報道している事を1社だけ報道しないと「特オチ」と言って大問題になる。「特オチ」した社は大恥をかき、担当者は責任問題になる。
国民からすれば「特オチ」で困る事はない。しかし全メディアに間違った報道をされれば被害甚大である。普通の人はメディアが揃いも揃って間違える事などあるはずがないと思っている。私も初めはそうだった。しかし現場で仕事をするうちにそうでない事が分かった。間違いは繰り返されているし、誰も反省はしていない。それを少し紹介する。
1980年の春闘の時である。当時の春闘は日本経済の牽引役である自動車と電機が賃金相場を主導し、それを受けて国鉄と私鉄の労働組合が共闘する交通ゼネストで最大の山場を迎える。それが毎度のパターンだった。交通ゼネストが実施されれば全国一斉に通勤の足が止まる。前日から会社に泊まり込まなければならないサラリーマンもいる。ゼネストの規模がどの程度になるかを見極めて報道する事は新聞とテレビに課せられた重要な仕事だった。
新聞各社とNHKは経営側を取材する経済部、労働組合を取材する社会部、そして春闘を事実上コントロールする官邸を取材する政治部が10数名でチームを組む。誤報すれば社会的影響が大きいので精鋭が集められる。しかし報道取材で後発の民放各社は1名で取材させられた。組合を取材するだけで精一杯である。私は思案の末、底の浅い取材になるかも知れないが、昼間は組合、夜は経営側の幹部の自宅や春闘を担当する官房副長官の宿舎を回って歩いた。
すると私鉄の労使と官邸がこれまでの春闘とは異なるパターンを模索している事が分かった。しかし国鉄の労組はスト突入に強硬で私鉄の組合も表面はそれに同調している。総合的に見てこれまでの春闘パターンが崩れると私は判断した。官公労と民間組合の共闘は分断されるのである。スト実施の前日に「ストライキは回避される可能性あり」との原稿を書いた。新聞社のベテラン記者から「勇気あるねえ」と言われた。新聞とテレビは全社が「交通ゼネスト突入必至、通勤の足大混乱」の観測記事を掲げた。
結局、明け方に私鉄の経営側が高額回答を出し、私鉄は通勤に影響のない始発だけのストで終わった。満足する回答を引き出せない国労と動労は夕方までストを打つが、私鉄さえ動けば通勤の足には何の支障もなく混乱はなかった。この年の春闘が日本の労働運動を官公労優位から民間主導に変えた。
私が得た情報を10数名からなる経済部、社会部、政治部の連合軍が知らない筈はない。それなのに揃って判断を間違えたのは何故か。1.この国の新聞とテレビは既成の見方に強く引きずられて新たな事態に対応する能力が足りない。2.複数で分業して情報収集するためにピントが外れる。それをみんなで議論するうちこれまで通りの無難な考えに落ち着く。その時私が考えたのはこうした理由である。しかし間違えた社がこの時反省したり、間違えた理由を分析をした形跡はない。
1987年の自民党総裁選挙の時である。中曽根後継を決めるのに中曽根総理は「禅譲」を言い出した。自民党員による選挙ではなく、中曽根氏が直接指名するのである。候補は竹下登、宮沢喜一、安倍晋太郎の三氏であった。派閥の数は竹下、宮沢、安倍の順で、選挙をやれば竹下氏が勝つ。竹下氏を破るには宮沢氏と安倍氏が組むしかない。宮沢氏が降りて安倍氏を押せば安倍政権が誕生し、安倍氏が降りれば宮沢政権が誕生する。しかし竹下氏と安倍氏は盟友関係にあった。
私は「禅譲」という例が過去にあるかどうかを調べた。すると池田勇人総理が佐藤栄作氏に「禅譲」した一例だけあった。池田氏と佐藤氏は総理の座を争ってきた政敵である。池田氏を支えてきたのは河野一郎氏で、河野氏はその時総理の座を狙っていた。なぜ池田総理は盟友関係の河野氏ではなく政敵の佐藤氏に「禅譲」したか。池田総理の秘書官を務めた伊藤昌哉氏に話を聞いた。伊藤氏は即座に言った。「禅譲なんて怖いことは出来ない。もし指名に不満が出て自民党が分裂したら歴史に汚名を残す。佐藤派が最大派閥だったから佐藤を指名した」。
極めて明快な論理である。すると三者が候補でいる限り指名は竹下氏しかありえない。しかし宮沢氏と安倍氏が組めば、宮沢氏と安倍氏のどちらかが総理になる。安倍氏が降りるか、宮沢氏が降りるか、私はじっとそれを見ていた。一方で数に勝る竹下氏は自分が総理になれば次は安倍氏にしようと思っていた。だから新聞に一度は「安倍総理確実」と書かせる気でいた。宮沢氏より安倍氏を世間にアピールさせる竹下流の「思いやり」である。
中曽根裁定が下る日、産経新聞が朝刊の一面で「安倍総理誕生へ」を書いた。これで竹下氏の「思いやり」は果たされた。しかしもし宮沢氏が安倍政権誕生を望み、候補を降りて安倍氏を押せば本当に安倍政権が誕生する。すると安倍派の森喜郎議員が「中曽根総理の意中は宮沢だ」という情報をどこからか聞いてきた。これで宮沢氏は降りられなくなる。私は竹下総理誕生の方向に情報は動き出すと思った。
ところが午後になって中曽根派の佐藤孝行議員が時事通信社の取材に「総理の意中は安倍」と答えた。その情報が記者クラブに伝わると、それがこだまのように反響し、「安倍らしいぞ」が「安倍で決まり」に変わっていく。何の根拠もない情報である。佐藤氏は中曽根派幹部ではあるが中曽根氏本人ではない。最後の土壇場で竹下側から何か条件を引き出すためにわざと嘘を言う可能性だってある。ところが記者クラブは佐藤孝行情報に踊って全社が「安倍総理誕生」で一致した。
私は不思議な思いでその光景を眺めていた。何故こんなに簡単に根拠のない情報に乗せられるのか。しかしそれがこの国の新聞とテレビなのである。私は午後10時からのテレビ番組で「竹下になる」と発言したが、その後も「安倍総理確実」のニュースはやまなかった。深夜0時に中曽根裁定が「竹下」に決まると、安倍フィーバーに踊っていた事が嘘のように、メディアは一転して「竹下総理誕生」のニュースを当然のような顔をして流し始めた。1.この国のメディアは何の根拠もなく政治家や要人の話を信用する。2.ジャーナリズムとか言って偉ぶっているため、所詮は裏取引の道具に利用されている事を知らない。
最近のメディア報道はこれらの時より数倍酷い。既成の見方に引きずられて新しい事態が見えず、ピントのぼけた解説と程度の低い政治家の発言をそのまま垂れ流す毎日である。私が現役で取材していた頃は政治家の発言をそのまま信用するのはバカだと思っていたが、このごろは政治家や官僚の発言を頼りに判断を下す記者がいるようだ。それが「政治とカネ」や「普天間問題」の報道にも現れている。
アメリカの国防長官がどう言ったとか、日本の政治家がこう言ったとか、それはそれだけのことで、だからどうだという話ではない。交渉事の材料としての発言に過ぎない。ところがメディアはそれを判断の拠り所にする。そして「アメリカが怒っている」とか「日米同盟が危機」だとか馬鹿馬鹿しい話を作り出す。政治は情報戦である。誰も本当の事など言わない。言葉一つ一つの裏を読み解かなければ何も見えて来ない。しかし「みんなで渡れば怖くない」と全社で間違えるメディアには嘘を信ずる方が楽なのだ。
思えば大本営発表を垂れ流した新聞が、戦後何の反省もなく一転してGHQの日本洗脳の手先となった。戦前は「銀国主義」(※ママ)を、戦後は「民主主義」を国民に刷り込んだが、いずれも支配者にとって都合の良い「軍国主義」と「民主主義」である。それを全社で一斉に流すから嘘も本当のように見える。しかし昨年の政権交代以来、国民はメディアの嘘に気がつき始めた。
と書いた所で検察審査会の「小沢幹事長起訴相当」のニュースが飛び込んできた。詳しいことを知らない段階での印象だが、「起訴相当」とした理由にメディアの報道に影響された判断ではないかと思われる箇所がある。もしもそのようなことがあれば重大である。メディアを使って司法をねじ曲げたのはナチスのゲッベルスだが、司法がお粗末なメディアに影響されるようでは日本に未来はなくなる。
投稿者: 田中良紹 日時: 2010年4月28日 00:54 | パーマリンク
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