■【正論】国民の負担を増やす「郵政改悪」 慶応大学教授・竹中平蔵http://www.sankei.co.jp/seiron/opi-sern/1004/0416opi-se1.html
郵政民営化の見直しが、いよいよ国会で審議される。この問題については亀井静香担当大臣が独走して枠組みを示し、閣内の対立も表面化した。しかし結果的に鳩山由紀夫首相自身が決定するという形で、いくつかの仕組みが決められた。重要な点は、郵便貯金の限度額を一気に2倍の2000万円に引き上げること、郵便事業と郵便局事業を一体化し、旧郵政の9割以上を復活させることである。民業圧迫を受ける金融関係業界の大反対や、各紙誌論説の厳しい評価にもかかわらず、政府はこうした亀井式「郵政改悪」を実行しようとしている。 ■利益を郵政ファミリーに あらためて、今回の改悪がもたらす深刻な影響を整理しておこう。残念ながら3つの点で、今後の日本社会に大きな課題を残すという罪を犯すことになる。 第1の罪は、国民の負担を増やし利益を奪う。端的に言えば、国民の利益を奪って郵政ファミリーの利益を守るという罪である。今回の郵貯限度引き上げにあたって、担当大臣は「郵政のユニバーサルサービスを維持するのは極めて困難であり、そのため金融面で利益を確保する」という趣旨の発言をしている。郵便のユニバーサルサービスは、各国に課せられた責任であり、その実現のために各国は苦慮している。しかし、それが難しいからと言って、銀行業でそれを補填(ほてん)している国が他にあるのか。少なくとも主要国のなかで、そうした国は存在しない。例えばアメリカは、広大な国土に全国一律サービスを適応しているが、金融面の補填など一切ない。ちなみに、日本の郵便料金は現状でアメリカの2倍している。亀井案は非効率を温存してきた郵政ファミリーに対し、これ以上努力しなくてよい、という甘いメッセージを送るものでしかない。もちろんそのコストは、金融の民業圧迫から生み出されるものであり、国民の負担増にほかならない。 ■国際信用にも大きなキズ ちなみにこのプランは、郵貯の金額を拡大して利ざやを稼ぎ、郵政ファミリーを助けるというものであるが、それはあくまでプラスの利ざやが続く場合である。もしも逆ざやが生じれば、膨大な損失が発生することを意味する。その場合は、税金の投入や郵便料金の引き上げなど、さらなる国民負担になる。非正規雇用の正規化なども、どれだけのコスト負担が生じるか担当大臣は答弁していない。これらすべて、数年内に国民の負担にのしかかってこよう。 第2の罪は、国際信用の失墜である。今回の一連の措置で、郵政の銀行部門と保険部門は、将来に亘(わた)って政府の機関として存続することになる。これが民業圧迫となって国民負担になることは既に論じたが、海外から見た場合、明白な「内国民待遇違反」になる。政府が資本を持ち続けるということは、その商品に「暗黙の政府保証」が付けられていることに等しい。また、民間機関ではとれないようなリスクをとってビジネスすることも可能になる。 アメリカもEU(欧州連合)も既にWTO(世界貿易機関)提訴の準備を進めているという。専門家の多くは、WTO提訴になった場合ほぼ間違いなく欧米の主張が認められる、と考えている。 ■「情けない首相」の失態 最後に今回の改悪は、そのプロセスの混乱によって民主党政権の信用を決定的に傷つけた。 第3は、政治信用失墜の罪である。今回、亀井氏の独走に対し、菅直人財務大臣や仙谷由人国家戦略担当大臣が異論を唱えた。その結果、別途閣僚懇談会を開催して意見調整し、総理一任の合意を取り付けた後、鳩山首相が決断するという形になった。そこで首相は、亀井案を全面支持し郵便貯金の限度額引き上げを認める決定をした。直後のぶらさがり記者会見で、記者が「これが首相のリーダーシップですか」と問いかけ、首相が気色ばむ場面があったが、現実に亀井氏に反対できなかった鳩山氏は「情けない首相」の姿を見せることになった。首相自身の責任は、極めて重い。民業圧迫は明白であるし、そもそも民主党はそれまで郵貯限度引き下げを主張していたのである。 しかし同時に、首相にこのような情けない決定をさせた閣僚メンバーの無責任さも明白だ。そもそも、このような事態に至る前に、官房長官の調整があってしかるべきだった。ところが平野博文官房長官がこうした動きをした形跡は全くない。また、この法律は総務省の管轄であり、原口一博総務大臣が前面に立って国民新党と民主党の調整を行うべきだった。だが原口大臣は、亀井氏に全面服従の姿勢を貫いた。平野・原口両氏の無責任が総理の情けない姿を演出した。この問題は、現状の民主内閣のガバナンス欠如を、決定的にさらけ出すものとなった。 この決着の翌日、国会では党首討論が行われた。しかし自民党の谷垣禎一総裁は、郵政問題について一切質問をしなかった。与野党の無責任な対応で、郵政への国民負担増は、決定的なものとなった。(たけなか へいぞう) |