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亀井大臣の存在感で見えた日本的「少数党連立二大政党制」の可能性 (日々坦々) http://www.asyura2.com/10/senkyo82/msg/682.html
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小沢さんの参院選を睨んだ動きでは、自民党の支持団体や支持組織を徹底的に切り崩してきたが、ここにきて鳩山邦夫が離党、与謝野が新党宣言、その与謝野の懐刀の園田が役員辞任と、雪崩を打って一挙に瓦解してきた。 小沢さんが現時点で目指している二大政党制は、まずは一度、完膚無きまでに自民党をたたき壊した後、民主党連立政権で国会改革と政治改革を成し遂げ、国民主導の政治の道筋をつくり、民主党自体を強固なものにしつつ、それと対峙する保守政党をつくらせることで二大政党制を根付かせ、レールを敷いた後、引退の二文字がはじめて現実味を帯びることになる、と思っている。 先日エントリーした小沢語録でも取り上げたが、二大政党制につい次のように言っている。 「僕は、日本の二大政党をこう描いているんです。一方は、自民党に代表される日本的コンセンサス社会と平等を基本の政治哲学として持つ、ある意味で内向きな政党。もう一つは、公正さをより重視し、もう少し外向きで、多少自由の範囲を広げる政党。この理念・哲学の対立する二大政党が政権交代することで、日本は時に応じて内向きになり、あるいは外向きになる。もちろんそれは程度の問題ですが、そういう二大政党の政権交代が理想的だと思います。」プレス民主137号 2005年12月9日 「内向きなコンセンサス社会、つまり日本の伝統的な社会を色濃く残していこうという基本的な哲学を持った政党。もう一方にもっと外にも内にも開かれた、オープンで自由な社会にしようという哲学、理念を持った政党。この二つが対立軸になって、政権交代しながら運営していくといいんじゃないかなと思いますね。」月刊現代 11月号 2004年10月5日 もしも参院選前に保守政党を中心とした第三極が結集できたとしたなら、参院選を待つまでもなく自民党は実質崩壊する。その上で自民党以上に第三極が膨れ上がれば、それが第二極として民主党と相対することになり、小沢さんが保守政党まで面倒みなくとも二大政党制は早まることになる。 ただ、今言われている第三極はそれぞれが"お山の大将"で、簡単にはまとまる要素は無く、緩やかな連携を模索していくことになるだろう。 過渡期の二大政党制というのは、共産党、公明党、国民新党、社民党、みんなの党、新党大地とこれだけ小政党がある中で、それらが連立を組み、あるいは連携しながら、大きく二つに分かれていくあり様で、そこには、はっきりとした理念や対立軸はまだない。 欧米社会では、善悪をはっきりとつけたがり、二つのうちどちらかという二大政党制は、その文化・文明、人々の思考性に合っている。 日本人は、白黒はっきりさせず、まず相手を慮(おもんばか)り、相手が気づくまでまってあげる、というのが美意識の中にあって、明確な言葉で批判することは善しとせず、自分の失敗談などの経験を語りつつ、相手に気づかせてあげる、気配りがある。 そのように考えていくと、二大政党制については「少数党連立二大政党制」が日本には合っているのではないだろうか。 ここ半年、鳩山政権の中で際立っていたのが国民新党の亀井静香代表だ。この人を敵にまわすと手強いが、味方につけると一段と頼もしくなる、と以前書いたが、昨日ブチ上げた「日本郵政10万人の非正規社員を正社員にする」というのには、正直たまげた。やってくれた、と思った。この波及効果は内的素因としてかなり浸透していくだろうし、言霊のように拡がっていく気がする。もし民主党単独政権だったならマニフェストに縛られ、頭でっかちで内向きになり、外に向けて発信する力がなく、より軟弱な頼りないというレッテルを貼られていたのではないか。 亀井さんに付きまとうダーティなイメージはあるが、それ以上に発言の中に心がある、と常々感じていた。国民にもわかりやすい表現をつかい、その内容は玄人受けするような鋭さも持ち合わせている。 週刊文春最新号の「亀井静香大いに吠える」でも、そのパワーをいかんなく炸裂させている。民主党におもねる事無くビシバシと大臣達を批判し「事業仕分け」「外国人参政権」夫婦別姓」などの政策にも噛み付いている。そんな調子でキャンプシュワブ沿岸に基地をつくるという埋立て案については、当初の陸上案が除外されたのは「それは銭にならないからですよ・・・砂利&ゼネコン利権」と一蹴。 鳩山・小沢両氏の「政治とカネ」の問題については、「検察が探偵ごっこみたいなことをして政治家を小突き回しても、政治はよくなりません。マスコミは鳩山総理も小沢幹事長も説明責任が問われているといいますが、どこまで説明すれば納得できるのでしょうか。検察が調べて、不起訴になったのです。決着したのではないですか。」 またマスコミに対して、「マスコミはすぐ鳩山さんの発言や考えが『ブレている』と言います。しかし、私に言わせれば、被写体はブレてないのに、写す側のマスコミがブレているからそう見えるんですよ。彼の考えは一貫しているし、些事構わずの人です。宇宙人だからね。」と批判。 最後に民主党に矛先を向けて、「彼ら(大臣たち)は与党の経験がありません。役人を適視していてはダメなんです。役人と喧嘩して『脱官僚』なんて言うのは馬鹿げています。そこを間違えてはいけない。いずれにしろ、パフォーマンスに走って"世論調査政治"をやってはいけない。政治は国民を敵に回してもすべきことがあるのです。それをまだ、鳩山政権はやり切れていません。でもこの政権は倒れません。宇宙遊泳しているから」と指摘&ジョーク。
もしも強烈な対立軸、たとえば、「小さな政府」VS「大きな政府」でそれぞれの政策を打ち出せば、自然と「保守」VS「リベラル」と単純に分かれてきて、より二つの政党の違いが明確にわかりやすいものとなっていく、ように思う。 ただ、注意しなければならないのは、この小政党がしっかりその政党の理念を打ち出し選挙を戦って、その民意を連立政権で反映させていく、というのが大原則であるが、政権を持った方に擦り寄り、行ったり来たりしながら、自らの理念もかなぐり捨てて権力だけを狙っているような、たとえば「公明党=創価学会」のような政党にキャスティングボードを握られるのは二大政党制のメリットが無に帰してしまう危険がある。創価学会という集票組織をもち、選挙での闘いも何ら理念に関係無く、池田大作の一声で決まる、という政党には何の正統性もない。この一つをとっても公明党=創価学会には今後の日本の政治健全化のためにも、政治の場から退場していだだかなければ、この「日本的少数党連立二大政党制」は水泡に帰してしまう。 最近の自民党でのコタゴタを見ると、参院選までに大きな「うねり」にするのはちょっと期待薄になりそうだ。自民党が持っている軸は、「権力」しかないのだから・・・・。 またまた政治理念無き離合集散に終わるのか。 最後にツイッターでみつけた傑作フレーズ。今の三人を短い言葉でよく言い表している。 舛添要一「新党作るよ」 与謝野馨「いやいや。俺が」 鳩山邦夫「じゃあ、俺が」 舛添・与謝野 「どうぞどうぞ」
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