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Re: ロッキード事件揉み消しを米政府に依頼した中曽根氏 | 永田町異聞
http://www.asyura2.com/10/senkyo80/msg/486.html
投稿者 忍 日時 2010 年 2 月 14 日 15:31:16: wSkXaMWcMRZGI
 

(回答先: ロッキード事件揉み消しを米政府に依頼した中曽根氏 | 永田町異聞 投稿者 choir 日時 2010 年 2 月 14 日 11:59:17)

ロッキード事件の真実・おさらいロッキード事件について、ポイント的なものを挙げると。

1 証拠はすべて米国側にあり、米国側の証人を日本の裁判所に呼んで、偽証罪を適用することを前提にして証言させない限り、裁判そのものが成り立たない。

2 民間の航空会社が航空機の選定をする際に、政治家に職務権限は無い。

3 しかし、軍用機は別である。児玉誉士夫はCIAのエージェントで、ロッキード社のセールスマンだった。防衛庁が国産化を検討していた次期対潜哨戒機が、ロッキード社のP3Cに変更された。当時の防衛庁長官は中曽根康弘である。

4 最高裁は嘱託尋問調書には証拠能力がないとし、事実上の田中角栄無罪判決を下している。

5 内閣総理大臣は国家元首であり、国家元首が任期中に行った決定について裁判所が裁くことは出来ない。内閣総理大臣の決定は国家による決定、また国民による決定だからである。裁判官は国民の代表ではない。国会で追及するのが筋である。


「中曽根との関連では、防衛庁長官時代に、その職務権限に直結する、対潜哨戒機(P3C)導入に絡み、ロッキード社からの賄賂が行われたのではないかという説がある。しかし、民間機の導入にからみ、田中が賄賂を受け取ったという話にすり替わった。他国における、ロッキード事件も軍用機受注が舞台になったものである。」

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=226338


最初に名前が挙がったのは児玉誉士夫で、児玉はロッキード社から21億円を受け取ったとされる。児玉誉士夫と中曽根康弘は親しい関係にあった。

児玉誉士夫に対し医師は睡眠導入剤・麻酔剤を注射し国会で証言できないようにしていた。その工作を行ったのが当時自民党幹事長だった中曽根康弘だったという。

「天野氏が、喜多村教授に、「何を注射するのですか」と聞くと、喜多村教授は「フェノバールとセルシンだ」と答えた。
いずれも強力な睡眠作用と全身麻酔作用があるものだ。
天野氏が、「そんなことをしたら、国会医師団が来ても患者(児玉)は、完全に眠り込んだ状態になっていて診察できない」というと、喜多村教授は、「児玉様は、僕の患者だ、口を出すな」と激怒して病院を出て行った。

数時間後、国会医師団が児玉邸に行き、診察した。
児玉は、喜多村診断書の通りで、重症の意識障害下にあり、口も利けないで国会証人喚問は無理ということになった。

この喜多村教授による児玉への注射は、誰の意向だったのか?

このような「陰謀」の黒幕は誰か?
国会運営を事実上仕切れる立場にいて、児玉サイドとコンタクトできる人間は?

平野氏は、中曽根康弘自民党幹事長(当時)と特定している。」


http://mugentoyugen.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-52b5.html

「ロッキード事件が発覚したのは1976年2月5日のことで、その日の毎日新聞夕刊一面は「ロッキードがワイロ商法」「児玉誉士夫に21億円」と衝撃的なニュースで埋まった。

その二面に三段格の目立たない不可解な記事が出ていた。なぜ、ロッキード事件が発覚したのか、それが謀略の本体なのだ。[ワシントン5日毎日支局]昨年夏の暑い日、ワシントンにある米上院外交委多国籍企業小委員会(チャーチ委員長)事務所に小包が届けられた。開けてみると、なんとロッキード航空会社の極秘書類がぎっしり詰まっていた。4日同小委員会はロッキード社の贈賄を裏付ける同社とアーサー・ヤング会計事務所の重要書類を含めた46ページの報告書を公表したが、これらの書類はほとんどがこの小包に入っていたと見られる。
同小委は「これらの書類が誤って配達されて来た」ことを明らかにしたが、ロッキード社にとっては絶対、部外者には見せられない極秘書類がなぜこともあろうに多国籍企業のお目付け役である同小委に配達されたのか、全くミステリーというほかはない。」

(1973年のオイルショックの際、田中角栄は「米国はイスラエルだが日本は油だ」と言い、アラブ寄りの姿勢を示す。)

「キッシンジャー国務長官が血相を変えて来日した。
「アラブ諸国と妥協してはならない。正義を貫かなければならない」とキッシンジャーは田中に迫った。
「日本という国家は石油で成立している。それともアメリカが日本の石油の面倒をみてくれるのか」と田中が言って、両者の会談は決裂した。
田中角栄は日米安保体制の精神に反してアラブ側に立ち、親アラブ政策に転換して、サウジアラビアなどから石油を入手した。さらにアメリカなどのメジャーを離脱して日本独自の石油ルートの開拓を始めた。」

http://blog.goo.ne.jp/taraoaks624/e/f7b1ee98db495ad382c39ee9990d4d8a

http://mugentoyugen.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-c5e9.html

「ロッキード事件は、その端緒がアメリカ上院の院外交委員会の多国籍企業小委員会(チャーチ委員会)によるロッキード社の不正献金の発覚であった。
すなわち、捜査のはじめには、米国からの資料(チャーチ委員会でのコーチャンらの証言等)が存在するだけだった。
これらの資料の吟味のために、コーチャンらの取り調べが必要であったが、アメリカに出張した東京地検検事らは、コーチャンらに拒否されて、全く取り調べができなかった。」

「コーチャンらの証言の真偽の吟味ができない東京地検は、刑訴法上の起訴前の裁判官による証人尋問制度に名を借り、さらには検察官の持つ起訴猶予権を濫用し、アメリカの裁判所に証人尋問を嘱託して、コーチャンらに刑事免責を与えてその黙秘権を剥奪し(刑事免責を与えても証言しないと、そのことがアメリカの法律では罪となる)、証言させたのだった。
それが、昭和51年5月22日付で東京地検検事から東京地裁裁判官宛に出された証人尋問請求書であり、刑訴法226条に基づき、コーチャン、クラッター及び他1名の証人尋問を請求するから、アメリカの裁判所に送って尋問を嘱託してもらいたい、というものであった。

http://mugentoyugen.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-6bf8.html

「平野氏は、ロッキード事件で最も重要なポイントは、「日米司法取決」であり、この取決が、合法なのか違法なのか、それを検証するのが、同書を執筆した大きな目的の1つだったという。。

平野氏によれば、以下のようなことである。
アメリカ側の証人が日本側の要請で証言する場合、どんな犯罪行為を喋っても、日本国側は絶対に刑事訴追をしないので、好きに喋ってください、ということである。
狙いは、ロッキード社副会長だったコーチャンである。
つまり、司法取引であって、日本の刑法には定められていないことである。

当時の日本社会党の成田知巳委員長は、この取決について、日米間の国家機関を通じて決まったものであり、一種の条約であるにも拘わらず、関連資料の提供を捜査機関のみに限定するのは、三権分立を定める憲法違反である、と指摘した。
成田委員長の発言は、余り注目されるところとはならなかったが、平野氏にとっては印象に残る発言で、実質的に条約であって、国会の承認を必要とするものだ、としている。」

http://mugentoyugen.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-892f.html

「角栄の死後に最終結論が出た「丸紅ルート」の最高裁判決で、ロッキード社のコーチャンおよびクラッターへの嘱託尋問調書には「証拠能力がない」と判断された」要するに田中角栄氏は無罪と言うことである。


「●仕組まれたロッキード事件

1976年に発覚したロッキード事件も、アメリカが田中角栄潰しのために仕組んだ陰謀である可能性が高い。ロッキード社は、全日空の旅客機に自社の「トライスター」を導入させるため、合計30億円のカネを日本政界工作に使ったといわれている。そのうち5値円を総理大臣だった田中が受け取ったとされ、田中は収賄容疑、外為法違反容疑などで逮捕された。

なぜロッキードが仕組まれた事件であるのか。ここにもまた、岸の盟友である右翼の大物・児玉誉士夫が介在する。ロッキードからのカネは、日本におけるその代理人であった児玉を通して分配されていた。児玉は「コンサルタント料」として個人で21億円のカネを受け取っていたといわれている。つまり30億円のほとんどは児玉個人に渡っているのだ。ところが、捜査やマスコミの関心は田中に流れた5億円ばかりに集中し、児玉が受け取ったカネについてはまったく解明が進まなかった。

実はロッキード社の狙いは旅客機ではなく、軍用機のほうにあったといわれている。ロッキードの日本側代理人である児玉は、岸や自民党の人物たちに働きかけ、ロッキードの戦闘機F−104を自衛隊機に選定させるよう工作を行なっていたのだ。

また、ロッキード社のP3C対潜哨戒機導入という大問題もある。当時の防衛庁長官だった中曽根康弘、官房副長官たった故・後藤田正晴などをはじめとする有力な自民党議員のほとんどすべてが、P3C導入をめぐって賄賂をもらっていたといわれている。 つまり、事件の本丸は民間機ではなくて軍用機なのである。自衛隊がロッキード社の軍用機を採用すれば、動くカネは旅客機と比較にならないほど大きい。

検察や国会は、軍用機ルートのほうに力を入れて捜査、真相究明をするべきだった。ところがそれでは自民党政権自体が無茶苦茶に壊れてしまう。そこで、わざと田中の賄賂だけを取り上げ、欧米のマスコミに騒がせるよう、CIAが工作したのである。そうしなければ。“親米の砦”を失ってしまうからだ。

田中は日中国交回復や、独自のエネルギー政策を提唱するなど、明らかにアメリカから距離をおく自主外交路線を選択していた。アメリカにとってそれは非常に気に食わないことでもあった。だから、この機に乗じて田中だけを潰そうという狙いもあったのではないかといわれている。それが田中の5億円だけを取り上げて、児玉に流れた30億円の大半について解明がまったく進まない理由の一つである。

よくよく考えてみれば、アメリカと親しい関係にある政治家はいくらスキャンダルが出てきても逮捕されない。イトマン事件の亀井静香、泉井疑惑の山崎拓もそうだし、小泉にせよ森喜朗元首相にせよ、政治生命の危機に瀕することはあっても、警察・検察に捕まることだけは避けられている。

ロッキード事件から「CIAにさえ狙われなければ、何をやっても大丈夫だ」「アメリカと親しくしていれば、警察も検察も怖くない」と政治家たちが確信するようになり、対米従属を深めていく悪循環が始まったのだ。」


「公安警察が僕に教えてくれたのは、政治の裏側はそんな簡単な話じゃないぞと。たとえば田中派は金に汚くて、岸派は清廉潔白だと言われているけど、まったく正反対なんだと。岸派はアメリカからお金をもらっていたから、国内で調達する必要がなかっただけのことですよ。

戦後、何人かの自民党政治家がアメリカから、あるいはアメリカの背後にいる国際金融資本からの独立を画策していたのですが、ことごとく潰された。田中角栄は、石油資源をロックフェラー頼みじゃない別のルートを模索して、失脚させられたのはよく知られた話ですよね。竹下登、橋本龍太郎、野中広務、鈴木宗男までみんな失脚させられた。つまり田中派はずっと彼らと戦っていたということですよ。

私が鈴木宗男議員に、「日本の政治家は、なんでアメリカの言うことを素直に聞くんですか」って聞いたら、「聞かないと石油をもらえないぞ」とか言ってましたよ。中国も同じだそうですよ。輸出が好調で貿易黒字になって、膨大なドルを抱え込んでも使い道がない。それで、もう全部売っちやおうかなと言ったら、すぐにOPECから電話が掛かってきて、中国政府には石油を売らないぞと脅された。2006年末の話です。

〔 龍 〕(橋本龍太郎)

そう、敗戦後の日本の政治家で、ただ一人のまともな政治家というのは田中角栄なんです。

田中角栄というのは大学出じゃないんですよね。高等小学校を卒業しただけです。それで小学校を出て上京して働いて、それからいろいろ会社を起こしてね。それも大企業とかアメリカの助けとか、そういうのもまったく無しに独力で、ついには政治力を結集して総理大臣になったわけです。で、自民党の中でも強固な最大派閥だったでしょ。

田中角栄は、戦後の日本が屈辱的に隷従してきたアメリカから独立する方向に明確な目標を持ったわけ。それで意図的にロッキード贈収賄事件をでっち上げられ、失脚させられてしまった。しかし、このロッキード事件で逮捕されてもなお、土着の骨のある自民党の首領として、屈服しないで“閲将軍”として政界の采配をふるうでしょ。

田中角栄系統の政治家はほんとにたくさん殺されていますよ。それはフルフォードさんが言われている通り。私が知っている例では竹下登、小渕恵三、梶山静六。竹下は電電公社の民営化(NTT)に、小渕は郵政の民営化、要するに、日本国民がコツコツと血と汗と涙で稼いできた資産をそっくりアメリカに献上せよという、苛斂誅求的な厳しいアメリカの要求だったんですが、彼らは命がけで踏ん張って抵抗したのです。脅すだけでなく、手をかえ品をかえ、酒を飲ましたり金を握らせようとしたりしても一向に埓が明かない。そこで殺されたという話を聞きました。

梶山静六という人も田中角栄派の主要な幹部の一人です。

ちょうどその頃アメリカの要求というより命令で、日本の金融を全部アメリカが召し上げるようなプロセスが始まっていたでしょ。まさに、その汚い手口は、その本に書いてあるFRB(連邦準備制度理事会)が過去やってきたこととそっくりそのまま。そんな亡国の危機に悲愴な思いを募らせて、自民党の総裁選挙に立候補したそうです。で、かなりの票を取ったけど、落選した。そうしたら、“都合よく”交通事故に遭って入院・療養、すぐに死んでしまったんですよ。(橋本龍太郎も後に死亡)

そういう苛酷で悲惨な状況を日本の政治家は間近で見ているでしょ。だから日本の政治家は、本当に恐怖心に満ちていますよ。」

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=167975

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=157878

「田中首相は、1973年頃から、独自の資源外交を展開していた。まず同年秋、仏、英、西独、ソ連を次々と訪問し、石油、ウラン鉱石、天然ガス等の共同開発について議論している。同年11月には親アラブ政策を打ち出している。翌1974年1月には、ASEAN5カ国を歴訪し、インドネシアとの間で液化天然ガスプラント、石油基地建設の建設協力で合意した。1974年9月には、メキシコ、ブラジル、カナダを訪れ、メキシコ原油の開発、アマゾン開発、西カナダのタールサンド開発について、それぞれ協議している。さらに、その翌月には、ニュージーランドやオーストラリア、ビルマを訪ね、マウイ天然ガス開発やウラン資源の確保について合意している。

1996年には、中曽根康弘元首相が、『天地有情―五十年の戦後政治を語る』において、さらに明確に述べている。

「田中君は、国産原油、日の丸原油を採るといってメジャーを刺激したんですね。そして、さらに、かれはヨーロッパに行ったとき、イギリスの北海油田からも日本に入れるとか、ソ連のムルマンスクの天然ガスをどうするとか、そういう石油取得外交をやった。それがアメリカの琴線に触れたのではないかと思います。世界を支配している石油メジャーの力は絶大ですからね。のちにキッシンジャーは『ロッキード事件は間違いだった』と密かに私にいいました」

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=224936

田中角栄とは全く逆に、米国の言いなりになってきた政治家が小沢一郎である。

http://urayamaneko.seesaa.net/article/141101502.html

「コメント」
 小沢のそれ以降の政治は、基本的にそうだったのは事実であるが、今、それに対して目を覚ましているが、産経新聞とか自民党は、目を覚ましていない。その意味で小沢は守らなければならないが、小沢幹事長、一言言わなければならない問題がある。それは、中国の民主化に反対して、10年間牢獄に入れようとしている事実であり、彼の苗字から推定するが、漢を開いた人の苗字だと考えている。苗字忘れたが。
 こういう問題あったら、批判しなければ、小沢幹事長の信用性を落とす。本当に真の言論の自由と民主主義を守るかの「試金石」になってしまう。  

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コメント
 
01. 2010年2月14日 16:16:44
「項羽と劉邦」は小説にもゲームにもなっているが、漢の高祖劉邦はなにか名前にいわれがあるんですかな?
「四面楚歌するを聞く」では、今の立場小沢一郎は項羽に近い立場なんだろうけど。
 まあ、それはそれとして、ロッキード事件を分かりやすく解説してあるので拍手しておきます。

02. 2010年2月14日 16:21:49
民主化運動家・劉暁波氏のことですかね。
懲役11年が確定しましたね。かわいそう。

03. 2010年2月14日 17:06:30
田中真紀子は実際のところを
おやじさんから何も聞かなかったのだろうか?

感情的に今の自民党を嫌うのは理解できるが、
そういうことではなく、できることなら
歴史の事実として、父角栄の実像を
明らかにしてほしいと思う。


04. 2010年2月14日 19:23:12
深く静かに潜航中。

立花隆です。やべやべ。


05. 2010年2月14日 21:38:59
上で名前の挙がっている平野貞夫氏の著書「ロッキード事件「葬られた真実」」にはこんなことも書かれている。
今読むと、味わいひとしお…。

(引用開始)

 極右翼がアメリカの企業とつるみ、日本の防衛計画にからんで政治家を動かしていたとすれば、まさに政財官を揺るがす大事件となる。中曽根幹事長との関係を児玉自身が証言するだけでも、下手をすれば政権を吹っ飛ばすインパクトがあろう。だからこそ中曽根幹事長は、一切の取材に対して「ノーコメント」を貫いてきたのだ。
 それが一転、いったいどうして喚問を承諾したのか? 私の疑問はそこにあった。

 中略

 前述したように、田中角栄と田中派がさしたる反対もせず、小佐野賢治の喚問を承諾しのは、あくまでも児玉誉士夫の喚問が条件になっていたからだ。そのくらい児玉誉士夫の喚問は、大きな意味を持っていたのである。
 その喚問に対して反対できたし、拒否する権限もありながら、なぜ中曽根幹事長はあっさりと児玉喚問を認めたのか?
 私は、「きっと何か裏があるな」と直感した。

 中略

 しかし、あまりにも都合が良すぎるのが、ひっかかった。考えてみれば、ロッキード事件発覚からこの日まで、児玉誉士夫の動きは、驚くほどにできすぎていた。
 五日、ロッキード事件が発覚したとき、児玉誉士夫はその前々日から伊豆に保養に出かけており、連絡が取れない状況になっていたとされる。そして八日、証人喚問が決定したとき、児玉誉士夫の行方はわからなくなっていた。
 そして一二日、児玉誉士夫は高脂血症の悪化によって自宅で倒れ、それを診察した主治医の喜多村孝一教授は「茶飲み話ぐらいならできる」とした。にもかかわらず、夜に行われた記者会見では、「口もきけないので国会への出頭は無理だ」と前言を覆す。
 そして一四日の土曜日の夕刻、児玉側からは、喜多村の診断書を添えて、妻名義で「不出頭届」が書留で送付されてくる。これも前日の金曜ではなく、土曜の夕方ギリギリのことだった。ほとんど議長も対処できない時間を狙っていたとしか思えない。実際、その届けを決済すべき前尾議長は自宅に戻っており、私が自宅まで行って処理をしたのだ。また、この書類の精査は、週が明けて六日、証人喚問の当日行われることになった。
 その一六日の夜一〇時、国会から派遣された医師団によって、児玉誉士夫は翌一七日の喚問はできないと診断された。
 別に政治に興味がない人間でも、この経緯をみれば陰謀の匂いに気づくだろう。児玉誉士夫を証人喚問させたくない勢力によって、何らかの謀略があった。それは限りなく「クロ」といっていい。


06. 2010年2月15日 08:50:11
CIAに操られた戦犯に歪められた戦後構造。当時の冷戦構造が終焉し、今、米国が多極主義化している中で、従前にも増して複雑な局面を呈している国際社会。過去の事実が明らかにされていく一方で、意図的にその状況、局面を利用し、事実や実態を歪曲している輩がいる。そうした輩に充分に配慮するには、広く国際的な視野に立って判断するしかない。NET社会になって、それがさほど難しくなく出来るようになったことは喜ばしい。日本のマスメディアは形骸化されてしまって久しい。
そのことを知る国民も、残念ながら、まだ少ない。いかに国民にそうした事実を伝えていくのかを考えるに、この一連の特捜によってControlされた報道を流し続けるメディアの実態が、絶好の機会になったと思う。

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