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週刊朝日 2010年2月5日増大号
「足利事件」再審レポート
菅家さんを大いに失望させた
担当検事の謝罪拒否と記憶喪失
昨年10月から始まった足利事件の再審が、いよいよクライマックスを迎えている。冤罪によって17年半も身柄を拘束された菅家利和さん（63）が、当時の担当検事と法廷で対面。ようやく謝罪を受けるかと思いきや、元検事の□からは、検察のメンツを必死に守ろうとする「答弁」ばかりが飛び出した――。
証言台の森川元検事を見据えながら、菅家さんは「謝ってください」と頼んで頭を下げた＝絵・いけだまなぶ
「足利事件」関連年表
79年８月 福鳥万弥ちゃん(当時5つ)殺害事件
84年11月 長谷部有美ちゃん(当時５つ)殺害事件
90年５月 松田真実ちゃん(当時４つ)殺害事件＝足利事件
91年12月 菅家利和さんを殺人容疑などで逮捕･起訴
同12月 79年の事件でも再逮捕
92年２月 84年の事件で書類送検
93年２月 79、84年の2事件を不起訴処分に
93年７月 宇都宮地裁で無期懲役判決
09年５月 DNA再鑑定で犯人と菅家さんの型の不一致判明
同６月 菅家さん釈放
１月22日午後、宇都宮地裁。かつて菅家さんを取り調べ、一審の公判も担当した森川大司元検事（62）が証人として出廷した。16年半ぶりに顔を合わせた菅家さんはこの日、証人尋問の最後に幾度目かの”お願い”をして頭を下げた。
菅家 森川さん、私は本当につらい思いをしました。私と私の両親と兄弟に、謝る気はありませんか。
森川 先ほど申し上げたとおりです。深刻に受け止めています。
菅家 私と森川さんの立場を逆に考えてください。謝ってください。お願いします。
森川 申し上げたとおりです。
謝罪を懇願ずる冤罪の被害者に対し、当の「加害者」のひとりである元検事は、それを頑なに拒み続けた。何を深刻に受け止めているのかも、判然としない。
前日から２日間にわたる再審公判で、当時の取り調べの様子を録音したテープが法廷で再生された。詳しい内容は本誌10月30日号でも既報しているが、このテープの存在が明るみに出たことで、菅家さんが逮捕後の取り調べでも犯行を否認していたことが判明した。
菅家さんは逮捕されて数週間のうちに、足利市内で起きた３件の幼女殺人事件について否認から「自白」に転じている。起訴されたのはＤＮＡ型鑑定の結果が出た真実ちゃん事件だけだが、録音テープによれば、逮捕された翌月の92年１月、真実ちゃんの事件についても「本当のところはやってない」と明確に否認している。それを森川元検事は「ほかにも証拠がある」「ずるいじゃないか」「僕の目を見て言いなさい」などと詰め寄り、再び自白させていた。
「否認」の事実を検察は隠蔽した
一審の公判が始まってからも、森川元検事は裁判所や弁護人の知らないうちに拘置所を訪ね、取り調べを続けていた。92年12月には、菅家さんが涙ながらに「今までウソをついてすみません」と言い、事件当日のアリバイを説明しながら無実を訴えたこともあった。録音テープから再現する。
森川 三つの事件があるんだけど、君がどの事件にかかわっていて、どの事件にかかわっていないの？
菅家 話していいですか。
森川 ああ。
菅家 全然かかわっていません。
森川 全然かかわっていないの？
菅家 はい。絶対いえます。
さらに、それまで罪を認めていた理由について、こうも説明している。
森川 なぜそのとき、真実ちゃんの事件を否定しなかったんだろうか？ 僕はよくわからないんだ。
菅家 やはり、なんて言うんですか。怖いような気もしたからです。殴るとか蹴られるとか。
森川 誰から殴られると思った？
菅家 警察の人からもそうですが。
森川 僕からもされると思った？
菅家 はい。
だが、翌日から森川元検事は当時のＤＮＡ型鑑定の結果を持ち出し、菅家さんを責め立てて泣かせた。そして起訴済みで公判中だった真実ちゃん事件については、否認を撤回させ、また自白させた。
このように菅家さんが取り調べで否認していたことを、検察側はなんと17年間にもわたって”隠蔽”してきた。冤罪が決定的になってからもなお、録音テープの開示を拒み、宇都宮地裁に命じられてようやく中身が明るみに出たのだ。
１月22日の証人尋問では、
弁護側から、
「なぜ否認供述を隠していたのか」
と問われ、森川元検事は平然と言ってのけた。
「（公開する）必要が認められなかったからです」
それは公平な裁判のためではなく、検察が有罪に持ち込むために不要だったのだと受付取れる。つまりは、都合の悪い証拠は隠してしまうのが、検察にとっての常識なのだろう。
菅家さんの著書『冤罪ある日、私は犯人にされた』でも詳述されているように、菅家さんの曖昧な自供を除けば、科警研（科学警察研究所）によるＤＮＡ型鑑定の結果が唯一の証拠だった。しかも、それは09年になって誤りであったことが判明する。
三つの事件で共通しているのは、捜査当局が自供の中から犯人しか知りえないような「秘密の暴露」を得られなかったことだ。犯行現場での目撃談など、供述を裏付ける証言や物証もつかめなかった。
菅家さんの性癖についても、彼らは強引な「自白」のみに依拠した。立証できないまま起訴した後、精神鑑定の依頼を受けた精神科医は、調書につづられた「犯行事実」のみに基づいて「小児性愛」だと診断。これを受けて裁判所も認定するという、見事なまでのマッチポンプを敢行した。
唯一の証拠が誤りだとわかってもなお、森川元検事は堂々としていた。当時の取り調べや公判の状況について問われると、「記憶にない」「覚えていない」という趣旨の証言を連発した。無実の人を刑務所に送り込んだ自身の仕事を、今まで検証することもなかったのか。それとも、都合の悪い記憶ばかり喪失してしまったのか。
テープに録音された発言について問われても。
「そう録音されているなら、そう言ったんでしょう」
などと突き放して、検察側の非を微塵も認めようとしなかった。
弁護側から「今は菅家さんを無実だと考えているか」「まだ犯人だと思っているのか」などと尋ねられたが、これにも「自分には答えられない」と言うばかりだった。
公判後の会見で、菅家さんはこう語っている。
「まったく反省の気持ちが伝わらなかった。テープの中で『人間性がない』と言った彼のほうが人間性がないと言いたい」
けっして非を認めようとしない検察の体質は、これだけ大きな「罪」を犯してもなお、変わりそうにない。
菅家さんの著書「冤罪ある日、私は犯人にされた」には、自身の生い立ちから冤罪、釈放までの人生が克明につづられています。『真犯人に告ぐ！ 未解決事件ファイル』では、足利事件の真犯人を追跡しています。いずれも弊社刊。
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