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検察の「暴発」はあるのか(上)―郷原信郎(日経ビジネスオンライン) http://www.asyura2.com/10/senkyo79/msg/350.html
「阿修羅」のコメントを読み郷原さんの最新記事を知りました。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20100201/212548/?bvr 2010年2月2日(火) 検察の「暴発」はあるのか(上) 郷原 信郎 【プロフィール】 政治資金規正法 小沢一郎 民主党 陸山会 検察 昨年10月以降、新聞等でたびたび報道されてきた小沢一郎民主党幹事長の資金管理団体「陸山会」の不動産取得をめぐる政治資金問題は、1月13日に同会の事務所の捜索等の強制捜査、15日には、小沢氏の元秘書で同会の会計担当者だった石川知裕衆議院議員ら3名が逮捕されるなど、年明けから東京地検特捜部の捜査の動きがにわかに本格化し、23日には、小沢氏本人の事情聴取が行われた。 昨年9月の政権交代後初めての通常国会をめぐる政局を大きく揺るがしてきたこの問題も、2月4日の石川議員らの勾留満期という大きな節目を迎える。報道されているように、検察が小沢氏の再聴取を見送る方針だとすれば、捜査は最終局面に入ったと言えよう。 しかし、検察の捜査が順調に進んでいるとは言い難い。通常国会の3日前の夜に突然逮捕された石川氏の逮捕容疑の政治資金規正法違反事件は果たして現職の国会議員を起訴できるだけの事実なのか。小沢氏自身の逮捕または在宅起訴はあり得るのか。今回の捜査と処分が今後の政権にどのような影響を与えるのか。一方で、極めて重大な政治的影響を与えた検察捜査の結果が予想に反するものとなった場合に、検察の組織は今後どうなるのか。現時点までに報道等で明らかになっている事実を基に考えてみることとしたい。
まず、今回の問題を考える上で認識すべき根本的問題として、政治資金の収支の公開に関する会計処理が、企業会計や税会計などとは異なり、その基本原則すら確立されておらず会計処理の実務が未成熟で、資金管理団体の銀行口座の膨大な数の入出金のうち、どの範囲のものを政治資金収支報告書に記載すべきかについて明確なルールができていないという実情がある。 政治資金収支報告書に記載が求められているのは、政治団体の銀行口座、現金の入出金すべてではない。例えば、総務省のQ&Aでも述べられているように、政治団体の職員が経費の立替え払いを行って後日精算したような場合は、職員と政治団体との入出金を記載する必要はなく、政治団体が直接支払ったような処理を行うことになる。 政治資金規正法が「政治資金の収支の公開」を求める趣旨・目的は、政治活動の資金が、どのような個人、企業・団体から提供されているのか、政治資金がどのような用途に支出されているのか、について国民に正確な情報を開示し、その情報に基づいて国民が有権者として主体的な政治選択を行うことであり、収支報告書の作成・提出はそのために行われるものだ。 今回、問題とされている不動産購入をめぐる政治資金収支報告書の記載について、マスコミ報道は、陸山会の口座のすべての入出金が収支報告書に記載されるべきで、それが一つでも異なっていると、すべて不記載ないし虚偽記入になるとの考え方を前提にしているように思われるが、それは政治資金規正法についての基本的理解を欠くものだ。 通常国会の3日前に逮捕された石川議員の逮捕・勾留事実は、陸山会の平成16年分の政治資金収支報告書の「収入総額」を4億円過少に、「支出総額」を3億5200万円過大に記入した虚偽記入の事実である。 本来であれば、政治資金規正法で政治家を逮捕するのであれば、記載されるべきであったのに記載されていなかった収入・支出を具体的に特定するのが当然であろう。ところが、石川議員の逮捕事実は、全体として収入総額・支出総額が過少だったという虚偽記入の事実であり、政治資金収支報告書にどのような事項を記載しなかったのか、どのように記載すべきであったのかは、逮捕事実で特定されておらず、逮捕時の検察側の説明でも明確にされなかった。脱税で言えば、どのような収入を隠したのか、どのような支出を架空に計上したのかが明らかにされないまま、収入の合計金額を少なく申告した、ということだけで逮捕されたようなものだ。 現職の国会議員が通常国会前に逮捕されるという重大な事態であるにもかかわらず、その根拠とされた容疑事実すら具体的に特定されず、「小沢氏の不動産取得をめぐる疑惑」と「小沢VS検察」という対立構図ばかりが強調されたところに、今回の石川議員逮捕に関する重大な問題がある。 石川議員を起訴するのであれば、この点について、収支報告書に記載すべきであった収入を具体的に特定することが不可欠だ。その場合の「記載すべきであった収入」として考えられるのは、新聞報道等で石川議員が「収支報告書への不記載を認めている」とされている、土地の購入代金に充てられた「小沢氏からの現金による借入金4億円」である。 この点に関しては、「『4億円不記載』とは一体何なのか」で述べたように、2004年の陸山会の収支報告書の収入の欄に「小澤一郎 借入金 4億円」という記載があることとの関係が問題になる。
マスコミ報道では、2004年の陸山会の収支報告書に、小沢氏から現金で受け取って同会に入金した4億円(【1】)が記載されず、銀行から小沢氏名義で融資を受けた4億円(【2】)のみが記載されたとされている。それを前提とすれば、【1】の4億円の収入が収支報告書に記載されなかったために、同年の収支報告書に小沢氏からの借入金総額を「8億円」と記載すべきところ「4億円」しか記載しなかったことで収入総額が4億円の過少に記入されたということになろう。 【1】の4億円の収入を収支報告書に記載しなかったことは石川議員も認めており、最低限、この点についての政治資金規正法違反の成立自体には問題はない、あとは、それに加えて、ゼネコンからの裏献金による収入等の悪質性を示す事実がどれだけ立証できるかが問題になるだけ、というのがマスコミの一般的な見方だ。 しかし、「小澤一郎 借入金 4億円」という収支報告書の記載には、「現金」とも「銀行借入」とも明示されてはいない。石川議員が、【1】の小沢氏からの現金による借入金4億円の収入を収支報告書に記載しなかったことを認めているとしても、本当に、それが、収支報告書の虚偽記入罪に該当するのだろうか。そして、仮に該当するとしても、起訴する程の重大性・悪質性が認められるのだろうか。 重要なことは、【2】の銀行から小沢氏名義で融資を受けた4億円は、【1】の小沢氏からの現金による借入金で土地購入代金が支払われた以上、陸山会にとって不要だったということだ。マスコミも、石川氏の逮捕前から、「さらに融資を受ける必要はなかった。以前から陸山会で土地を買う時は定期預金を担保にして融資を受けていたため、思わず借りてしまった」などと石川氏の供述内容を報じ、【2】の定期預金担保による融資は、ゼネコンからの裏献金等の金の流れを隠すための偽装であった疑いを指摘している(1月11日付読売新聞、同日付朝日新聞)。 【2】の借入金は、陸山会にとっては、一旦は陸山会の銀行口座に入金されても、同額が定期預金として拘束されるのであるから、キャッシュフロー上はプラスマイナスゼロにしかならず、本来、まったく必要ないものだ。【1】の借入金のように、それによって陸山会の資産が取得できるわけでもないし、政治活動の資金として支出できるわけではない。政治活動の資金の出所を明らかにし、その使途を明示するという「政治資金の収支の公開」の趣旨からすると、小沢氏個人名義で行われた定期預金担保による借入金を陸山会の収支報告書に記載することの意味はほとんどない。 そもそも、土地の購入代金は4億円弱なのであるから、小沢氏からの借入金は、最大でも4億円あれば十分足りるのであり、借入金の総額が【1】【2】の両方を合計した金額8億円に上るということは常識的にもあり得ない。「小澤一郎 借入金 4億円」が一口記載されている2004年の収支報告書は、実質的には政治資金の収支の実態と符合するものと言える。 収入総額の4億円過少記載という問題が出てきた原因は、小沢氏名義での銀行融資の担保とする預金の名義を小沢氏個人にすべきところを、陸山会としてしまった事務上のミスによるものではないかと考えられる。小沢氏からの現金4億円で不動産購入代金を支払った後に、陸山会側の資金で預け入れた4億円の定期預金を小沢氏名義にし、それを担保にして銀行から小沢氏名義で融資を受けて、その融資金を陸山会に入金していれば、小沢氏にとっては、4億円の現金を定期預金に振り替えて担保提供しているだけなので、小沢氏個人と陸山会との間に貸し借りの関係はない。 また、小沢氏の名義である以上定期預金を陸山会の資産として記載する必要もなかった。その場合、小沢氏名義での銀行からの融資金について「小澤一郎 借入金 4億円」と記載するだけでよかったのであり、少なくとも収入については、実際の陸山会の収支報告書と完全に一致していたはずだ。 ところが、定期預金の名義を小沢氏にすべきところを陸山会にするというミスを犯してしまったために、定期預金を陸山会の資産として扱わざるを得なくなった。それに伴って、小沢氏から現金4億円の借り入れについても収支報告書に記載すべきところを記載していなかったことが収入金額の過少記入の問題を発生させた原因になったと考えられる。 このように、土地購入代金の原資が小沢氏個人からの現金4億円の提供によるものであることを前提にすれば、2004年の陸山会の収支報告書の記載は、収入の実態を実質的に反映していると思われる。異なるのは、土地購入代金の支出が実際には2004年10月に行われているのに、それが2005年1月に行われたように記載されている点だけだ。しかし、土地購入代金の支出の時期の2カ月のズレが、現職の国会議員を政治資金規正法違反で起訴し、公民権停止によって議員を失職させる程の重大な問題とは言えないことは明らかであろう。 石川議員が検察の取り調べに対して、収支報告書に故意に虚偽の記入をしたことを認めたと報じられているが、上記のとおりだとすると、意図的に虚偽の記載を行ったとは考えられない。単なる事務上のミスだという当初の供述の方が事実に近いものと思われる。
結局のところ、この陸山会の不動産購入をめぐる問題が、刑事責任を問う程の重大・悪質な政治資金規正法違反だと言えるのは、不動産購入代金の原資が、小沢氏からの現金による借入金ではなく、マスコミが報じてきた中堅ゼネコン水谷建設からの5000万円の裏献金のような別個の原資によるものであった場合しか考えられない。 しかし、その水谷建設からの5000万円の裏献金の事実については、供述を行ったとされる水谷建設の元会長の供述の信用性に重大な問題がある。佐藤栄佐久前福島県知事の汚職事件では知事の弟が経営する会社の所有する土地を水谷建設が時価より1億7000万円高く購入することで「1億7000万円」の賄賂を供与したとの事実で現職の知事が逮捕・起訴されたが、控訴審判決では「賄賂額はゼロ」という判断が示された。 しかも、この事件に関して、水谷建設元会長が、捜査段階や一審では、執行猶予欲しさに検察に迎合して事実と異なる供述をしたと佐藤氏の弁護人側に告白したことを弁護人が控訴審の公判の中で明らかにしている。今回の小沢氏側への5000万円の裏献金の供述についても、脱税で実刑判決を受けて受刑中の同元会長が、仮釈放欲しさに検察に迎合して虚偽の供述行った可能性が十分にあり、供述の信用性はかなり低いと言わざるを得ない。 水谷建設からの裏献金の事実については、石川議員は一貫して否認していると報じられている。通常、裏金の授受は、その痕跡を残さないように慎重に行われるものであり、授受の当事者の供述の信用性がポイントである。同元会長の供述によって裏献金の事実を立証することは極めて困難だと考えられる。 結局のところ、刑事事件として見た場合、今回の陸山会をめぐる問題は、一体何が処罰すべき犯罪とされているのか、まったく不明である。 問題の根本は、会計処理の範囲があいまいで実務が未成熟な「政治資金会計」に定期預金担保の銀行融資や不動産取引等という複雑な経済取引が持ち込まれたために、会計処理の現場が大きな混乱を来たしたことにある。 これまで報道された範囲内の事実であれば、小沢氏自身への刑事責任の波及どころか、石川議員の正式起訴(公判請求)すら危ぶまれる。起訴猶予か、せいぜい、略式命令で少額の罰金刑(この場合、検察官が裁判所に対して「公民権不停止」の意見を述べて、議員失職を回避することが考えられる)というところが、常識的な見方であろう。
もっとも、報道されていない重要な事実と証拠を特捜部がつかんでいるということであれば話は別であるが、捜査機関とマスコミが一体化したような感のある今回の事件の捜査で、そのような予想外の事実がマスコミに報道されないまま残っているということも考えにくい。 しかし、逮捕・勾留した現職の国会議員について不起訴や略式請求の処分が行われるとすれば検察の全面敗北であり、歴史上の汚点にもなりかねない。検察の面子にかけて、起訴(公判請求)が行われる可能性が高いと見るべきであろう。 石川議員の公判請求が行われるとすれば、それ自体が、検察の処分として「暴発」に近いものであるが、もし、それが行われた場合、その「暴発」が小沢氏自身の逮捕や在宅起訴という極端なものにまで及ぶ危険性もないとは言えない。 小沢氏自身の刑事責任の追及は、これまで述べてきた石川議員に関する問題に加えて、さらに多くの問題があり、常識的に考えれば可能性はないに等しい。 石川議員の場合には、収支報告書の記載に関する実務を担当していたことから、前に述べた【1】【2】の2つの4億円の借入金について、収支報告書の記載が実質的には収支の実態を反映していても、【2】のみを記載し【1】を記載しなかったことで形式的に違反に問われる余地はあり得なくはない。 しかし、小沢氏の場合は、政治団体の代表者であり、仮に、この年の収支報告書の内容を認識していたとしても、「小澤一郎 借入金 4億円」の記載があれば、通常は、自ら提供した現金4億円について記載されていると考えるであろうし、その記載が【2】の銀行からの小沢氏名義の借り入れを意味し、【1】を意味するものではない、ということは、誰かから余程詳しい説明、報告を受けない限り認識できない。また、本来、政治資金収支報告書の作成・提出は会計責任者の責任において行うものであり、代表者は選任及び監督に過失があった時に責任を負うに過ぎない、という法の規定からすると、代表者がこのような政治資金の処理手続に関する問題で刑事責任を問われる可能性は限りなくゼロに近いと見るべきであろう。 それでもなお、検察が小沢氏の逮捕・在宅起訴等の動きを見せるとすれば、「暴発」に近いものであり、それに対して、民主党政権の側からは、指揮権発動等も検討されることになろう。それによって、日本の政治、社会は大きな混乱に陥り、一種の「内乱」に近い状況になりかねない。 明日は、「名誉ある撤退」のための検察の策略だったことが定説になりつつある造船疑獄事件での犬養法務大臣の指揮権発動、今後、検察の「暴発」が現実化した場合に指揮権発動をめぐって生じ得る事態、不動産取得問題に関する小沢氏の政治的、社会的責任の問題、検察改革の問題等について私の見解を述べたい。 (次回につづく)
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