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http://money.mag2.com/invest/kokusai/2010/01/post_146.html
沖縄という“ファンド”と米国勢の歴史的企てを追う
沖縄返還とは何だったのか?
今、日本の中央政界で「沖縄」が熱い。1972年に“返還”されてから37年余りが経過したが、その間、沖縄は常に日本の内政における争点であった。しかし、今回は質的に違う。現政権である鳩山由紀夫政権が懸案となっている在沖縄米海兵隊普天間飛行場の移設問題を巡って、これまでの「日米合意」を反故にしかねない勢いで改めて議論し始めたからである。
日本の大手メディアには、時に「感情的」と言わざるを得ないような議論も登場しているが、ここでこのコラムの読者の皆さんには是非手にとって頂きたい本がある。我部政明・琉球大教授による著作『沖縄返還とは何だったのか――日米戦後交渉史の中で』(NHKブックス、2000年)である。
自称“言論人”“政治コメンテーター”らが持論をまくし立てているこの問題だが、そこに決定的に欠けているのが、「米国勢にとって沖縄とは一体、どんな意味を持っているのか」という視点である。近現代における全ての戦争はマネーの“潮目”を創り出し、もって莫大な需要を急激に発生させるという「景気回復策」であったことをここで思い出しておこう。そうである以上、この「沖縄問題」を巡ってもマネーの観点からの検証が必要なのであるが、どういうわけか表だってそういった議論・研究を行う日本人は少ない。そのような中、この本は徹頭徹尾、マネーの観点から沖縄返還が持っていた意味を探るものなのである。
我部教授は言う。「(引用者注:沖縄の基地は)朝鮮半島、中国大陸、台湾、東南アジア、そしてグアム――ハワイを結ぶ沖縄の戦略的位置のみを理由にして、存続してきたのではない。注目すべきは、基地の使用にある。核兵器の持ち込み・貯蔵、沖縄から直接に出撃できること、そして自由に使える基地であることが沖縄の戦略的価値を高めてきたのである。日本本土にある米軍基地に比較すると、米軍にとって返還前における沖縄の米軍基地の価値が理解できよう。日本本土では、米軍部隊の日本配置、核兵器の持ち込み、日本有事以外の場合の直接出撃などに際して日本と事前協議を行う取決がなされているため、米軍の行動は拘束を受けている」(上掲書第78〜79ページ)。
しかしこのことはつまり、仮に沖縄に対する施政権自身は“返還”したとしても、そこにある米軍基地がこれまでどおり自由に使えるのであれば、米国側にとって満足であったことを示しているといえるだろう。だからこそ、そのことを確保するために仮に表向きの約束が出来ないというのであれば「密約」を結ぶよう、日本側に要求するという挙に米国勢が当時出たとしても不思議はない
のである。
もっとも、転んでもタダでは起きないのが米国勢だ。これも日本勢はあまり認識していない感があるが第二次世界大戦の終戦直前、日本本土はマッカーサー率いる米陸軍、沖縄はニミッツ率いる米海軍がそれぞれの“取り分”として攻略、そして占領を行ってきた経緯がある。そして前者がいわば「無血入城」に近い形であったのに対し、後者は「白兵戦」となり、正に“血”で沖縄の奪い合いが行われることとなった。そうである以上、米国勢、とりわけ海軍勢にしてみれば何らの代償を抜きにしての“返還”など無かったのである。
そこで米国勢は返還交渉にあたり、沖縄にある米国資産の「買い取り」を要求したのである。「その後に展開する財政問題をめぐる日米交渉では、米側は流通する米ドル及び米国資産を高く見積もり、日本側は低く見積もることとなる。高ければ高いほど、返還にともなう財政負担を負わないどころか、米国の受取額が増すことになる」(同第114ページ)。
厳しい交渉の末、米国勢が得たもの。それは返還協定と秘密合意による総額3億9500万ドル、そして通貨交換後に1億ドル以上を米ドルでNY連銀に無利子で預金させ、国際収支の悪化を防いだこと、さらには日本への“施政権”の返還により「対沖縄援助」としてそれまで支払われてきた年間2千万ドルから解放されたこと、などであった。そう、正に沖縄は打ち出の小槌なのであり、今風に言えば“ファンド”だったのであり、「カネで買われた」のである。
「苛立ち」を演出する米国勢
さて、話を現代に戻す。――「沖縄」を巡る喧騒の中、マーケットとそれを取り巻く国内外情勢を東京・国立市にある我が研究所でウォッチしていると、ここにきて一つの気になる情報が飛び込んできた。普天間飛行場の移設について鳩山由紀夫政権が煮え切らない態度を見せ続ける中、在沖縄米海兵隊が業を煮やし、同滑走路の修繕作業を1月10日より開始する旨公表したのである。そもそもこの飛行場の恒久化は好ましくないという近隣住民の“悲願”をも受け入れる形で行われてきた「移設」計画だったのであるが、ここに来て米国勢として日本勢が移設そのものに最終同意しない可能性があると見て、“それでは”とばかりに最終手段に出始めたというのである。これは大きな“潮目”の予兆である。
もっともここで「苛立ち」を隠さない米国勢を相手に日本勢の側においても感情的になったところで何も始まらないだろう。“売り言葉に買い言葉”では何ら生産的な議論にはつながらない。そもそも何かにつけ「戦略」にこだわる米国勢である。こうした声高な発表の背後に潜む、彼らの真意をしっかりと見極めなければ日本勢として道を踏み誤ることとなろう。
そこで是非、読者に考えて頂きたいのが上述の議論なのだ。すなわち“血”で奪い取ったと米国勢が考えている「沖縄」についてそれなりのマネーによる“代償”がなければ梃子でも動かないというのが彼らの基本的なスタンスであったという歴史的事実である。基本的には在沖縄海兵隊の主要な施設がグアム島へと移設される際の費用負担を、「沖縄返還」の際と同様に過大に見積もり、実際の経費との差額を抜き取るというのが米海軍閥の目論んでいる仕掛けであろう。もっとも、米国勢、とりわけ米軍の中には上記のとおり対日戦略の観点からそもそも二つの異なる視点(日本本土と沖縄)があることを思い起こせば、日本の大手メディアが“喧伝”しているよりかは遥かに冷静なワシントンの態度も非常に納得が行くのである。米陸軍に代表される「もう一つの米国勢」からすれば、この問題は所詮、対日利権を巡る一側面にすぎず、それ以上でもそれ以下でもないからである。
それでは一体、“全体”としての米国勢は「沖縄」問題を巡り、何を日本から奪おうとしているのだろうか。――表面的な出来事を追いかけるだけではなく、ここは座して考えるべき時が来ているのかもしれない。とりわけ日米交渉を包括的なディール(パッケージ・ディール)としてとらえた時、一部勢力が騒ぎたてる「沖縄問題」を梃子に、総体としての米国勢は日本マーケットにおけるより枢要な何かを狙っており、それに関する日本勢による譲歩を暗に求めている可能性は全く排除されないのである。
激動の2010年を先読みする
この点も含め、今後、激動が想定される“マーケットとそれを取り巻く国内外情勢”と、その中で日本マーケットを取り囲む米国勢が密かに描き、着々と実現してきている戦略シナリオについて私は、今月(1月)30日に大阪で、31日に名古屋でそれぞれ開催する「IISIAスクール」で詳しくお話できればと考えている。ご関心のある向きは是非ともお集まりいただければ幸いである。また、来る1月23日には今回で3回目となる恒例の「IISIA年頭講演会」を1000名規模で東京・杉並にて開催する予定である。既に750名近い方々にご応募頂いている。是非、お早目にお申し込み頂ければと思う。
かつて外務省に勤務していた時代に、私は大先輩にあたる外交官より次のようなエピソードを聞いたことがある。正にこの「沖縄返還」を巡り交渉の矢面に立った東郷文彦・外務省アメリカ局が後に外務事務次官を務めた時のことだ。とある抜き差しならぬ案件で日米関係が当時、大いに緊張した。事務次官室における“御前会議”で関連する局長たちが大いに激昂、中には「日米開戦、もはや已む無し」と豪語する者まで現れたのだという。
すると東郷文彦次官が次のように一括したのだ。「バカ者、日米開戦などと軽々しく言うものではない!」
確かに「沖縄返還」という世紀のプロジェクトを成し遂げたという自負心を持っていたはずの東郷文彦次官からすれば、そうした局長たちの発言など、全く許すまじきものだったことであろう。なぜならばこのプロジェクトのインサイダーとして奔走した東郷らの外交官としての自尊心が正に“戦後日米関係の安定”に埋め込まれていたはずだからだ。
しかし、上述のとおり、沖縄は明らかに「カネで買われた」ものなのであった。そしてまた今、再び米国勢は日本勢に対し明らかに無心している。このこと自体は、あの頃“奮闘”したと自負していた外交官たちがどんなに弁明しようとも、結局は何も変わらぬ「米国による日本タカリの構造」が連綿と続いていることを意味し続けているのである。そのことを思う時、私たち=日本人はあらためて自問自答しなければならないのだろう。――「彼らは一体、これから何を日本から奪おうというのか」
いよいよ始まった2010年。その中で日本マーケットはいかなる形で米国勢から狙われているのか。彼ら以上に鋭敏な感覚を持って、このコラムでもその動向を先読みすべく、“潮目”の予兆を追っていくこととしたい。どうぞご期待ください。
(新世紀人コメント)
金で買われた。そして今回も金で買う事になる。
そうだろう。地獄の沙汰まで金次第なのだから、お金をあげれば、ニッコリとおまけまで付けてくれるかもしれないのだ。
しかし、そこでだ。
キックバックと言うやつである。
口利きをして報酬を頂くというやつだ。
不動産取引だって不動産業者は売手と買い手の両方から報酬を頂くのだ。
ということで、旧政権の特に防衛族達は「自分達の利権を連立政権に奪われた」と大いに悔しがって、色々と邪魔をして出来れば自分達も何らかの利益を得たいと考えるのは彼らからすれば当たり前の事かもしれない。
「ゆすり・たかり」といった方法によって横槍を入れて、元々が等価交換によらない売買にさらに割り込もうとしたとしても不思議ではないだろう。
文屋すなわちマスコミ(デマゴミと言われるに至った)だって金を積めば不都合な記事はもみ消すのだ。
米国は普天間基地を高く売りたいのだ。
日本はこれを値切ろうとすると相手はごねるだろう。
しかし、米国は早く売りたいわけではない。早く売るという事は、安売りするという事になるのだ。
米国は…待って…結果として高く売りたい。
財政破綻の危機だからだ。要するに米国には弱みがあるのだ。
日本側(連立政権)はそれを知っていて、合意点・着地点を探り、両者が納得できる商取引に持っていきたいのだろう。
領土などの国際的取引において、
「元々、我が国のものなのだから只で返せ」は残念ながら通用しない。
相手は、
「返してやるから、報酬をよこせ」とごねる。
それが嫌なら攻め込まれない努力をしておくべきなのだ。外交的にも。防衛的にも。
この問題は不動産取引のように取引を法的に規制してはいない。
であるから、横合いから他の業者達が、「俺達も取引に参加させてくれ」と押しかけてきて来る事は自然である。防ぎようがない。取り締まる法令が無いのだから。
普天間基地移転問題での旧政権政治家達とデマゴミの妨害は、嫌がらせと出来れば利益を引き出したいとの思惑絡みであろう。
暴力サービス業にそっくりという訳だ。残念ながら止むを得ない。
国政政治家の顔がごつくなるのも妙に納得できる訳だ。
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