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http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20100112/212110/?bvr
「4億円不記載」とは一体何なのか
小沢氏は現金貸付の原資を早急に説明すべき
郷原 信郎 【プロフィール】
小沢民主党幹事長の政治団体「陸山会」による世田谷の不動産取得をめぐる政治資金の問題を取り上げた1月10日のテレビ朝日「サンデープロジェクト」、コメンテーターで出演した私が、「小沢一郎氏からの借入金4億円」は陸山会の2004年の収支報告書に記載されている」と発言した途端、司会の田原総一朗氏は、「ええっ」と驚愕の声を上げ、スタジオ中が静まりかえった。
多くの新聞テレビで報じられているように、2004年に小沢氏が当時の秘書の石川知裕衆議院議員に渡した現金4億円についてその年の陸山会の収支報告書に記載しなかったことが違反に問われていると、誰しも思っていたからだ。
ジャーナリストの財部誠一氏からは「4億円の借入金の記載があるというのは衝撃的だ。新聞ではないと報じているではないか」というような声が上がったが、日頃からこの問題について新聞、テレビで解説している新聞の解説委員は、「確認してみる」などと言っているだけで、まともに答えられない。毎日新聞の岸井成格特別編集委員に至っては「捜査の仕方がなんか変だな」と言い出す始末だ。
まもなく始まる通常国会の焦点の一つとも言われているこの「民主党小沢幹事長の政治資金問題」の中身が、いかにあやふやなものかが露呈した瞬間であった。
指摘したかったのは一連の報道の在り方の問題
私は、04年の収支報告書に小沢氏からの借入金の記載があるからというだけで、今回の事件の政治資金規正法違反が否定される、ということを言いたかったわけではない。
まず言ったのは、「検察はまだ強制捜査も何もやっていないし、公式なアクションやコメントは何もないのに一方的にマスコミの側が報じている。その中には、検察の捜査情報がわからないと知り得ないのではないかと思えるようなことが多く含まれている。当時の陸山会の担当者の石川衆議院議員が立件・起訴されると報じられているが、一体何の犯罪事実で起訴されるのか、さっぱりわからない」ということだ。
その上で、「05年に土地を買ったということになっていたが実際には04年に買っている、04年に土地を買った原資のことが収支報告書に出ていない、だからその点が不記載の違反に問われる、というのが私の理解だったが、実際には04年の陸山会の収支報告書には小沢氏からの4億円の借入金の記載はある。その借入金の記載が小沢氏名義で銀行から借りたお金のことか、個人から直接現金で出てきたものなのか、ということが問題にされているのかもしれないが、その辺の話は公開された情報ではわからない。捜査機関側から直接説明でもしてもらわないとわからないはずだ」。
要するに、私としては、04年の収支報告書に小沢氏からの借入金の記載があるのに、それでも違反だというのは、マスコミの側が検察の側からよほど詳しい説明を受けているからではないか、と今回の一連の報道の在り方の問題を指摘したかったのだ。
このサンプロでの「2004年収支報告書に小沢氏からの4億円借入金記載」をめぐる騒ぎを意識したのか、翌日の1月11日の各紙の朝刊では、さっそく、この点についての「検察側の見方、捜査方針」を詳しく報じる記事が掲載された。
朝日、読売、いずれも、「04年分の同会の政治資金収支報告書では、小沢氏から現金で受け取って同会に入金した4億円(【1】)は記載されず、銀行から小沢氏名義で融資を受けた4億円(【2】)を記載した」という内容を含む記事だった。検察が既に任意聴取をしたという石川議員の供述を詳しく紹介している。
04年の収支報告書に小沢氏からの借入金4億円の記載があっても、それは、銀行からの融資の分であって小沢氏から受け取った金については収支報告書には不記載だということ、つまり私がサンプロで指摘したように04年の収支報告書に小沢氏からの借入金4億円の記載があったとしても、陸山会側の政治資金規正法違反の成立には影響しないということが言いたいのであろう。
皮肉にも容疑が雲散霧消しかねない説明
こうした11日の朝刊の記事、とりわけ、関連する金の流れをわかりやすく整理した朝日新聞の記事によって、それまで問題にされてきた「4億円不記載」とはどういう意味で、実際に収支報告書に記載されている小沢氏からの借入金4億円の記載とどういう関係になっているのかが、おぼろげながら見えてきた。しかし、皮肉なことに、これらの記事に基づいて事実関係を整理してみると、石川議員についての政治資金規正法違反の容疑は、ほとんど雲散霧消してしまいかねないように思える。
両記事に共通するのは、本件に関連する陸山会の小沢氏からの4億円の借り入れには【1】と【2】の2つがあり、そのうちの小沢氏からの現金借り入れの【1】が不記載で【2】のみが記載されている、ということだ。
では、正しくは収支報告書にどのように記載すべきであったのか。【1】、【2】の2つの借入金があったのだから両方を記載すべきであったとすると、小沢氏からの4億円の借入金が2口、合計8億円あったと記載すべきだったということになる。
しかし、一方で、両記事は、【2】は【1】の原資を隠すための「偽装」だとの見方をしている(読売の記事は、「以前から陸山会で土地を買う時は定期預金を担保にして融資を受けていたため、思わず借りてしまった」との石川議員の供述を紹介した上、「特捜部は、…石川議員の説明は不自然で、4億円の定期預金と融資は土地取引に関する資金の流れを隠蔽(いんぺい)する目的だった疑いが強いとみて調べている」としている)。
小沢氏の公設秘書の大久保氏の政治資金規正法違反事件で検察が持ち出したのは「西松建設関連の政治団体名義の寄附は偽装であって実際の寄附者は西松建設」という理屈だった。その理屈によれば、偽装の【2】は除外して、実質に基づいて【1】の4億円の借入金だけを収支報告書記載するのが正しい記載だということになる。
それなら、偽装の銀行からの借入金4億円を含め合計8億円の借入金を記載することの方が実態に反していることになるのであり、「小沢氏からの4億円の借入金」一口を記載するのは実態どおりの正しい記載だということになる。
では、同じ4億円の借入金でも【1】と【2】の違いで虚偽の記載になると言えるか。つまり、実際に陸山会の収支報告書に記載されている4億円の借入金の記載は【2】であって、本来記載すべきであった【1】ではないと言えるのか。
新聞等で、収支報告書に記載されている「4億円の借入金」が【2】の銀行からの借入金であったとされているのは、陸山会側が当初、不動産の取得は銀行からの借入金によるものだったと説明していたからであろう。しかし、それは、今回の一連の捜査の過程で【1】の小沢氏個人からの現金の貸付金の存在が明らかになる前の説明であり、【1】の小沢氏個人からの借入金が存在していたことが明らかになった以上、収支報告書への貸付金の記載が【1】なのか【2】なのか、客観的な記載からは、いずれとも判断し難い。
しかも、政治資金収支報告書に借入金の記載をするについては、その原資を記載する必要はない。04年10月29日までに小沢氏から現金で受け取って同日の土地代金に充てられたとされる【1】も、同日、銀行から小沢氏名義で融資を受けて陸山会に貸し付けられたとされる【2】も、政治資金収支報告書に記載するとすれば、「10月29日 小沢一郎 借入金 4億円」というまったく同じ内容の記載か、それに極めて近い内容の記載である。「Aと記載すべきであったのにBと記載した」という虚偽記入の犯罪事実の構成自体が困難だ。
少なくとも、4億円の借入金については、不記載などの政治資金規正法違反に問うことは困難だと言わざるを得ない。
「記載のズレ」はそれほど重大な違反と言えるか
結局のところ、政治資金規正法違反に問いうるとすれば、不動産の代金支払の記載が実際には04年であったのに、05年の収支報告書に記載されており、少なくとも代金の支払の事実が客観的に04年であった以上、その年の収支報告書に記載しなかったことの不記載が考えられる程度だ。しかし、報道によると、石川議員側は、この点の記載の誤りを「単純なミス」と説明しているようであり、要するにそれは「不動産の取得時期は登記の時点と考えていたので、代金の支払の時期もそれに合わせた」ということであろう。
そうだとすれば、その「記載のズレ」が、それによって政治資金の透明性が害された、と言えるほどの重大な違反と言えるだろうか。少なくとも、昨年8月の総選挙で故中川昭一元財務・金融相を破って小選挙区で当選した石川議員に対する有権者の支持を、政治資金規正法違反で起訴して公民権停止で失職させることを正当化するほどの違反だとは到底考えられない。
マスコミ報道では、あたかも政治資金規正法違反による在宅起訴は必至のように報じられているが、一体どのような犯罪事実で起訴されるということなのか、まったく不明だ。
しかし、捜査機関側と結託しているかのような今回のマスコミ報道の在り方に問題があると言っても、マスコミ側が、そうまでして小沢氏の政治資金をめぐる疑惑を追及しようとする背景に、かねてから小沢氏の政治資金をめぐるダーティーなイメージがあり、国民の側もそこに疑念を抱く者が多いという事実があることも無視できない。
今回の問題に関しても、そもそも当初の陸山会側の説明で【1】の小沢氏個人からの借入金の存在が明らかにされていなかったこと自体に不透明さが残る。だからこそ、それが、どこかやましい原資によるものではないか、との憶測を呼ぶことになる。
石川議員が小沢氏から現金4億円を受け取ったと供述したことが報じられ、その原資がどこから来たものなのかが問題にされ、「小沢氏任意聴取要請」などという真偽不明の報道まで行われているのであるから、小沢氏はその点についての説明を早急に行うべきだ。
小沢氏は、昨年3月に公設秘書の大久保氏が政治資金規正法違反事件で起訴された後、政治資金についての説明責任を問われ、5月に民主党代表辞任に追い込まれた。この時、マスコミ等から説明すべしとされたのは、「なぜ長年にわたってゼネコンから多額の献金を受け続けたのか」という抽象的な事柄であり、この点について説明せよと言われても簡単にはできないのは自民党の多くの政治家も同様であろう。しかも、当時は、総選挙を控えた時期である。「説明の泥沼」に引きずり込まれたら、選挙の帰趨にも重大な影響を与えていたであろう。
しかし、今回、説明を求められているのは、特定の不動産の取得の原資となった4億円の出所という具体的な事項だ。「やましいことはまったくない」と言うのであれば、この点についての説明をしないというのは誰しも納得できない。
小沢氏がこの点について説明を行おうとせず、4億円の原資が明らかにされるまでは小沢氏への追及の手を緩めない、とするマスコミ側の姿勢も、その情報源や報道の手法の問題を別にすれば、それなりに理解する余地もある。
石川議員は、小沢氏にとって手塩にかけて育てた大切な若手政治家のはずだ。小沢氏が、その石川議員の首を差し出すことで曖昧なまま問題を決着させよう、というようなことを考える度量の狭い政治家だとは思いたくない。
両軍とも凡打を繰り返す不毛な争いに国民は辟易
大量の応援検事を投入するなど膨大なコストをかけて行われている検察捜査は決め手を欠き、いまだに捜査の出口どころか入り口すら見えない。一方、その過程で出てきた当然の疑問にすら答えようとしない小沢氏の側からも攻め手は出て来ない。
両軍とも凡打を繰り返しノーヒットノーランのまま延長戦、一塁側スタンドだけが異様に盛り上がる。そのような不毛な争いに国民は辟易しているはずだ。
通常国会召集を目前に控え、2番底が懸念される景気は今後どうなるのか。日本航空(JAL)は、日本郵政はどうなるのか。今、政治が直面している緊急の問題は余りに多い。
「検察VS小沢」、泥沼の超貧打戦に決着をつけるのは、小沢氏の一打しかない。