カメクジラネコ <お詫びと訂正> 筆者がCOLREG条約とSUA条約を混同していたことと、シー・シェパード(SS)側の非に関する記述が一部不十分であったため、該当部分を差し替えのうえ補足説明を加えました。(※の文) 読者の皆様に深くお詫びいたします。〔2010年1月7日23時00分〕 ◇ 今冬もNHKを始めとするマスコミが、南極海での日本の調査捕鯨船団と反捕鯨団体シー・シェパード(SS)との衝突を報じている。国内報道はいずれも、調査捕鯨の実施主体である財団法人日本鯨類研究所(鯨研)が各マスコミに流している報道発表資料に沿ったものだ。ふんだんに提供される映像と合わせ、報道内容が片方の当事者の発信する情報や主張に偏りがちな点は否めない。 日本と米国やオーストラリアなどの反捕鯨諸国とを問わず、メディアを活用した双方の宣伝合戦には、いい加減うんざりだという市民も多いだろう。一方で、調査捕鯨をめぐってはマスコミが決して取り上げようとしない事実もある。 日本の調査捕鯨船団の国際条約違反 昨年12月には岡田外相が、オーストラリアのラジオ局(ABC)からのインタビューや国内の記者会見、さらに個人のブログ上でまで、文字どおり「調査捕鯨は日本の文化だ」という主旨の発言を繰り返した。さすがに旧自公政権時代にも所轄閣僚の公式見解としてはあり得なかった異例の主張である(例えば、故中川昭一氏がテレビで反捕鯨団体の船について「撃沈」発言をしたことなどはあったが、当時の肩書きは元政調会長)。これに対し、内外で「『日本の調査捕鯨は“culture” ではなく“science”が目的だ』という従来の説明は嘘だったのか?」という驚きの声があがっている。 「調査捕鯨―互いの食文化を尊重して」(2009/12/28,「岡田かつや TALK-ABOUT」) http://katsuya.weblogs.jp/blog/2009/12/%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E6%8D%95%E9%AF%A8%E4%BA%92%E3%81%84%E3%81%AE%E9%A3%9F%E6%96%87%E5%8C%96%E3%82%92%E5%B0%8A%E9%87%8D%E3%81%97%E3%81%A6.html#more 【映像】岡田外務大臣記者会見(2009年12月11日) http://www.tv.janjan.jp/0912/0912120304/1.php 「岡田外相が豪テレビと会見『鯨肉食べるのは日本の食文化』」(209/12/10,産経新聞) http://sankei.jp.msn.com/economy/business/091210/biz0912102248037-n1.htm 実際のところ、日本政府が国際社会に対して公海調査捕鯨の正当性を訴える根拠は、「調査捕鯨は国際捕鯨取締条約(ICRW)第8条に基づく国際捕鯨委員会(IWC)加盟国の権利である」というただ一点のみである。 しかし、ICRWの前段となる国際捕鯨取締協定が署名された1937年当時、現在日本が南極海と北西太平洋で行っている商業捕鯨と同規模の調査捕鯨はまったく想定外だった。条約を起草した鯨類学者も、「新種の発見等を目的に、規模としては10頭程度を目安に」と考えていたのである。それが1950年代以降、旧ソ連などが禁漁期に100頭規模の捕鯨を行う名目として使い始め、調査捕鯨の看板がIWCの規制の縛りを逃れる口実に用いられるようになった。日本による現行の調査捕鯨のモデルとされる、1978年に行われた240頭の南半球産ニタリクジラの調査捕鯨は、発足したばかりで赤字に陥った共同船舶の経営救済手段として、水産官僚が提案したものだった。 「科学的調査捕鯨の系譜:国際捕鯨取締条約8条の起源と運用を巡って」(環境情報科学論文集 '08/22号) 法律や国際条約が時の経過とともに現実にそぐわなくなるのは往々にしてあることだ。調査捕鯨に関しては、IWC科学委員会にレビューの権限を賦与することや、調査計画提出の義務付けなどが付表の修正という形で行われ、「捕獲頭数は必要最小限に留める」よう求める勧告も出されたが、条約の修正に必要な加盟国の4分の3の支持がネックとなり、実態との乖離を埋め合わせることができずにいる。 このほかにも、調査捕鯨はさまざまな国際条約のグレーゾーンに踏み込む内容となっている。ザトウクジラと太平洋産イワシクジラの捕獲は、公海からの持ち込み(輸入)に相当するため、事務手続面も含め絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約/CITES)違反に当たると国際法学者のピーター・サンド氏は指摘している。鯨研側の主張は、「取引に当たるかどうかを決めるのは日本だ」との一点張りであり、ミサイルを人工衛星と言ってのける北朝鮮政府を彷彿とさせる。本人が言い張る限り、「飛翔体」も「調査捕鯨」も国際社会は歯ぎしりしつつ黙って受け入れるしかない。 同様に、南極海洋生物資源保存条約(CCAMLR)や環境保護に関する南極条約議定書でも、鯨類に関してはICRWとのバッティングを避けているために、南極海生態系の高次捕食者としての位置づけに何ら違いはないペンギンや海鳥、鰭脚類等と鯨類との間の顕著な“差別状態”が放置されている。 さらに、移動性野生動物の種の保全に関する条約(ボン条約/CMS)に至っては、世界110カ国が加盟するまさに国際的取組が不可欠な分野の重要な条約であるにも関わらず、日本はずっと未加盟のままである。捕鯨問題がその理由であることは公然の事実だ。いま、米軍普天間代替施設建設問題で揺れる沖縄・辺野古沖のジュゴン保護にからみ、世界自然保護基金(WWF)やグリーンピース(GP)を始めとする著名なNGOや国際自然保護連合(IUCN)がボン条約の批准を再三にわたって日本政府に強く求めている。渡り鳥からジュゴン、ウミガメに至るまで、日本に渡ってくるすべての野生動物が水産庁の捕鯨推進政策のとばっちりを受けているのである。 「国際捕鯨委員会」(Wikipedia) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E6%8D%95%E9%AF%A8%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A#cite_note-51 「IUCNが3度目となる沖縄のジュゴン保護勧告―その画期的意義とは?」(2008/11/13,JANJAN) http://www.news.janjan.jp/world/0811/0811110253/1.php 上記はいずれも、国際条約の“抜け穴”を巧妙に突く脱法行為と非難を浴びる類のものではあるが、日本の調査捕鯨をして明白な“クロ”と断じることはできない。 (※)しかし、その中でも“クロ”に近いケースが今回明るみになった。 1月6日、日本の調査捕鯨船団に所属する第二昭南丸とSSの2隻目の抗議船アディ・ギル号が接触、アディ・ギル号は船首が大破し沈没、乗員の1名が肋骨を折る重傷を負った。 先にお断りしておくが、SSの過激な妨害活動は海上の安全航行を脅かすものであり、決して認められるものではない。ロープの投入は、日本と海外とを問わず心無い漁業者によって大量に不法投棄されている漁具と同様、ウミガメやクジラなどの海棲動物にとってきわめて有害な行為である。今回加わったアディ・ギル号はバイオディーゼル機関を備えているということで、石油汚染に対してとりわけ脆弱な南極海生態系に与える影響に配慮したマルポール条約/国際海事機関(IMO)での船舶燃料規制の動きを先取りしたものといえ、“エコ度”において調査捕鯨船団より一歩リードしたかもしれないが、日本近海で高速船の導入によりクジラ等との衝突事故が急増したことからも明らかなように、高速船自体がそもそも“非エコ”である。SSの妨害に対しては、これまでIWCにおいて何度も全会一致で非難決議が出されているところである。 第三の目撃者のいない南極海洋上での今回の衝突事故に関しては、相手の船が加速しただのしてないだのと言って双方が互いに罪をなすりつけ合っている有様である。(※)しかし、SS側と日本の第二昭南丸側の双方ともに国際条約に違反した疑いがある可能性は濃厚である。 道義的に認められない相手だからといって、自分たちが国際法を無視していいわけではない。ICRW8条は、調査捕鯨に他のすべての国際条約に優先するほど絶大な権利を認めるものではない。天下御免の調査捕鯨船団であろうと、守らなくてはならない法がある。そのひとつが“交通ルール”だ。 (※)「海上における衝突の予防のための国際規則に関する条約(COLREG条約)」という条約がある。国内でこの条約の国内法が適用されたケースとして記憶に新しいのが、昨年2月に起きた海上自衛隊のイージス艦あたごと勝浦の漁船清徳丸との衝突事故だ。 イージス艦事故については、あたご側の証言が二転三転したり、メモが突然出現したりと紆余曲折があったものの、最終的には海難審判により当直にあたっていた自衛官2名が業務上過失致死で書類送検された。決め手となったのは漁船側のGPS記録に基づく航跡であり、互いの船の位置関係に応じどちらに一義的な回避義務責任が生じたかは自明だったということだ。「小さな船の方がよけるのが当たり前」という悪しき慣習も、自衛隊という強大な組織の威光も、法の前では通用しない。少なくとも建前上は。 「イージス艦衝突 苛立つ地元漁港」(2008/02/24,JANJAN) http://www.news.janjan.jp/living/0802/0802241383/1.php 以下は、国際条約である(※)COLREG条約の国内法に当たる海上衝突予防法の一文である。 第15条 2隻の動力船が互いに進路を横切る場合において衝突するおそれがあるときは、他の動力船を右げん側に見る動力船は、当該他の動力船の進路を避けなければならない。この場合において、他の動力船の進路を避けなければならない動力船は、やむを得ない場合を除き、当該他の動力船の船首方向を横切つてはならない。 鯨研とSSがせっせとメディアに配布している写真やビデオ映像を見れば、アディ・ギル号と第二昭南丸とがお互いに直進してきてぶつかったのは一目瞭然である。一義的な回避義務があったのは、すなわち相手の船を右舷側に見ていたのは、果たしてどちらだろうか? 「シー・シェパードの『未来型抗議船』、日本船と衝突し沈没」(1/6,AFP) http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/environment/2679824/5128868 誰の目から見ても明らかであろう。あたごと同様のパターンである。 第二昭南丸がもっと手前で舵を切らなくてはならなかったのだ。夜間に自動航行に切り替えていたイージス艦と異なり、はるか手前で視認できていたはずであるにもかかわらず、第二昭南丸は傲岸不遜に直進し続けた。「小さな船の方がよけるのが当たり前」という言い訳も、南極海上の調査捕鯨だからといって通っていいはずはない。自衛隊でさえ裁かれる法というものがある。 (※)この場合、実際には左側の第二昭南丸に避航船としての回避義務が生じる一方、右側のアディ・ギル号にも保持船としての義務が生じるため、事故当時の海況と操船および両船の位置関係の記録を検証のうえ、双方の罪が問われる形になると考えられる。 公海自由の原則は、漁業だけでなく航行の自由をも謳っている。個人・民間所有と国の事業とを問わず、公海では原則としてあらゆる船が自由に航行する権利がある。もちろん、交通ルールを守る必要はあるわけだが。 ついでに付け加えれば、(※)一昨年から増額された国庫補助金を使って追加動員された2隻のうちの1隻である第二昭南丸は、ICRW8条で認められるところの科学的調査活動に従事しているのではなく、「妨害の妨害」を任務としている船である。 実は、調査捕鯨船は以前にも同じ違法行為を繰り返している。さて、回避義務が生じたのは日新丸とGPの船のどちらだったろうか? 以下の写真で確かめてほしい。 「日本の捕鯨船とグリンピースの船が衝突 - オーストラリア」(2006/1/8,AFP) http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/environment/2012776/234572 (※)今回の衝突事故と異なり、このときのシロクロは非常にはっきりしている。詳細は以下のGPの発表資料も参照されたい。 「News 捕鯨母船日新丸が当て逃げ〜南極海クジラ保護区で」(2006/1/8,グリーンピース・ジャパン) http://www.greenpeace.or.jp/campaign/oceans/yil/the-expedition/news/news20060108_html 昨年日本の警視庁は、SUA条約(※)(海洋航行不法行為防止条約)に基づき威力業務妨害容疑でSSのメンバーの逮捕状を取り、国際指名手配した。SS船の投擲した酪酸が目に入るなどして日本の乗組員が軽傷を負ったことが理由である。日本側の要請に応じて豪州警察も協力し、オーストラリア国内でSSの事務所の家宅捜索を行っている。 今回、重傷者を出したのはSS側であり、日本の国内法でいえば海上衝突防止法違反、業務上過失往来危険、業務上過失傷害に相当する罪で(※)日本の調査捕鯨船団側が訴えられる可能性もあるだろう。 繰り返すが、相手が道義的に許されないからといって法を犯していいことにはならない。いくら脱法調査捕鯨だからといって、SSの妨害行為が認められないのと同様に。調査捕鯨船団は、公海上で国際条約に反して他の航行船舶の往来を妨げてはならないのである。これらの団体が合法的な対抗手段を講じてきた場合には、どんなに悔しくてもおとなしく法に従うか、たとえテロリストの非難を浴びようが法の方を無視するか、いずれかしかない。 日本が捕獲しているクロミンククジラは、オーストラリアの排他的経済水域内を回遊しボン条約で保護対象となっているところの移動性野生動物である。自然海岸・海棲野生動物保護でも漁業管理政策でも日本よりはるかに先を行っているオーストラリアに住む人たちにとって、かけがえのない宝であり、文化である。年間2千万トンという膨大な食糧を廃棄する世界一の飽食大国が北半球からやってきて、大切な野生動物を強引に奪っていっても、時代遅れの国際条約と恣意的な脱法行為のために、ただ指を加えて見ていることしかできない彼らの気持ちを、私たちも少しは汲み取るべきではないか。 日本の調査捕鯨船団とSSは、法の下に平等に裁かれるべきだと、筆者は考える。 人命を危険にさらしているのは過激な反捕鯨団体か、それとも調査捕鯨そのものか もうひとつ、日本のマスコミによって伝えられてこなかった重大な事実がある。 ちょうど一年前、南極海で痛ましい事故が発生した。調査捕鯨船団の一隻である第二共新丸から操機手の方が海上に転落し、行方不明になったのである。ちなみに、SSの妨害とは一切関係がない。 この事故をめぐっては、日本では一切報じられなかったが、海外のメディアは転落した船員の方がライフジャケットを着用していなかったことを伝えた。ニュージーランドの航空救助隊による捜索が1日で打ち切られたのもそのためである。 「調査捕鯨期間中に補正予算の緊急対策が実施できるわけがない」 (2009/1/18,フリーランス英独翻訳者を目指す化学系元ポスドクのメモ・海外報道へのリンク付き) http://blogs.yahoo.co.jp/marburg_aromatics_chem/59814938.html 人命が失われたのはこの1件のみではない。筆者が確認できた範囲では、1997年以降6名の方が調査捕鯨事業の中で亡くなっている。これまでに火災で1名、火災直後を含む船内での自殺で2名、昇降機事故で1名、昨年を含む転落事故で2名。自殺2件は労働安全衛生法に基づくなら労災認定を受けられるスジのもの。死亡事例は鯨肉生産規模を増大させた第二期南極海鯨類捕獲調査(JARPAU)以降の4年間にとくに集中しており、1年に1名の方が亡くなっている計算である。 死亡以外の事故件数は把握できていないが、昨年7月末には作業員の方が鯨肉の積み下ろし作業中にクレーンに挟まれ重体になるという重篤な事故が起こっている。この方は港湾労働者で共同船舶の社員ではないが、調査捕鯨事業にかかわる死傷事故であることに変わりはない。 「捕鯨船日新丸火災/恩人をテロリストと呼ぶ日本の水産関係者」(2007/3/30,JANJAN) http://www.news.janjan.jp/world/0703/0703290625/1.php 【Webウォッチ】捕鯨船『日新丸』が南氷洋で漂流(2007/2/22,JANJAN) http://www.news.janjan.jp/world/0702/0702210438/1.php 「捕鯨母船、日新丸でまた死亡事故」(2007/8/7,グリーンピース・ジャパン) http://www.greenpeace.or.jp/campaign/oceans/blog/87 「死人がでてた! 【鯨肉窃盗】グリーンピース事件 でも報道されない」(2008/7/2,★阿修羅♪) http://www.asyura2.com/08/bd53/msg/417.html 「捕鯨船内倉庫でクレーンに挟まれ重体」(2009/7/30,TBSニュース・リンク切れ) 以下は国交省の発表しているデータである。 「船員と陸上労働者の死傷災害発生率の比較」(国交省) http://www.mlit.go.jp/common/000010133.pdf 船員の職務上死亡災害発生率は、2005年の資料で千人中0.6人であり、陸上労働者の全産業の平均の6倍、鉱業や林業とほぼ同程度である。 調査捕鯨船団の乗組員数はJARPAUで240人前後である。おおよその死亡千人率をはじき出すと、JARPAUが開始されてからの過去4年間の平均は千人中約4.2人という結果に。船員の平均の7倍、他の全産業の平均と比べれば実に40倍を超える、異常なほど高い死亡率が示された。件数が少ないので統計的にはデータが粗いといえるが、言い返せばそれは、共同船舶に雇用された船員は恐ろしく運が悪いという見方もできよう。験を担ぐタイプの船乗りであれば、「なにか呪われている」と感じるのも無理はあるまい。 ただ、水温が0度の南極海は転落が即死につながるきわめて危険度の高い過酷な労働環境であることもまた事実である。また、昨年の事故のライフジャケット未着用の件を考え合わせれば、他の産業に比べ共同船舶による従業員の労働管理が適切かどうか大いに疑問が残る。調査捕鯨の脱法体質にも通じるが、船員は労働安全衛生法の適用除外となっている。しかし、調査捕鯨事業における労務者の安全管理が果たして適正かどうか総点検し、問題点や改善点を国民に対して報告するのが、税金を投じて行われる国策事業としてのあり方ではないのか。 第二昭南丸とSSのアディ・ギル号の衝突映像では、大破した相手の船に向けて放水を行う様子も映っている。SSのレーザーや酪酸、ロープによる攻撃も、調査捕鯨船団側の音響兵器といわれるLRADや放水による攻撃も、南極海上では一歩間違えば死につながりかねないあまりにも危険な行為である点で大差はない。 ICRW8条は、日本にとって人の命より優先度が高いのか。 沿岸であれば、万一転落しても何十時間か漂流を続けた後に救助されるケースもある。しかし、凍れる南極海に転落すれば1時間とは命がもたず、救助の手も届かない。 南極海のクロミンククジラの捕獲は、大手捕鯨会社が乱獲によって激減した他の大型種の代用として40年前に着手したものであり、日本の伝統的な捕鯨文化とは無縁である。岡田外相は、部下の官僚から詳細なレクチャーを一切受けないまま、個人の感覚で不用意な発言をしているのだろう。 昨年のIWC総会まで、米国出身のホガース議長と国際交渉仲介の専門家デソト小作業部会長のもと、膠着状態を打開するために日本と反捕鯨国双方に譲歩を求める妥協案が検討され、沿岸捕鯨容認と公海調査捕鯨の段階的撤退のセットというバランスの取れた提案が提示された。日本の識者やメディアの一部も歓迎するソフト・ランディング案を、どういうわけか水産庁は蹴ってしまった。 伝統文化の看板に付ける傷も、環境にかける負荷も、外交上のデメリットも、納税者の理解も、すべてにおいてプラスに働くにもかかわらず。何より、国際条約に反する暴力行為の応酬で世界中から非難を浴びる心配が要らないという、大きな利点があるというのに。 南半球諸国の人々の胸を痛め、米国など親密な友好国との外交関係にヒビを入れ、莫大な環境負荷をかけ、船員の命を過度の危険にさらしてまで、国際条約の一文を錦の御旗に、科学を名目とする国策事業を推進する日本の姿は、世界に奇異に映っていることは間違いない。 そこまでしてこだわり続ける理由は一体何なのかと。 だが、一番不可解に思っているのは、天下り官僚と特定業界の癒着の構図を打ち壊し、事業の透明性向上や説明責任を優先する改革を新政権に託したはずなのに、ここだけ文字どおり“聖域”として置き去りにされ、多額の税金をつぎ込まされ続けている日本国民だ。 (編集部)筆者は「カメクジラネコ」の名前で作家として活動しておりペンネームとして認めています。
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