「裁判員裁判」元年を終えて
2009年5月21日に「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」が施行されて、裁判員裁判が始まった。2009年は「裁判員裁判」元年だったと言えよう。そこで、2009年の裁判員裁判の実施から見えてきた問題点について振り返ってみたい。
2008年中に、既に100件以上の裁判員裁判が実施され、判決が言い渡されている。
2009年に実施された裁判員裁判は、公訴事実を認めた上で量刑だけが争われる事件がほとんどであった。
共同通信のまとめによると、裁判員裁判で実刑を言い渡された被告人110人の判決と検察官の求刑を比較すると、平均は79%で、従来の相場とされる「求刑の8掛け」になっているが、求刑の90%以上が20人、求刑の半分以下が6人であり、判決にはばらつきが大きいことが指摘されている(2009年12月20日付共同通信ニュース)。
例えば、介護疲れで配偶者を殺した事案や、親族内の事件など、裁判員になった市民の感覚から見て同情できる場合には検察官の求刑よりも大幅に軽くなる傾向があるのに対して、理由もなく被害者が殺された事案など、裁判員になった市民の感覚から見て同情の余地のない事案では検察官の求刑のままか、それに限りなく近い刑が言い渡されており、まさしく二極分化しているといえよう。
なお、後者の事案の裁判員裁判では、検察官は、従来の求刑基準を下げて、判決で言い渡される刑を目指して求刑するようになったとの指摘もある。
裁判員裁判では、法廷の「劇場化」が進んだとの指摘もある。産経新聞は、大阪地裁で最初の裁判員裁判で、覚せい剤輸入罪に問われた被告事件について、84歳の母親が涙ながらに「犯した罪は償って、私が元気なうちに元気な姿を見せてほしい」と話すと、被告人が涙を流して「ごめんね…」と謝ったところ、懲役10年の求刑に対して半分の懲役5年が言い渡された事件について、検察側では、「『お涙ちょうだい』がこれほど裁判員に影響を与えるとは思わなかった」と衝撃を受けたと報じている(MSN産経ニュース2009年12月17日)。
これは、逆に被害者や遺族が法廷に出廷して意見陳述した場合にも、裁判員には大きな影響を与えており、それが宣告刑にも影響を与え、重罰化していると考えられる。
2009年12月16日に、鹿児島地裁の強姦致傷被告事件の裁判員裁判では、被害者本人が出廷して、被告人への厳罰を求める意見を述べ、懲役6年(求刑懲役7年)の実刑が言い渡されているのはその一例と言える。
非公開で行われている評議については、裁判員裁判の導入前から、裁判官による裁判員の誘導の恐れがあるのではないかとか、裁判員が自由な意見を言えないのではないかという危惧があると指摘されていた。
2009年10月末に、静岡地裁浜松支部で殺人被告事件の裁判員を務めた男性は、裁判後の記者会見で、「裁判員の気持ちが反映されないと強く感じた。見えない線路が引かれているようで、脱線できない感じがした」という感想を述べたと報道されており(MSN産経ニュース2009年12月18日)、改めて評議における裁判員の誘導の存在が裏付けられた形になっている。
裁判員には守秘義務が課せられ、違反した場合の罰則も規定されている。裁判後に、裁判員経験者の記者会見が行われているが、会見には出席の意思を示した裁判員経験者だけでなく、地裁職員が必ず同席して裁判員の発言をチェックしている。
2009年中に地裁職員が裁判員経験者の記者会見で質問に介入するなどしたケースは21件に上っている(2009年12月20日付共同通信ニュース)。
量刑についての評議の際や、検察、弁護側が利用している最高裁が構築した量刑検索データベースについて、入力ミスが発見されて、その信頼性に多大な疑問が生じた。量刑検索システムは最高裁が構築して2008年4月以降の裁判員制度対象事件で出された全国の第一審判決がデータベース化されている。
そもそも、裁判員の自由な評議に影響を与える量刑検索データベースを利用することの是非も議論されるべきではあるが、あってはならないミスが発見されたことは無視されるべきではない。最高裁は、これまで入力された判決データ全約3300件について、誤りがないか点検するように全国の各地裁・支部に指示するとともに、再発防止策の検討を開始している(毎日新聞2009年12月18日)。
裁判員裁判で初めての本格的な無罪主張をされたさいたま地裁の強盗傷害等被告事件においては審理と評議で計7日間に及んだが、12月11日、懲役8年(求刑懲役10年)の判決を言い渡している(日経新聞2009年12月12日)。
今後、無罪主張事件についての審理の長期化と裁判員への負担が懸念される。
以上に述べたように、「裁判員裁判」元年を振り返ると、裁判員裁判という初めての試みが必ずしも順調に進んでいる訳ではなく、問題が山積していることが分かる。被告人にとっては、「壮大な実験」に付き合わされている訳であるが、これまでの刑事裁判と比較して不利な扱いを受けていないか、被告人・弁護人の防御権が侵害されていないかが問われなければならない。
全国での裁判員裁判第1号の事件の被告人による量刑不当による控訴を東京高裁は、12月17日に控訴棄却で退けている(毎日新聞2009年12月17日)。高等裁判所は、今後も量刑不当を理由とする控訴を原則として認めない方針であり、現に、検察官は上級庁の方針を受けて、これまで一件も控訴していない。その結果、一審中心主義が徹底され、被告人の上訴の権利が事実上奪われているとも考えられる。
いずれにしても、「裁判員裁判」元年の結果をきちんと総括した上で、この制度のあり方について不断に検証しながら、問題点を早期に解消する必要がある。
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