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調査捕鯨は即刻中止すべし
〜日本の評判を落とし、農林水産省と反捕鯨団体の懐を潤すだけ〜
2009.12.24(Thu) 米本 昌平
【記事転載元:JBpress http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/2417】
南半球が夏に入り、日本の調査捕鯨が始まると同時に、国際反捕鯨組織「シー・シェパード」の妨害行為も活発になっている。来日したオーストラリアのケビン・ラッド首相は、鳩山由紀夫首相との会談で、日本の調査捕鯨を国際法の手続きに訴える可能性を示唆したが、鳩山首相は合法的活動だと理解を求めた。
世界の外交史上異彩を放つ調査捕鯨
シー・シェパード、日本の調査捕鯨に「未来型抗議船」で対抗
捕鯨問題は、地球温暖化と同様、自然科学の研究成果が外交の基本枠組みを描くという点で、共通の特徴を持っている。と同時に、現代の外交は激しい対立をはらんでいても洗練された交渉スタイルを確立させている。
この点で捕鯨問題は、時には感情的対立をむき出しにする場であるため異彩を放っている。私は、自然科学と外交交渉が互いにどう影響し合うのかを研究テーマとしており、捕鯨問題についてもIWC(国際捕鯨委員会)のオブザーバー資格を持つNGO(非政府組織)の一員として、会議をウオッチしてきている。
そこで見えてきたのは、日本国内での議論は、農林水産省とその外郭団体である「日本鯨類研究所(鯨研)」が提供する情報だけでなされている、と言ってよい事実である。
日本は、1988年に商業捕鯨のモラトリアムに対する異議申し立て権を放棄したのを境に、調査捕鯨を開始した。調査捕鯨は、IWC条約第8条が加盟国の裁量で科学調査を認めているのが根拠だが、日本はこれまでに調査の名目で、南極海だけで9000頭のミンククジラを捕獲している。
「科学の名を騙る商業捕鯨」との非難
現在の大型野生動物の調査方法は、発信器を付けて行動を追尾するのが普通であり、後は偶然死体が見つかるか有害駆除された死体を研究するのが一般的で、研究目的での殺害は禁じ手である。この意味で、毎年400〜500頭もの鯨を研究目的で殺害する日本の調査捕鯨は、全く異質の存在である。
このような形態を取っている理由は、開始当時の大蔵省が、捕獲した鯨肉を売って船団経費を賄う仕組みであれば認めると指示したからである。つまり日本の調査捕鯨は、当初から目的と手段が逆転しており、諸外国からは「科学の名を騙る商業捕鯨」と非難され続けている。
2005年までの18年間の調査捕鯨の結果についてはIWC科学委員会の評価を受けたが、捕鯨再開のための判断根拠となる科学的成果には乏しく、発表された論文も鯨を殺す必要がないものがほとんど、というのが評価委員の大勢意見である。
5億円もの補助金が使われ、多くの天下りも
日新丸ら捕鯨船団が出航、グリーンピース発表
元々、科学委員会において全会一致で採択された、捕鯨再開の前提となる捕獲枠算定方式(改定管理方式、RMP)に従うのであれば、調査捕鯨のデータなしで算定は可能なのである。
調査捕鯨を請け負っている「共同船舶」には、鯨研経由で5億円の国庫補助金が付けられているのに加え、2008年鯨研収支報告によると、農水省の外郭団体である「海外漁業協力財団」から51億円の無利子融資を受けている。
調査捕鯨による鯨肉の売り上げは年間約60億円で、これら関係団体は多くの天下りを受け入れている。
厳しい財政事情を考えれば、調査捕鯨は廃止されて当然なのだが、なぜか「事業仕分け」の直接の対象にすらならなかった。その理由は、長年の農水官僚による国会議員への「ご説明」が功を奏し、党派ごとに強力な捕鯨議員連盟があるからだと考えられる。
捕鯨・反捕鯨の勢力バランスは絶妙の関係
例えば、自民党捕鯨議連には農水族の大物議員を中心に約60人が名を連ねているし、民主党の「政策集INDEX2009」には調査捕鯨は正当な権利とするだけではなく、商業捕鯨の復活までが言及されている。
IWC総会における捕鯨・反捕鯨の勢力バランスは長い間、ほとんど不変で、何も決まらない状態が続いているのだが、実はこの状態こそがすべての関係者にとって好都合なのだ。
ある国際政治学者はこの状態を、経済学で言う「パレート最適」にあると喝破した。農水官僚は調査捕鯨という小利権を死守し、シー・シェパードなどの反捕鯨組織には世界中から募金が集まり、日本やオーストラリアの国会議員は、IWC総会やシー・シェパードの妨害があるたびごとに自国のために奮闘している姿がテレビに映し出されるからである。
この構図を念頭に、農水官僚は、愛国的感情を刺激するような情報をその都度流し続けている。
実はダブついている鯨肉在庫
しかも、多くの人が当然と受け取っている「鯨食は日本の伝統文化」という見解は、かつての日本捕鯨協会が1970年代半ばから「国際ピーアール」という会社を使って振りまいた俗説である。
実際、『日本PR年鑑1983年版』にはその報告が収載されている。これによると、海外での諸機関への働きかけには失敗したが、日本の新聞の論説委員に向けた働きかけは効果的であったとし、世論工作の成功例とされている。
最近の研究でも、捕鯨を文化と結びつける新聞記事は79年以降に出現することが確認されている。
岡田克也外務大臣までが定例記者会見で「鯨食は日本の文化」とコメントしたが、現在、鯨肉は売れず、在庫はダブついている。
日本は2007年以降の新しい計画として、南極海で年に850頭のミンククジラのほか、ナガスクジラ、ザトウクジラ各50頭という大幅な捕獲数の増加を計画しているが、船舶火災やシー・シェパードの妨害などで予定数は全く捕獲できていない。
もし計画通り捕獲していれば、在庫はさらに膨らんだはずである。
日本の調査捕鯨は、お世辞にも合理的な科学研究とは言えない代物であり、これを科学だと強弁し続けることによる日本のイメージ低下は計り知れないものがある。
世論をあやつり、省益確保に走る典型例
日本がIWCの場で、調査捕鯨をやめる代わりに沿岸捕鯨を認めてくれるよう提案すれば、長年の対立はたちどころに解消するはずである。
つまりこれは、官僚がいったん手にした省益を確保するためなら、世論をあやつり、国益を損なうことすら厭わない具体例と見なしてよい。
現在、マグロをはじめとする水産資源は、グローバルな次元で管理強化の方向にある。そのような国際討議の場で、日本の科学データに疑問が付されることがないようにするためにも、現行形態の調査捕鯨はただちにやめるべきである。
そのうえで改めて、鯨資源の科学的管理に合致した研究プログラムを立ち上げるべきである。その際は、この問題を水産庁捕鯨班=鯨研というインナーサークルから引き離し、アカデミズムの下で進めるべきである。