このほど日本とイエメンの間で、ODA(政府開発援助)による2つの無償資金協力が決まった。イエメンでは11月に邦人誘拐、拉致事件が起きたばかり。同国には今年度すでに3件のODA実施が決まっているが、ここにきての追加ODAは何を意味するのか。人質解放に尽力した同国政府への感謝という外交的配慮だけではないだろう。 <闇に包まれた解決プロセス> 9月の政権交代後、官房機密費が空っぽになっている、と声高に使途追及する与党・民主党に、マスコミも同調したがいつのまにやら立ち消えになった。当然だろう。どんな政権であれ、機密費は機密。国としての戦略に関わるものを、すべて明らかにできるわけがない。追及の音頭取りをした平野官房長官も、追及放棄したことに今は胸をなで下ろしているのではないか。 それというのも、鳩山政権発足後の初の緊急事態が、11月15日の中東イエメンにおける邦人の拉致事件だ。こんな突発的事態にも備えるのが、官房機密費だ。それが身代金や交渉仲介人たちへ流れようが、事態収拾が最優先するからだ。官房機密費の捻出はさまざまな手法があるが、最大の注入源とされるのがODA(政府開発援助)を所管する外務省機密費からの上納である。 今回を含めて、海外での邦人拉致、誘拐事件の解決プロセスは常に闇に包まれ、「公になることは決してない」(ベテラン外信部記者)とはいえ、何らかの痕跡、徴候は現れるもの。 現地時間12月12日、イエメンの首都サヌアで敏蔭正一駐イエメン大使と同国のアル=アルハビー経済担当副首相兼計画・国際大臣が、ODA(政府開発援助)2件に関する交換公文に署名した。1件目は、同国に対する環境プロジェクト無償資金協力『太陽光を活用したクリーンエネルギー導入計画』で6億2,000万円。2件目は、8,900万円を限度とする一般文化無償資金協力『国立サヌア大学中央研究室研究機材整備計画』。合わせて約7億1,000万円の資金提供だ。 前者はアデンの病院に太陽光発電施設を設置するもので、「昨年から先方の要望があったもので、21年度補正予算で実現しました」(外務省国際協力局国別開発協力第3課)。後者は環境汚染物質の分析、研究に必要な機材の整備が目的で、これまた「以前から要望があったもの」(大臣官房広報文化交流部)だという。 <不可解な追加ODA 誘拐事件が関与か> ODAは、先進国が途上国に有償、無償の資金や技術を提供するもの。よくいえば先進国の善意だが、これらを提供することにより、途上国への影響力を確保する外交手段の一つ。日本は1990年代後半は1兆円超をバラ撒く世界一の援助大国だったが、その後は減少して今年度の当初予算は6,700億円まで減っている。それに補正分約500億円がついたものの、民主党政権はこれも削れるとばかり、先の事業仕分けでもターゲットの一つにして84億円削った。 日本は資金提供しても相手国にシバリをかけ、物品購入も事業受注も日本企業が落札するように仕向けたり、未消化分は外務省口座に戻るなど、ODA利権はかねてより問題視されてきた。いわば伏魔殿のようなもので、それらが原資となり官房機密費に還流する仕組み。民主党がそこにメスを入れるのは当然であり、政権交代の意味があるというもの。 それだけに、今回のイエメンへの追加ODAは不可解だ。同国にはすでに、今年度3件合わせて約16億円の無償資金協力が約束済みである。それも近年最高額だ。同国へのODAは03年の15億円以降、昨年度まで4.7億円、2.7億円、11.6億円、9.8億円、11.4億円で推移。そして今年度の16億円である。財源に苦しむ鳩山政権が、それに7億円も追加するのはどういうことか。 理由は先の邦人誘拐事件しか考えられない。 拉致されたのは、日本の建築設計会社社員。拉致した反政府武装勢力の目的は、政府に拘束されている親族の解放。昨年5月、邦人女性観光客が拉致されたのと同様のパターンである。女性観光客は、武装勢力と政府の交渉が早々と成立して、その日のうちに解放された。今回も早期解放を予測する楽観報道が目立ったが、気になったのは被害者の立場と事件が起きたタイミングだ。 被害者はODA事業を実際に遂行する外務省所管の独立邦人・国際協力機構(JICA)の請負企業社員で、いわゆる民間人だ。とはいえ、日本の援助による学校建設の現場管理をしていたので、武装勢力が「日本政府の一員」として観光客より人質としての価値をより高く位置付ける可能性がある。さらに、以前に本誌11月30日号掲載の『小沢発言は日本を危機にさらす』で指摘したが、小沢氏が不用意にキリスト教、イスラム教を批判し、それが世界に打電された直後である。武装勢力自身がそれを知っていたか、あるいは連携する勢力が彼らにそれを吹き込み、「日本政府は反イスラム」と交渉のハードルをさらに高くする口実にする可能性もある。 交渉経過を注視していると案の定、難航して解放まで1週間強を要した。 <政治色の強い開放交渉 最終決着は「カネ」> 邦人拉致、誘拐は90年代まで身代金目的に大手企業社員が狙われたが、9・11後のアフガン、イラク戦争以降は、アルカーイダやタリバンの影響を受けるイスラム過激派による、相手国家の姿勢を問う犯行が目立っている。今回の武装勢力も「アラビア半島のアルカーイダ」との繋がりがあり、解放要求する親族もアルカーイダ要員とされているので、イエメン当局も簡単に釈放には応じられない。解放交渉が、政治色の強いものになるのも当然である。 とはいえ、かつて「自衛隊は撤退しろ」と要求して、NGO活動中の日本人女性を拘束したイラクの武装勢力、あるいはキルギスでJICA職員らを拉致したイスラム原理主義の影響を受けた武装勢力など、政治色があっても最終決着にはカネが動いている。外務省や各種報道によれば、今回の交渉は武装勢力との間に仲介役の部族長グループ、政府側窓口が内務省という図式。日本は「犯人側と部族長らとどんなやりとり、合意があったかの詳細は把握できません」(中東アフリカ局中東2課)というのも当然だろう。 今回の追加ODAでもっとも奇異なのが、サヌア大学への8,900万円。広報文化交流部が扱う一般文化無償は、04年以降は中東全体でも途絶えていたもの。以前から要請があったとはいえ、「今回のは単発です」(文化交流課)というのも妙。太陽光発電設備がイエメン政府への感謝、こちらが身代金と仲介料分なら分かりやすいが…。 「補正予算は麻生内閣時代に決まったものですが、鳩山内閣の意向で執行停止になったものもあり、政権交代が反映されているのは確かです」(国際協力局政策課)となれば、イエメンに異様な肩入れを迫られた核心は何だったのか。 東アジアしか頭になさそうな「小鳩政権」には、ODAの在り方とともに、外交を地球規模の視野から捉えてもらわなければ納税者が困る。 恩田 勝亘【おんだ・かつのぶ】 1943年生まれ。67年より女性誌や雑誌のライター。71年より『週刊現代』記者として長年スクープを連発。2007年からはフリーに転じ、政治・経済・社会問題とテーマは幅広い。チェルノブイリ原子力発電所現地特派員レポートなどで健筆を振るっている。著書に『東京電力・帝国の暗黒』(七つ森書館)、『原発に子孫の命は売れない―舛倉隆と棚塩原発反対同盟23年の闘い』(七つ森書館)、『仏教の格言』(KKベストセラーズ)、『日本に君臨するもの』(主婦の友社―共著)など。
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