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昔は道を一人で歩いてブツブツ言っていると「ヘンなヒト」と思われたものだ。だが、今では多少大声で話しても驚かれなくなった。もちろん携帯で話しているからである。そんな素朴な印象を小さな欄で紹介したことがある。1999年の2月のことだ。その後10年余りしか経ていないのに昔からそうだったような日常風景になってしまった。日本だけではない。携帯、ネットを通じて人々がつながっていく情報化はアフリカを含め世界のほぼ全域で進んでいる。
なにしろ「世界人口の過半数が携帯電話かインターネット、あるいはその双方を利用しており、ユーザー数はそれぞれ50億、20億に達する」という時代だ。グーグルの最高経営責任者、エリック・シュミット氏が最近、米外交誌「フォーリン・アフェアーズ」に寄せた共同論文の一節だ(訳は日本版による)。
1960年代にメディア論で一世を風靡(ふうび)したマクルーハンが、人々は世界の変化をバックミラーで見ているという例えを使ったことがあった。バックミラーに映るのは通り過ぎた光景だけだ。自慢するわけでもないが、10年前の私ももちろん今の事態は想像できなかった。
そのシュミット氏は今年話題になった「グーグル秘録」(ケン・オーレッタ著、文芸春秋)で「我々の目標は世界を変えること」で、金もうけはそのための手段にすぎないと豪語していた。マルクスが、重要なのは世界を解釈することではなく世界を変革することだといったことを思い出させる。そうすれば未来が見えるのだろうか。
先の共同論文ではこう予告した。「人々に膨大な情報を与え、相互に結びつけるコネクションテクノロジーの発展とそのパワーは、21世紀を驚くべき時代へと導いていくだろう」。新しい時代をもたらすものを「相互接続権力」と名付けている。
<伝統的な報道機関は「第4の権力(階級)=fourth estate」と呼ばれた。新たなメディアスペースは「相互接続権力=interconnected estate」と呼ばれるようになるかもしれない。そのパワーは善くも悪くも個人の力を強め、一方で政府の力を弱めるだろう>というのだ。
第4権力とは、18世紀英国の政治家バークらの言葉に由来し、新聞が社会的影響力を強め貴族、僧職、市民の3階級に次ぐ第4の社会的勢力になったことを意味する。現在では司法、立法、行政の三権に対する第4の権力と理解し、監視役としての期待と、その強大な権力の乱用に対する批判の両方の意味を込めて用いられると、平凡社の「世界大百科事典」にある。
「第4権力」は近代西欧の民主主義とともに発達した。21世紀には「相互接続権力」がますます台頭するという。担い手は個人や組織、企業、政府などあらゆる形がある。内部告発サイト、ウィキリークス騒動は個人や小グループでも大国の政府や国際政治に大きな影響を与えうることを示している。
論文が強調するのは情報の「開放性と自由の原則」を共有する民主国家と「これを自らの政治的生存に対する脅威とみなす国」の対立の先鋭化だ。中国の民主活動家、劉暁波(りゅうぎょうは)氏のノーベル平和賞をめぐるいざこざはまさにそうだった。
情報化は民主主義そのものにも厄介な問題を投げかけている。先日開かれた「21世紀情報社会と民主主義」と題するシンポで情報法学者の浜田純一・東大学長が懸念を例示した。
(1)情報流通と民主主義的意思決定のスピードに落差があり、理性的な議論に基づく適正な決定を脅かす恐れがでてくる。
(2)情報社会がもつ直接民主主義的な志向が現実の間接民主主義的な制度に圧力をかける。
(3)ネットの世界で断片的、情動的な傾向、特にナショナリズムの傾向が強まり民主主義への圧力となる。
これらの情報社会のリスクを克服できる能力を持つ政治指導者をどう育て、支えるかが課題だという。新聞など伝統的なメディアが持つ「何が正しい情報でその背景は何かを示すフィルター機能が今ほど重要な時代はない」という指摘があった。まさにその通りと思う。
「相互接続権力」は伝統的なメディアも一翼を担っており、新旧メディアの対立という図式だけでは理解できない。「第4権力」としてのジャーナリズムが得意としてきた機能を生かして情報社会のリスクに対処する必要があるだろう。21世紀をいい意味での「驚くべき時代」にするために。
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毎日新聞 2010年12月19日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/opinion/hansya/news/20101219ddm004070008000c.html
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