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2010年12月02日(木) 牧野 洋
日本に必要なのはウィキリークス 記者クラブ体質からの脱皮が迫られる
「内部告発冬の時代」が続く
スウェーデンなどに拠点を置く内部告発サイト「ウィキリークス」が再び世界的注目を集めている。同サイトが入手した情報に基づき、欧米の主要印刷メディアが一斉に秘密扱いのアメリカ外交公電を掲載したからだ。
米ニューヨーク・タイムズは11月29日付の1面トップで「流出した外交公電、アメリカ外交の内側を赤裸々に」との大見出しを掲げ、イランの核問題など公電内容を分析。さらに中面で合計4ページを使い、関連記事で埋め尽くしている。
25万件に上る外交公電の流出元について、同紙は紙面上では「もともとはウィキリークスだが、われわれは独自の情報源から匿名を条件に入手した」と説明している。
だが、その情報源はすぐに判明。ウィキリークスから直接情報提供を受けた英ガーディアンだった。
ホワイトハウスは不快感を露わにしている。外交関係を損ねかねない情報が満載されているからだ。
公電内容がインターネット上に流れ始めた11月28日付の声明では「盗み出された秘密文書を暴露することで、ウィキリークスは基本的人権の原則を踏みにじるばかりか、人命を危険にさらしている」などと糾弾している。
アフガン戦争秘密文書、イラク戦争秘密文書、アメリカ外交公電---。「権力のチェック」を標榜するウィキリークスを媒介にして内部告発者が印刷メディアとつながり、権力側に衝撃を与えている。「内部告発者VS権力」の力関係が変わってきたようだ。
内部告発が勢いを増すことについては賛否両論ある。だが、日本にとってはプラスかもしれない。長らく「内部告発冬の時代」が続いてきたからだ。注目を集めた事件をいくつか振り返ってみる。
まずは1972年の「西山事件」。日米間の沖縄返還協定をめぐる密約の存在が焦点で、内部告発者は外務省の女性事務官だ。ただし、彼女は自主的に内部告発したのではなく、毎日新聞記者の西山太吉に促されて結果的に内部告発した格好になっている。
西山は女性事務官経由で、秘密電信文のコピーという決定的証拠を手に入れる。毎日の紙面上で、一大スクープを書くチャンスを得たわけだ。ところが、小さな扱いの記事にしてしまう。
あまりに騒ぎにならないことに業を煮やした西山は、社会党議員に電信文コピーを手渡し、国会で追及してもらう。これが原因で情報源が突き止められ、女性事務官とともに西山も逮捕・起訴される。
その後、マスコミの関心は日米間の密約の存在から男女のスキャンダルへ移っていく。検察が2人を起訴するに際し、「ひそかに情を通じ」と指摘したためだ。結局、西山と女性事務官は秘密を漏洩したとして有罪を言い渡される一方で、密約の存在はうやむやにされたままになる。
次に2002年の「三井事件」。前の記事(「日本でも『内部告発サイト』ウィキリークスは通用するか」)でも触れたが、もともとは検察の裏金問題が焦点であり、内部告発者は検察の現職幹部、大阪高検公安部長の三井環だ。
三井は検察の裏金問題を暴こうとしてマスコミに接するものの、思い通りの協力を得られない。「裏金を裏付ける具体的資料などがないならば、実名告発してもらうしかない」などと言われたからだ。自ら調査報道班を立ち上げ、証拠を見つけ出そうとする大新聞も現れない。
結局、テレビ局のインタビューを受け、実名告発しようとした当日に、三井は別件で逮捕される。容疑は詐欺と職権乱用。「検察による口封じ」との批判も出たが、大新聞は「明治以来の不祥事」などと書き立てた。三井は裁判では実刑を言い渡され、裏金問題は闇に葬り去られる。
■ 内部告発3事件の共通項とは
最後に11月に表面化した「尖閣ビデオ流出事件」。沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件をめぐるビデオ映像が流出し、大騒ぎになった。内部告発者は神戸海上保安部の海上保安官だ。
海上保安官は大新聞に映像を持ち込まず、動画投稿サイトの「ユーチューブ」上で映像を流す。ユーチューブの親会社グーグルは報道機関ではないから、検察当局から差し押さえ令状を見せられると、IPアドレスなどの情報をあっさりと開示する。これによって内部告発者が特定される。
流出直後の新聞紙面では、政府の管理体制の甘さに批判が集中する。11月6日付の社説で朝日は「政府の情報管理はたががはずれている」、毎日は「政府の危機管理のずさんさと情報管理能力の欠如を露呈」と書く。
以上の3事件から浮かび上がる共通項は何か。
第1に、新聞が内部告発者を受け入れる場になっていない。新聞が内部告発者に冷たいのか。それとも内部告発者が新聞を相手にしないのか。いずれにせよ、新聞と内部告発者の連携プレーは実現しにくいということだ。
第2に、新聞報道が内部告発者側ではなく権力側の視点になりがちだ。西山事件では密約の存在から男女のスキャンダルへ、三井事件では検察の裏金疑惑から「悪徳検事」の犯罪へ、尖閣ビデオ事件ではビデオ映像の中身から流出元の特定へ、報道の焦点が移った。
第3に、内部告発者が匿名性を失い、特定されている。権力側の悪事を暴くことが内部告発の目的であり、実名告発になれば権力側に"報復"されるのは目に見えているのに、である。
大新聞が内部告発者に全面協力していたら、どうなっていただろうか。
西山事件では、毎日が密約の存在を一大スクープとして報じていたら、西山が電信文コピーを社会党議員に手渡し、国会で追及してもらう必要はなかっただろう。結果として、女性事務官の匿名性も守られたかもしれない。
三井事件では、大新聞が自ら調査報道班を立ち上げ、検察の裏金疑惑解明に取り組んでいたら、おそらく三井は実名告発しなかっただろう。匿名のディープスロートとして検察内にとどまり、水面下で新聞社に協力すればいいのだから。
尖閣ビデオ流出事件では、漁船衝突のビデオ映像がユーチューブへ流されるのではなく、新聞社へ持ち込まれていたら、内部告発者は特定されなかったかもしれない。新聞社は「情報源の秘匿」を理由に権力側の圧力を跳ね返すこともできるからだ。
■ 情報源探しより情報の中身
ここでアメリカ外交公電流出事件に戻ろう。欧米メディアの紙面を見ると、力点は公電内容の分析にある。ウィキリークス批判もあるが、わきに追いやられている。11月30日付のワシントン・ポストが1面に載せた「ウィキリークス創設者、情報漏洩で起訴される恐れも」という記事も、トップ記事ではなかった。紙面上、権力側の視点よりも内部告発者側の視点を強く出しているということでもある。
膨大な公電を事前に入手した欧米メディアは数週間にわたり、どこを公表すべきでどこを公表すべきでないかなどについて、掲載前に議論を尽くしている。内部告発者側の視点を出しているとはいっても、内部告発者が持ち出した秘密情報を紙面上でそのままたれ流してはいないのだ。
ニューヨーク・タイムズの編集局長ビル・ケラーは、ネット上に公電内容が流れ始めた翌日(11月29日)付の紙面で「外交公電を掲載する理由」と題する記事を書き、読者に理解を求めている。
「タイミングを除けば、今回の外交公電の内容掲載については何の条件も課されていません。
国民には知る権利がある一方で、秘密情報を公にすることで国益が損なわれる恐れもあります。
そのバランスを考えたうえで、われわれは独自の判断で公電内容に修正を加えました。
一般論として、アメリカの外交官に協力している情報提供者が報復されたり、テロ集団に有利な情報が流れたりする恐れがある場合、当該個所を削除するなど修正しています。修正部分については他メディアとともにウィキリークスにも事前に教え、同じように行動するよう呼びかけました。
われわれは、修正を加えた外交公電をホワイトハウスに見せ、その際に『国益を害する情報が含まれているなら、今のうちに指摘ほしい』と言いました。すると、『掲載そのものが言語道断』と抗議されるなか、追加的に削除すべき個所を示されました。それを丸のみすることはせずに、一部に限って反映させました。
そんな経緯もあり、ホワイトハウスが具体的にどこに重大な懸念を抱いているのか、われわれは知ることになりました。そういった懸念については、紙面掲載前に他メディアとともにウィキリークスにも伝えました」
■ もし日本にウィキリークスがあったら
ニューヨーク・タイムズにしてみれば、掲載しないという選択肢はなかったようだ。他メディアが掲載するなかで同紙だけが無視する格好になると、読者ニーズに応えられないからだ。その意味でウィキリークスが主導権を握っているといえる。
ただし、ウィキリークスは報道機関ではない。単独では力不足だ。ジャーナリズムのプロ集団である報道機関に公電の分析・編集修正や当局との折衝などをアウトソース(業務委託)し、実質的に分業体制を築く形になっている。
憲法上「言論の自由」を保障された報道機関に盾になってもらわなければ、内部告発者を守れないという事情もある。新聞記者であれば当局に告発内容を事前に見せ、そのうえで紙面に掲載できる。内部告発者が直接当局に出向いたら、その場で逮捕されかねない。内部告発者には報道機関という窓口が必要なのだ。
歴史的にも、アメリカではニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなどの大新聞は内部告発者にとっての「駆け込み寺」に相当した。前の記事(「ウィキリークスと組んだニューヨーク・タイムズ」)でも触れたが、1970年代のペンタゴンペーパー事件やウォーターゲート事件でも、大新聞が内部告発者を守りながら「政府の悪事」を暴いたのである。
「内部告発冬の時代」が続いてきた日本。ウィキリークスが日本での活動を本格化したら、「冬の時代」から抜け出せるだろうか。カギを握るのは、取材力でも影響力でも圧倒的な大新聞がウィキリークスを受け入れるかどうか、である。
ウィキリークスから連携を打診されたら、大新聞は難しい選択を強いられる。連携して内部告発を紙面に載せれば、権力側の怒りを買って記者クラブで出入り禁止にされかねない。そうなったら、日本的な特ダネに欠かせないリーク依存型報道で他紙に勝てなくなる。
内部告発は、権力側が国民に隠しておきたい秘密を暴く「反権力型」である。権力側が発信したい情報を漏れなく報じる「親権力型」の記者クラブとは、本質的に相容れない。言い換えると、ウィキリークスの日本進出は、大新聞が記者クラブ的体質と決別する覚悟があるかどうかを占う試金石にもなる。
(敬称略)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/1672
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