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【正論】
民主党政治は外交、内政両面にわたり惨憺(さんたん)たるものだ。内閣の支持率は菅直人政権発足直後の60%から20%台まで落ちた。本来なら「解散して信を問え」というべきだろうが、60年ぶりに保守政治が終わってわずか1年3カ月。しかも、初めて政権をとった政党だから、試行錯誤は大目に見ざるを得まい。菅首相が宰相の器でないのは明確だが、ここで首相を代えるとなると、次の内閣は解散風の中で立ち往生するだけだろう。したがって、今、民主党にできるのは患部を摘出し、新たな陣容で出発してみることだ。患部の最たるものは仙谷由人官房長官だろう。
これまでに学習できたことはこうだ。外交政策で小沢一郎元同党代表が主張していた「日米同盟基軸外交と国連中心主義は両立する」のうち国連中心主義が破綻(はたん)したのははっきりした。仮に尖閣諸島を中国に占拠され、日本が国連に訴え出ても、意味ないだろう。日米同盟で対処するほかない。
◆菅首相のメモ読みは屈辱
尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件に際し、仙谷長官はビデオの公開を拒んだ。その理由について「出せばAPEC(アジア太平洋経済協力会議首脳会合)が吹っ飛ぶ」と言ったとされる。菅首相も仙谷長官も「菅・胡錦濤(中国国家主席)会談」の実現を至上命題としたが、会談すること自体が外交目的であるはずがない。胡主席がAPECに来なかったとしても何ら痛痒(つうよう)を感じなかっただろう。菅首相が膝(ひざ)を揃(そろ)えてメモを読み、胡主席が不機嫌にソッポを向いた写真こそ日本の屈辱外交の象徴だ。
自民党の福田康夫首相も菅・仙谷コンビも、「友達のいやがることはしない」との態度だが、対中外交では全く通用しないと知るべきだろう。日本列島に縄文人がのんびり暮らしていた2500年前に、争いが続く中国では、「孫子の兵法」が読み回されていた。その兵法の極意は、「戦わずして勝つ」「水に落ちた犬は打て」といったものだ。
◆孫子の兵法と武士道の違い
日米同盟は死活的に重要だ。だが、鳩山由紀夫前首相は「普天間は県外へ」、小沢元代表は「沖縄に基地はいらない。第七艦隊だけで十分」などと述べ、日米同盟を壊した。続いて、民主党は代表選で党内抗争に入った。まさに、日本が水に落ちた状態にあるのを見て、中国は南沙、西沙両諸島同様に尖閣海域の支配に乗り出した。ロシアも、北方4島を丸ごと手に入れる意図をむき出しにした。
孫子の兵法で鍛えられた中国に対して、日本では武士道が育(はぐく)まれた。惻隠(そくいん)の情、卑怯(ひきょう)なことはしない、潔さといった武士道の徳目は中国には存在しない。衝突事件が起きたとき、日本はいち早くビデオを公開すべきだった。国際世論は一挙に日本側に傾き、レアアース(希土類)の禁輸や、フジタ社員の人質同然の拘束は世界から袋だたきにあっていただろう。にもかかわらず、仙谷氏は中国相手に取引に出る愚をあえてした。これにより、中国国民に尖閣事件の真実を知らせる道を塞(ふさ)ぎ、中国に情報公開、民主主義、人権問題について反省させる好機も失した。
仙谷氏がなぜ、こういう格好の材料を中国側の言いなりに密封したか。枝野幸男同党幹事長代理が「中国は困った隣人だ」と語ったのを制し、仙谷氏は「中国からは漢字など古い文化をいただいている」と述べた。古い恩人を大切にしろと言っているが如(ごと)くだが、中国で現在、使われている単語の多くが、日本が英文から訳した単語だということを知っているのか。中国人は欧米文化を日本語を通じて学べたのだ。
◆民主党、体験に学ぶべし
オバマ米大統領は当初、アジア問題を「米中直接対話」で処理する道を選んだ。だが、中国が太平洋への拡張政策を止めず、インド洋をも手に入れようとしている意図を知って、日米同盟の深化(強化)に切り替えたようだ。
中国の軍事費はここ20年ほど、2桁(けた)増を続け、とどまるところを知らない。台湾に向けて「戦わずして勝つ」ほどの軍事力を積み上げるようとしているのだろう。
日米同盟はアジア安定の「公共財」ともいわれる。対中抑止力を維持するには、普天間飛行場の移設問題も解決せねばならない。
こんな時局の最中、仙谷長官が自衛隊を「暴力装置」呼ばわりした。これは典型的な左翼用語で、社会党が非武装中立論を唱えていたころの体制批判の言葉だ。仙谷氏には軍事を語る資格はない。
さらに、日本が迫られているのは、「集団的自衛権の権利はあるが行使はできない」と解釈されるような、憲法の条文そのものである。「諸国民の公正と信義に信頼して」(前文)、国が守れないことははっきりした。警察並みの武器使用では自衛もままならない。自衛隊が国防軍としての役割を果たすため、憲法改正は不可欠だ。民主党が野党であれば「暴力装置」の意識のままだろうが、現実に政権を担当することによって、軍隊は重要、不可欠と学ぶだろう。民主党が体験的に学んでこそ、日本は普通の国になれる。
政治評論家・屋山太郎(ややま たろう)
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