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加藤紘一・元自民党幹事長が死去 !
2000年、森喜朗内閣時に「加藤の乱」 !
自公政治家・NHK等が隠す、自民党体制の実態は ?
米国から上級奴隷・自民党へ密かに 長年、資金提供され、
米国の 支援をバックに対米隷属・国民洗脳
自民党一党支配体制が構築されてきた !
米国の威を借りる、官僚支配と米軍 !
T 元衆院議員の加藤紘一氏が死去 !
(www.asahi.com: 2016年9月10日18時34分より抜粋・転載)
内閣官房長官、自民党幹事長などを務めた元衆院議員の加藤紘一(かとう・こういち)さんが、9月9日午後0時45分、肺炎のため都内で死去した。77歳だった。葬儀などは未定である。
外務省を経て1972年の衆院選旧山形2区で初当選。当選13回。中曽根内閣で防衛庁長官、宮沢内閣で官房長官などを歴任。橋本政権で自民党幹事長も務めた。
当選同期の小泉純一郎、山崎拓の両氏とは盟友で、「YKK」と称された。98年、「保守本流」の流れをくむ宏池会の会長を宮沢喜一元首相から引き継ぎ、首相候補と目された。
2000年11月の「加藤の乱」では、野党提出の森喜朗内閣に対する不信任案に同調する構えを見せたが、執行部から切り崩しにあい失敗。派閥も分裂し、総裁候補としては失脚した。12年12月衆院選で敗れ、政界を引退した。
U 山崎拓氏「かけがえのない英智失った」 ! 加藤紘一氏死去
(www.asahi.com:2016年9月10日21時36分より抜粋・転載)
山崎拓氏(左)、加藤紘一氏(中央)、小泉純一郎氏(右から2人目)の「YKK」。派閥横断の中堅・若手議員を集めた勉強会をつくるなど連携した=1995年8月31日
加藤紘一・元自民党幹事長の死去を受け、元同党副総裁の山崎拓氏が10日夜に発表したコメントは次の通り。
加藤紘一・元自民党幹事長が死去
「北極星のような星が消えた」 加藤紘一氏死去を悼む声
◇
終生の畏友であった加藤紘一氏の訃報(ふほう)に接し、強烈な衝撃を受けました。ここに衷心より哀悼の誠を捧げますとともに、ご冥福を祈ります。
加藤紘一氏は、比類なき英智の持ち主であり、政界同期の私ども友人に対し、国家と郷土の発展に身命を賭して働けと常に啓蒙(けいもう)啓発され、文字通り日本政界のトップリーダーの一人として活躍してこられました。
とりわけ、日中友好の進展、わが国の社会保障制度の充実、農業の地盤沈下を防ぐことなどに全力を尽くしてこられました。また平和憲法を守り、わが国の防衛政策が専守防衛に徹することを強く主張しておられました。
改めて日本の政界がかけがえのない英智を失ったことを心より惜しむ次第です。
V「北極星のような星が消えた」 ! 加藤紘一氏死去を悼む声
(www.asahi.com:2016年9月10日22時30分)
宏池会を受け継ぐ岸田派会長の岸田文雄外相は「結果を出すべく、政策をどのように学ぶべきか教えて頂いた。偉大な先輩で、寂しく思います」と語った。自民党の茂木敏充政調会長は「要職を務め大きな功績を残された。突然で驚きを隠せない」と悼んだ。
盟友だった山崎拓元自民党副総裁は「終生の畏友(いゆう)であった加藤氏の訃報に接し、強烈な衝撃を受けました。比類なき英智の持ち主であり、文字通り日本政界のトップリーダーの一人として活躍してこられた」とコメントした。
加藤氏自身にとっても日本の政界にとっても大きな節目となった2000年の「加藤の乱」。鎮圧する側だった野中広務元幹事長は「あれが本当に大きな分かれ目だった。
首相もできる人だったが、自滅した」と述懐。「あの人がうまくやっていれば、中国との関係も、その他の政治課題ももっと解決できた。惜しい人をなくした」と語った。
自民党幹事長も務めた生活の党の小沢一郎代表は「彼の最初の立候補にも関わっており、一度は総理にと思っていただけに、それが果たせず亡くなってしまったことは、本当に無念でなりません」との談話を発表した。
加藤氏は、他党の議員とも交流が深かった。自社さ政権にともに参加した村山富市元首相は「立つ位置は違うが、加藤さんの人柄や能力は評価していた。ちゃんと見識を持ってものを言える人がいなくなって惜しいね」。辻元清美衆院議員は「保守リベラルの方向性を指し示してくれていた北極星のような星が消えてしまった」と惜しんだ。
地元の山形選出の岸宏一前参院議員は、「山形県にとって、立派な政治家を失った」と話した。
加藤氏とは、日中友好に尽くしてきた同県遊佐町の小野寺喜一郎前町長は「彼のライフワークでもある日中友好運動にともに取り組んできたが、尖閣問題で日中がぎくしゃくしている時期だけにアドバイスを頂ければと思っていた。残念です」。
加藤氏の三女で、地盤を引き継いだ鮎子衆院議員は「7日に息子も連れて病院に会いに行った。私の活動報告などを聞いて、うなずいていた。娘としての寂しさもあるが、政治家としても残念」と話した。
(参考資料)
T 米国から上級奴隷・自民党へ密かに 長年、資金提供され、
米国の 支援をバックに対米隷属・国民洗脳
自民党一党支配体制が構築されてきた !
(T) 右翼・米国の支援で、対米隷属・保守政党の結成 !
冷戦の始まりとともに、対日占領政策の変更・「逆コース」により、アメリカは、日本の戦時体制を維持し、戦時中のエリート(戦犯たち)に、権力を握らせようと決めていた。
そのため、対米隷属を約束させられた、戦争犯罪人を監獄から出してやった。
1948年12月24日、釈放された、A級戦犯容疑者は、岸信介、児玉誉士夫、笹川良一、正力松太郎など70名以上存在し、戦後の政界・経済界・政界の黒幕など多方面の有力者になった。
講和後の1958年4月、禁固刑のA級戦犯(賀屋興宣、白鳥敏夫、重光葵、橋本欣五郎などは後に衆議院議員となる)は、全員赦免になった。
1945年11月、保守政党の結成、再編が行われた。
日本自由党の資金は、戦時中に右翼の児玉誉士夫が海軍の「児玉機関」の長として中国で物資調達にあたった時の資産(裏金・時価4千億円)の一部をもらった。
(2)米国の資金提供等で長期政権を実現 !
岸信介は日本に台頭する保守派の指導者になった。国会議員に選出されて4年も経たないうちに、国会内での最大勢力を支配するようになる。
そしていったん権力を握ると、半世紀近く続く政権党を築いていった。
このようにして、アメリカの政策に従順な日本政府の体質は、敗戦直後から着実に形成されていた。
そして、CIAが1950~70年代に日本の保守政権の安定化を図り、自民党や「左派穏健勢力」に繰り返し資金提供していた(違法資金)ことが、米国務省の機密文書公開で明らかにされている。
*悪徳ペンタゴン:
日本の既得権益(原発マフィアも同類)とは、米国・官僚・大企業の三者をいう。
私はこれに、利権政治屋(自民党・公明党等の政治家)・マスコミを加えて、米・官・業・政・電の五者が、日本の既得権益であるとしている。
米・官・業・政・電は、ピラミッドの構造をしているというのが私の認識である。
ピラミッドの頂点に位置するのは米国である。
日本の司令塔、日本の既得権益の頂点に位置するのは、「米国」なのだ。
(植草一秀氏の説)
*日本操り対策班:
安倍自公政権を支配する、ジャパンハンドラーズ(日本操り対策班)として有名なのは ?
リチャード・アーミテージ、カート・キャンベル、マイケル・グリーン、ジョセフ・ナイ、ジェラルド・カーティス、ロバート・フェルドマン、ケント・カルダー、エドワード・リンカーン、バーグステン、グレン・ハバード、ローレンス・リンゼー、カート・キャンベル、ウィリアム・マーティン等。
(副島隆彦氏の説)
U 米国の威を借りる、官僚支配と米軍 !
(www.yamamotomasaki.com:2009年11月27日より抜粋・転載)
山本正樹 オフィシャルブログ:
◆「日本永久占領〜日米関係 隠された真実〜」
日本のマスコミ報道とは、一味も二味も違った指摘です。片岡鉄哉氏が「日本永久占領〜日米関係 隠された真実〜」という本に書かれたように戦後から現在に至るまで、残念ながら、日本は米国のある意味、永久占領下におかれております。
★日本の官僚が、自分達の支配構造を
永続するためにあえて従米路線を選択 !
このレポートの指摘は、米国が、日本の自立を促し、自立する機会が、1970年代以降、何度かあったにもかかわらず、日本の官僚が、自分達の支配構造を壊したくないためにあえて従米路線=属国路線を選択してきたという指摘です。
小生は、ここに書かれているようには、現在の民主党政権で、日本の自立が達成されるとは、思いませんが、周知のように過去の自民党政権も従米路線=属国路線をずっと続けてきました。
しかしながら、これからの世界情勢の大きな変化が日本の政治を好むと好まざるにかかわらず、大きく動かしていくことになると思われます。
つまり、日本の政治は、大きく今までとは変わらざる得ないということだと思われます。
今秋、オバマ大統領がアジア歴訪で発言した「米国からアジアへの輸出が5%増えるだけで米国の失業はかなり減る」という言葉は、米国が覇権国としての宿命である過剰消費ができなくなっている現状を反映しています。
すなわち、パックスアメリカーナの終焉も間近だということです。
★日本のメディアは、米国=自民党政権に
よって徹底して、“監視されている”!
過去のレポートで「日本のメディアは、米国によって徹底して、“監視されている”のである。
かつて、作家・江藤淳は、第2次世界大戦における敗戦後、占領統治を行ったGHQの下で、約8000人近くもの英語の話せる日本人が雇用され、彼らを使った日本のメディアに対する徹底した「検閲」が行われていた歴史的事実を検証した。
しかし、その成果を示した著作「閉ざされた言語空間」(文春文庫)においては、この8000人近くの行方は、もはや知れないという形で閉じられている。あたかも、米国による日本メディアに対する監視とコントロールが1952(昭和27)年のGHQによる占領統治の「終焉」とともに終わったかのような印象すら受ける。
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