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16年超自民党支援・公明党の主張と批判論、どちらが正論か ?
「平和と福祉」という公明党の基本理念に
反する「解釈改憲」を公明党は認めた !
経済アナリスト・森永卓郎の批判論 !
T 公明党・両院議員総会での党幹部あいさつ(要旨)
(www.komei.or.jp: 公明新聞:2016年6月2日(木)より抜粋・転載)
◆与党勝利し政策実行 !
◆参院選 一瀉千里に結束し戦おう !
山口代表:
山口代表第190通常国会が閉会した。今回は、サミット(主要国首脳会議)や参院選を控えて日程が限られる中、まず2015年度補正予算、16年度予算と「1億総活躍」を先取りする予算を仕上げた。
そして重要法案の審議に臨み、取り調べを可視化する改正刑事訴訟法や女性の再婚禁止期間を短縮する改正民法、衆院の定数10削減と「アダムズ方式」による小選挙区の区割り見直しを行う選挙制度改革関連法などが成立した。
会期中には熊本地震が発生した。わが党はさまざまな災害の教訓を生かし、ネットワークの力を生かしながら先手、先手で政府と共に対策を進めた。
今後の復旧・復興に備えた補正予算をいち早く成立させ、法律相談をしやすくする改正総合法律支援法を仕上げた。義援金の差し押さえ禁止法もスピード成立を図り、過重な債務を減免するためのガイドラインを利用しやすくする措置も推進した。これからも政府・与党としてしっかりと支援し、復旧・復興へつなげたい。
外交の重要課題であるサミットでは世界経済について、直面する下方リスクを認識して各国があらゆる政策手段を取り、日本も世界経済に貢献できるような対応策をする方向になった。
サミット直後には、オバマ米大統領が現職の大統領として初めて広島を訪問した。
あらゆる犠牲者に哀悼の誠を捧げ、被爆者の代表と会った。これは被爆者の長年の念願であり、苦しみを背負った方の代表と大統領が会ったという事実は極めて重い。
核兵器のない世界を共にめざし、唯一の被爆国として日本が積極的な役割を果たしていこうという歴史的な意義を改めてかみしめ、われわれとしても再出発したい。
また、この機会に潘基文国連事務総長と会う機会を得て、核軍縮に臨む国連の役割や事務総長のリーダーシップ、お互いの協力などを誓い合ったことも申し添えておきたい。
いよいよ参院選に向け、一瀉千里に結束して立ち向かうことになる。
今回の参院選は、与党が結束して勝利し、さらに政治を安定させて力強く政策を実行していくことを国民に問う選挙になる。政策の一致なく連携を図る野党の姿勢は国民の期待に応えられないということを、きっぱりと訴えていこうではないか。
現在行われている沖縄県議選も乗り越え、参院選に勝利して国民の負託に応えていきたい。
◆公明党、大震災の経験生かす、熊本地震 被災者支援で迅速な対応 !
井上幹事長:
井上幹事長今国会では2015年度補正予算が早期に、16年度予算は年度内に成立した。政府提出法案は、ほぼ90%が成立した。
多くの議員立法も成立し、公明党が長年取り組んできた、成年後見制度利用促進法や改正発達障害者支援法などが実現した。残念だったのは民進党だ。自ら提案者になっておきながら、共産党が反対しているという理由で協力せず、成立できなかった法案もある。こうした対応に国民の理解は得られない。
民進党や共産党などが、こじつけとしか言いようがない理由で共同提出した内閣不信任案は、与党以外に、おおさか維新の会も反対して否決された。ただ内閣に反対というパフォーマンスにすぎない。
不信任案への賛成討論では、民進党と共産党の安全保障、社会保障、TPP(環太平洋連携協定)などで政策的な違いが際立っていた。彼らには政権を担う用意も資格もないことが明らかになった。
熊本地震では、公明党は政府と連携し、山口代表をはじめ、多くの国会議員が現地に赴いて迅速に対応した。東日本大震災で各議員が担当の市町村に通い、被災者に寄り添って、さまざまな課題に対応してきた経験が生きた。この脈々と引き継がれている経験は、党の貴重な財産だ。
今国会では熊本地震に対応する16年度補正予算も成立した。補正予算の審議で民進党は、質問した6人のうち3人が熊本地震と関係ない質問を行った。
同党の岡田克也代表は、質問の冒頭に「まず熊本地震、補正予算について簡単に二つご質問したい」と発言した。「簡単に」とは、あまりに被災者に冷たい。民進党の対応を象徴している。
東日本大震災は発災から5年が経ち、今年度から「復興・創生期間」に入った。生活や住宅の復興はもちろん、「心の復興」を被災者が成し遂げることができるまで、寄り添っていきたい。
いよいよ参院選。テーマは「継続と安定」だ。政策を継続させ、経済再生、社会保障改革、地方創生を成し遂げたい。そのためには政治の安定が必要であり、公明党が先頭に立っていく。結束し断固勝利してまいりたい。
U 集団的自衛権問題で公明党は何ができたのか ?
「平和と福祉」という公明党の基本理念に
反する「解釈改憲」を公明党は認めた !
経済アナリスト・森永卓郎の主張 !
(blogos.com/:2014年7月2日より抜粋・転載)
☆公明党は、基本理念に反するのに、自民党案を受け入れた !
7月1日、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定がついに行われた。
戦後ずっと続けられてきた、「平和主義」が大きな曲がり角を迎えたことになる。
閣議決定の直接のきっかけは、これまで与党内部で慎重姿勢を貫いてきた公明党が、最終的に自民党案を受け入れることにしたからだ。
「平和と福祉」という公明党の基本理念に反する「解釈改憲」を公明党は認めたことになる、
公明党執行部は、「政策より政治を選んだ」と言いたいのだろう。
もし、公明党が連立政権に参加していなかったら、自民党はもっとひどい解釈改憲に走ったはずだ。公明党が連立に参加していたからこそ、集団的自衛権の行使に厳重な歯止めがかかった。
だから、公明党は日本の平和を守るために大きな貢献をしたのだ。
公明党執行部が言いたいことは、だいたいこんなところだと思われる。
確かに表面的にみると、公明党が一定の歯止めになったようにもみえる。
武力行使の3条件についても、当初、「他国が攻撃された場合」となっていたのを「日本と密接な関係にある国が攻撃された場合」と修正し、「日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由と幸福の追求権が根底から覆されるおそれがある場合」としていたのを「明白な危険がある場合」と、自民党が集団的自衛権の行使の条件を厳しく限定したのは、公明党への配慮だった。
☆限定条件が本当に歯止めになるのか ?
しかし、問題はこうした条件が本当に歯止めになるのかということだ。
与党内協議では、集団的自衛権の行使に該当する具体的な事例について、個々に検証を行ったが、そこに示された事例は、完全な机上の空論であり、日本が抱えることになる本当のリスクについては、まったく検討がなされていなかった。
本当のリスクとは、米国が理不尽な戦争を起こし、その戦争への参戦を日本が要請されたときに、拒絶できるのかどうかということだ。
☆軍事的に世界で最も凶暴な国は、米国だ、
米国の参戦要求を日本は拒絶できるのか?
日本が集団的自衛権行使ができるようになった場合、最大のリスクとなるのは、アメリカだ。
軍事的に世界で最も凶暴な国は、アメリカだからだ。
原爆を実戦で使用したのは、アメリカだけだし、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争、アフガニスタン戦争と、太平洋戦争後もアメリカは、ずっと戦争を続けてきた。
近い将来、イラクに再び軍事介入する可能性も極めて高いだろう。
☆自公政権下、米国の参戦要求を拒否出来ないであろう !
そのアメリカから圧力がかかったときに、日本が拒否できない体質であることは、TPP交渉をみれば明らかだ。
自民党は選挙公約で、コメ、小麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物の重要5品目の聖域は守ると宣言していた。
まだ正式な発表はないが、これまでの交渉で、すべての品目の関税が大幅に引き下げられることが、事実上合意されたと報じられている。
特に豚肉は、国内畜産農家が完全崩壊するほどの関税引き下げだ。
そうした日米の力関係なかで、憲法9条による集団的自衛権の行使否定が、アメリカからの参戦要求を拒否するための重要な口実だったことは、間違いのない事実だ。
☆武力行使容認の3条件
ところが、武力行使容認の3条件は、下記のとおりとなっている。
1)わが国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある
2)わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない
3)必要最小限度の実力を行使する
(参考資料)
T 本来の公明党の理念・基本路線は ?
*池田会長時代:「中道革新連合政権」構想5項目の解説
(島田裕巳『創価学会・もう一つのニッポン』139頁):
@反自民党、反大資本
A平和・自立・中立政策に基づく外交政策:
「日米安保条約の段階的解消」、在日米軍基地段階的縮小
B日本国憲法と議会制民主主義の擁護
C国民福祉優先の経済政策
D政治経済の改革手段としての暴力革命・急進主義を否定し、漸進主義を選択する
*昭和42(1967)年8月、創価学会学生部幹部会で、池田会長は「沖縄返還」を主張した。
昭和43(1968)年、「安保条約廃棄」を基本としていた、公明党は、在日米軍基地を実態調査し、有効利用されていない、基地の一部返還を主張した。
さらに、昭和43年9月、池田会長は、学生部総会で、「日中国交回復」を提言した。
昭和44(1969)年10月、創価学会系学生組織・新学生同盟が、東京で結成大会を行い、
7万5千人を結集し、「安保粉砕」を叫んでいた。
U 自民党の「反公明党・創価学会キャンペーン」
1998年以前、政権交代を目指していた、公明党・創価学会攻撃のため、
自民党がつくった主な組織 :一次・二次宗門事件の黒幕であった !
★「創価学会等の社会的不正を糾す議員連盟」:中心者:三塚博元大蔵大臣
★「民主政治研究会」:代表:島村宜伸(しまむら・よしのぶ)元文部・農林大臣
★「憲法二十条を考える会」:代表:亀井静香・元運輸・建設大臣
★「四月会」(死学会):代表幹事:俵孝太郎(評論家)
顧問:勝部真長(お茶の水女子大学名誉教授)、秦野章(元法務大臣)、藤原弘達(評論家)
V 自民党権力に迎合・屈服した公明党
魚住昭氏の主張:(魚住昭『差別と権力』講談社2004年、295〜296頁より抜粋・転載)
後に、野中広務元幹事長が、自公政権作りを成し遂げた後、有力支持者の1人が「どうやって学会・公明党とのパイプをつくったんですか」と野中に聞いた。すると野中はこう答えたという。
「叩きに叩いたら、向こうからすり寄ってきたんや」と著書にしるしている
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