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「戦争のできないめずらしい国」であり続けるべきだ !
旧日本軍部の中枢=A級戦犯等が売国者
=米国の子分では勝てる訳がない !
あの無謀な戦争指導者たちが自民党=米国・国際金融財閥の手先の先輩である !
(「植草一秀の『知られざる真実』」:2015/11/02より抜粋・転載)
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1)憲法改悪反対 ! 歴史認識を明確にし、
「平和政策」を実現する大集会開催 !
11月1日、東京千代田区にある日比谷公会堂で、憲法改悪反対 !
歴史認識を明確にし、「平和政策」を実現する、11・1大集会が、JR東日本労組主催で開催された。
会場には、2000名を超える関係者が終結し、大盛況裏に集会が挙行された。
2002年11月1日、「えん罪JR浦和電車区事件」が発生してから、13年の時間が経過した。
故・後藤昌次郎弁護士は、「国家にしかできない犯罪。
それが戦争と冤罪である」という言葉を遺された。
2)不当逮捕された、7人の組合員は、344日の長期にわたり勾留 !
不当逮捕された、7人の組合員は、344日の長期にわたり勾留された。
344日の勾留期間を忘れぬため、そして、不当な弾圧を行う世の中に対して、平和・人権・民主主義を守り、明るい未来をつくるために、344を漢字に読み替えて、(3=み=美、4=よ=世、4=し=志)美世志会が結成されて、毎年11月1日に大集会が開催されてきた。
2015年の11月1日は、この思いを継承しつつ、新たに、未来に向けての活動として、平和、いのち、自由、そして人権と民主主義生を守るための集会が開催されたのである。
集会のオープニングに、JR東日本労組青年部合唱隊による詩の朗読と合唱が演じられた。
3)「平和・いのち・自由」を守る大切さが胸に染みわたる素晴らしい合唱 !
合唱曲は「リメンバー」「平和・いのち・自由」を守る大切さが胸に染みわたる素晴らしい合唱だった。
「リメンバー」は、作詞:なかにし礼、作曲:鈴木キサブローによる合唱曲である。
なかにし礼さんのオフィシャルウェブサイトに、この楽曲についての記述がある。
http://www.nakanishi-rei.com/佐藤しのぶさんと共に、核兵器反対の歌「リメンバー」記者発表
「2013年11月12日午後、東京・内幸町の日本記者クラブで記者会見し、核兵器に反対する歌「リメンバー」を披露しました。
会見の中で佐藤さんは「リメンバー」を高らかに歌い「世界中の人に歌ってほしい」と語りました。
日本記者クラブで、歌の発表・披露が行われるのは、これまでになかった画期的なことです。
多くの報道関係者が訪れ、会見は、大好評のうちに終わりました。」
https://www.youtube.com/watch?v=NLaES2Q7UMwその歌詞を紹介する。
4)戦争と核兵器のない平和の実現を願うものは集まれ !
『リメンバー』この地球を宇宙から眺めたら、美しい青い星だ、国境は引かれていない、今もどこかで 戦争は続いている、悲しみと山のような屍(しかばね)が折り重なって、戦争と核兵器のない平和の実現を願うものは集まれ !
リメンバーヒロシマナガサキ過ちは繰り返さない
リメンバーヒロシマナガサキ
人間に叡智(えいち)と愛があるなら、
遠くとも核なき世界をめざして手をつなぎみんな歩き始めよう !
リメンバーヒロシマナガサキ沈黙にさよならしよう
リメンバーヒロシマナガサキ行動と勇気で生まれかわろう
5)「戦争のできないめずらしい国」であり続けるべきだと思う」
10月8日の【オールジャパン平和と共生】総決起集会で、鳩山友紀夫元首相は次のように述べた。
「安倍政権の普通の国は、どうも「戦争のできる普通の国」ということなのだと見える。
しかし、私は「戦争のできる普通の国」になるくらいだったら、「戦争のできないめずらしい国」であり続けるべきだと思う」「武力で平和をつくる、これは絶対に不可能、憎悪の連鎖を生むからだ」
私たちは、この思いを共有して「平和と共生」の社会を実現してゆかなければならない。
https://www.alljapan25.com/
集会では、琉球大学名誉教授の高嶋伸欣氏が講演をされた。
6)安倍70年談話は、謝罪の責任を国民に押し付けようとするものだ !
演題は「鉄道現場から世界とりわけ東アジアとの共生に向けた取り組みを考える」サブタイトルは、「−近隣諸国との緊張を高める安倍政権の歴史認識の先にあるものを衝く−」安倍首相は、敗戦70年に際して談話を発表したが、そのなかで、「日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。
あの戦争には、何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。」と述べた。
7)歴史を忘却せずに和解を実現することの重要性を説いた !
高島氏は、産経新聞などは、この部分を絶賛して、販促用の新聞見本にこれを賛美する産経新聞本紙の記事を使っているが、この記述は、謝罪の責任を国民に押し付けようとするものだと批判した。
山梨学院大学の小菅信子教授は著書『戦後和解─日本は〈過去〉から解き放たれるのか』(中公新書)で第27回石橋湛山(たんざん)賞を受賞した。
著書は、歴史を忘却せずに和解を実現することの重要性を説いたものである。
小菅氏は、第二次世界大戦後のドイツと日本の戦後平和構築の方法をこう指摘する。
8)戦争指導者と、彼らに騙されて戦争協力した一般国民とに分けて、
和解へと導いていこうとする方法だ !
「敗戦国の国民を、戦争指導者や加害者と、彼らに騙(だま)されて戦争協力した一般国民とに分けて、その一般国民と、戦勝国の国民や被害者・戦争犠牲者との間の関係を修復して、最終的に和解へと導いていこうとする方法」であったと。
小菅氏は、石橋湛山賞の受賞講演で、石橋湛山元首相の言葉を紹介した。
「ナショナリズムをどういうふうにしてプラスの方向に向けるかが重要ですね。
これは、結局、人間自身の問題です。
―この続きは次回投稿します―
(参考資料)
T 旧日本軍部の中枢=A級戦犯等が売国者
=米国の子分では勝てる訳がない !
「大本営陸海軍発表。帝国陸海軍は本日未明、西大平洋において、米英軍と戦闘状態に入れり」――昭和16年(1941年)12月8日、早朝ラジオの臨時ニュースは日本が真珠湾を攻撃し、太平洋戦争に突入したことを報じた。
日本はこの日より国家滅亡への道をひた走りに進んでいくのである。日本が米英を相手に戦いを始めたことは、大局的かつ戦略的な失敗であった。だが、はたして当時の日本に他の選択肢があったかと言えば、それはなかったとしか言いようがない。
明治以来、日本はアジア諸国を決して友邦として扱ってこなかったのみならず、アジア人を一段低いものとして「蔑視」すらしてきた。中国や朝鮮と連帯するどころか、植民地支配を続け、抗日、侮日のナショナリズムを高揚させたのである。“日本はアジアの中で孤立し、ABCD(米・英・中・蘭)包囲網によって経済的に追いつめられ”ていった。
日本が描いた「大東亜共栄圈」の夢もアジア諸国の理解を得られたものではなく、「日本が西欧植民地にとって代わる」というスローガンでしかなかった。満州事変を正当化した「王道楽土」の建設も、結局中国人には通用しなかったのである。太平洋戦争はまさに「清水の舞台から飛び降りた」(東条英機)ものであった。
だが、太平洋戦争が勃発せざるを得なかったのは、英米等による、日本を戦争にひきずり込む、「数々の歴史の罠」と歯車が存在したからである。
“太平洋戦争は海軍が主体の戦争”であった。アメリカを相手に戦って日本が勝つ見込みはほとんどなかったが、日本側にもし本来の高度な戦略とそれを実行する優秀かつ愛国心に燃えた将官がいれば、戦局は大いに違ったものとなっていただろう。
“日本帝国海軍の中枢は「欧米派」で色どられ、その内の主要な人物はユダヤ・フリーメーソン”ですらあった。
このため日本の海軍はあらゆる太平洋上の戦闘で不可思議な動きをする。“それは、敵に手ごころを加え、まるで負けることを目的としたかの如き戦いぶり”であった。
また陸軍についても同様のことが言えた。大本営参謀本部の高級参謀たちはつねに「無謀極まる作戦計画」を立てては日本軍に多大な損害を与え、多くの将兵を失う結果を招来した。
陸軍参謀本部といえば陸軍大学を優秀な成績で卒業したエリート中のエリートである。その彼らが、まるで痴呆のように拙劣な作戦を立案してはそれを強行し、日本軍に取り返しのつかない打撃を与え続けたのである。
“参謀本部のエリートたちもやはり日本を敗北に導くために「世界支配層」によって操られた者たち”であったのだ。彼らの一部は“ユダヤ・フリーメーソンであり、またその一部はソ連と通謀した共産分子”であった。
国家としてあろうことか、日本はこのような「売国的戦争指導者たち」(その子孫が自民党体制の権力者によって太平洋戦争を戦わなければならなかったのである。
太平洋戦争は大きく分けると4つの局面で展開していく。それは「開戦・進攻」、「戦局反転」、「特攻・玉砕」、「斜陽・終戦」である。
そしてそれぞれの局面で日本軍はいつも決定的な失策を犯し、戦局は暗転していくが、その失策を犯す人間は「ある特定の人物」であり、その人物の指導により日本軍は決まって壊滅的な打撃を受けるのである。
戦略や作戦に携った司令官や参謀たちの多くが無能であったという以上に、「敵と密通」し日本が敗北することを望んだ奸たちがいた”からに他ならない。
日本は戦う前にすでに敗れていたのである。
U あの無謀な戦争指導者たちが自民党
=米国・国際金融財閥の手先の先輩である !
太平洋戦争の全容は、実に膨大であり、その戦闘のひとつひとつを語ることは数十冊の本をしても不可能に違いない。(中略) それぞれの戦局で「日本軍を敗北に導く役割」を果たした主な人物たちは次の通りである。
● 米内光政 ………海軍大将、海軍大臣、首相。フリーメーソン
● 山本五十六 ……連合艦隊司令長官、海軍大将・元帥。フリーメーソン。
● 南雲忠一 ………真珠湾攻撃時の第一航空戦隊司令長官、海軍中将、ミッドウェー海戦 時の第一機動部隊指揮官。
● 源田実 …………第一航空艦隊参謀、海軍大佐。
● 井上成美 ………海軍軍務局長、第四艦隊司令長官、海軍中将。
● 原忠一 …………真珠湾攻撃時の第五航空隊司令官、海軍少将。
● 服部卓四郎 ……大本営参謀作戦課長、陸軍大佐。
● 辻正信 …………大本営参謀本部作戦課参謀、陸軍大佐。
● 瀬島龍三 ………大本営参謀本部作戦評参謀、陸軍中佐。
● 牟田口廉也 …支那駐屯歩兵第一連隊長・ビルマ方面第一五軍司令官・陸軍中将。
● 栗田健男 ………第二艦隊司令長官、海軍中将。
もちろん、彼らだけがすべてではない。日本の陸海軍の組織は複雑な派閥で形成されており、人脈は網の目のようにはりめぐらされていたから、日本軍が敗北していく過程には何百人、何千人という「多くの協力者が暗躍した」のである。
重要なことは、日本軍や政財界の中には、日本が天皇制軍事国家であることを望まず、米英(ユダヤ)やソ連(ユダヤ)と「通謀して日本の国体破壊にひたすら協力した者」が大勢いたということである。
V 米国の子分・売国者は東京裁判でも
裁かれず、戦後は捏造の 歴史・小説で英雄扱い !
真の戦争犯罪者は、極東軍事法廷(東京裁判)でも裁かれず、戦後数々のフリーメーソン作家によって「英雄」または「偉人」として最大限に賞賛されている。米内光政や山本五十六、井上成美などがそうである。
“日本人は戦後においてもまだ歴史の真相を知らされず、騙され続けている”のだ。
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