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国際サッカー連盟・副会長ら7人逮捕 !
W杯放映権など巡り、185億円収賄容疑 !
有力政治家・巨大財閥との関係は ?
T 米司法省は、FIFAの現役副会長等、14人を起訴 !
(jin115.com/:朝日新聞デジタル:2015年5月28日より抜粋・転載)
ニューヨーク=中井大助、ジュネーブ=松尾一郎2015年5月28日00時34分
国際サッカー連盟(FIFA)幹部らが、ワールドカップ(W杯)の放映権を含む商業上の権利や開催地の誘致などをめぐって賄賂や見返りを受け取ったとして、米司法省は27日、FIFAの現役副会長2人を含む計14人を組織的不正などの罪で起訴した、と発表した。
スイス当局は同日、米国の要請に応じ副会長2人を含む起訴されたうちの計7人を逮捕。
賄賂の受け渡しに使われた可能性があるスイス国内の複数の銀行口座の凍結を命じた。
★何代にもわたって不正継続、W杯招致、巨大な利権 !
米国のリンチ司法長官はニューヨークで記者会見をし、「彼らは何代にもわたって不正を続け、世界のサッカー界を腐敗させた。
米国はこの腐敗を一掃しようと決意した」と述べた。FIFAのブラッター会長は起訴されていないが、29日に予定され、ブラッター氏の5選が確実視されていた会長選に影響する可能性もある。
★賄賂の総額は、1億5千万ドル(約185億円)超か !
米司法省によると、起訴状は1991年から不正が続いてきたと主張。北南米地域で国際試合の放映権を含んだ商業上の権利をめぐるスポーツマーケティング会社との金銭の授受のほか、2010年の南アW杯の開催地決定や11年のFIFA会長選をめぐる賄賂のやりとりも対象だという。
支払われたり、支払いの合意がされたりした賄賂の総額は1億5千万ドル(約185億円)を超えるという。
同省によると、起訴されたのは、FIFAのウェブ、フィゲレド両副会長▽FIFAなど国際サッカー組織の幹部や元幹部7人▽アルゼンチンと米国のスポーツマーケティング会社の幹部4人▽両者の仲介役を果たしたブラジル人1人。
ウェブ副会長はケイマン諸島籍、フィゲレド副会長はウルグアイと米国の二重国籍。FIFAには副会長が8人いる。
★W杯招致決定の経緯で、以前から疑惑がついてまわってきた !
一方、スイスの検察当局は、27日、2018年と22年のW杯開催地決定を巡り容疑者不詳のまま、不正行為の疑いなどで捜査を始め、FIFA本部から関連書類などを押収したと発表。
2018年のW杯は、ロシア、日本も立候補した、2022年は、カタールの開催が決まったが、いずれも決定の経緯で疑惑がついてまわってきた。
このほか、FIFAの元幹部ら3人とブラジルのマーケティング会社の幹部が既に非公表の手続きで有罪を認めているという。
有罪になれば、個人の被告は最大で禁錮20年の刑になり、米国籍のフィゲレド副会長はさらに重い刑になる可能性があるという。(ニューヨーク=中井大助、ジュネーブ=松尾一郎)
U オリンピックの裏にあるもの「サッカー愛好家シラク大統領が勝てなかった人物」は ?
(www.あほうどりのひとりごと.com/:2014年11月16日 より抜粋・転載)
<サッカー愛好家シラクが勝てなかった人物>
TFI株の4%、ブーイグ社株の2%を握る個人大株主だった
イタリアのメディア王シルヴィオ・ベルルスコーニ。
イタリア首相だったそして天文学的な資産を持つベルルスコーニ・・・
そして、フランスの国営テレビ局TFIを民営化したシラク…
大統領となったシラクがフランスで行われた98年ワールドカップ初優勝に歓喜したのは、サッカー愛好家としての喜びというよりも、これまでの物語を考えれば、2重3重の労苦の末に「大きな収穫を得た」歓喜だったのです。
そのシラクでさえ勝てない人物がいた・・・
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(ジョアン・アヴェランジェ)
☆サッカー界の帝王が、IOCのファン・アントニオ・サマランチ会長を生み出した !
ワールドカップを動かす世界サッカー連盟(FIFA)の会長は、1998年フランス大会終了日まで、24年間の毎日24時間、そのポストを握って指令を出し続けたブラジル人のジョアン・アヴェランジェ。
このサッカー界の帝王が、IOCのファン・アントニオ・サマランチ会長を生み出し、アディダスのホルスト・ダスラーと組んで、世界の企業を手玉に取ってきた。
FIFAは、1998年6月8日の総会で、帝王アヴェランジェの後任会長を選出したが、7月13日付けで就任した新会長のヨーゼフ・ブラッターはスイス人で、またしてもアディダスの本社で教育を受け、そこでアヴェランジェと“親密”になり、FIFAで頭角を現した人物でした。
彼は就任早々に、ワールドカップを1年おきに開催するように動き始めたのです。
力の継承は、現在のところ、非常にうまく進んでおり、これが現在の世界トトカルチョ(賭博)連盟であるのです。
<オリンピックの金庫の歴史>
フィレンツェのメディチ家は、誰にも知られた血流です。
日本のバブル経済崩壊の濫觴(物事の始まり)は、メディチ家にあります。
☆世界最大の金融帝国を築き上げたのがフィレンツェのメディチ家 !
ヨーロッパ全土に、広大な通信のネットワークを張り巡らし、世界最大の、そして国際的に世界で初めての金融帝国を築き上げたのがメディチ家です。
メディチ家は美術界を育てただけでなく、その通信網を使ってヨーロッパ各地のニュースを伝えるのに大きな役割を果たしたのです。
このメディチ家はオリンピックと深い関係を持っていました。それはバチカンのローマ法王を血族とする、この世では最高の上流貴族ということです。
メディチ一族のピエール・フレディは、ルイ十一世の時代にフランスに移住、国王に仕えることによって、500年以上前にフランス貴族の位を授けられました。
その一族が植民地貿易によって財をなし、やがてヴェルサイユ郊外にあるクーベルタンという土地の荘園を手に入れることにより、クーベルタン男爵が誕生したのです。
☆オリンピックを再興した人物は、メディチ家のクーベルタン男爵 !
つまり、オリンピックで高名なクーベルタンという名称は、姓でなく、爵位名です。
のちに、古代ギリシャのオリンピックを再興した人物の正確な名前は、メディチ家のピエール
・フレデリック・ド・クーベルタン男爵という。
このクーベルタンが、近代オリンピックを創始しようと考えた時、彼はまず司令官のトラモン将軍ら政治・経済分野の有力者や実業家に声をかけ、大がかりなシンジケートを結成しました。
この出発が、オリンピック支配者の世界を形成することになったのです。
そのオリンピック創始キャンペーンを成功させたのは、フランス上流社会の知名人60人を超える一団で、彼らは当時ヨーロッパにあふれかえっていた植民地主義や帝国主義と、もうひとつの流行であった考古学の発掘事業(言い換えれば財宝の強奪)を結びつけ、ちょうどギリシャで発掘されたオリンピアの遺跡から、ここで面白いゲームを思いついたのです。
☆上流社会のゲームをやってみよう、オリンピアの祭典の復活 !
時間も金も有り余るほど持っていた貴族や大富豪が、古代ギリシャ・ローマ時代のように、子飼いの選手の戦闘訓練も兼ねて競技を観戦したり、自ら参加もする上流社会のゲームをやってみようではないか、それはまさしくオリンピアの祭典の復活だ、となったわけなのです。
こうして前世紀末の1896年、ギリシャのアテネで第1回オリンピックが開催されることになりました。
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☆フランス財閥・ジョルジュ・ピコのひ孫が、ジスカールデスタン大統領 !
このクーベルタンキャンペーンに参加した名士のひとりが、のちにフランス財閥の中心的ファミリーを形成するジョルジュ・ピコでした。孫がスエズ運河会社の社長となって中近東から全世界の貿易航路を支配し、直系のひ孫がジスカールデスタン大統領です。
同社は1990年代に世界最大級の金融会社スエズへと発展してきました。発展の過程で、スエズ金融は、フランス植民地の支配銀行として頂点に君臨していたインドシナ銀行と合併して、インドスエズとなったのです。
これが98年12月に破たんする直前まで日本債権信用銀行(日債銀)の株価を買い支えてきた謎の金融会社です。
☆オリンピックの金庫番がボーモン伯爵 !
その銀行の重役室に座っていたのが、IOCに流れ込む巨額の紙幣や小切手を、サマランチ会長
とともに数えてきた財務委員長のジャン・ド・ボーモン伯爵であったのです。
このオリンピックの金庫番・ボーモン伯爵とは、いったい何者だろう?
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