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失われた20余年の大失政を隠すな !
弱肉強食・格差拡大の新自由主義
・アベノミクスは、ダメよ〜ダメ、ダメ
共生の世界でないと大衆は滅亡する !
「人間不在で貧困放置」するアベノミクス !
アベノミクス転じて「ドアホノミクス」
浜矩子教授の主張、
ドーピング経済学が日本を壊す」
(bylines.news.yahoo.co.jp:2014年7月5日より抜粋・転載)
1)アベノミクスは
重大な欠陥・間違いがある
2)アベノミクスは、人間不在で貧困放置だ !
現状で大きな問題は2つあります。
1つは、基本的に人間不在の政策体系であるという点です。
2つめは、アベノミクスが本当の意味でのグローバル時代と相性が悪いという問題です。
私たちが今生きているグローバルな経済社会環境が持っている特性と、アベノミクスは親和性が低く、あまりに相性が悪いが故に、日本の国民経済が消滅してしまうことにもなりかねないという問題があるのです。
3)人間不在のアベノミクス
4)「ブラック」であるものは
本来なら企業であることを許されない
5)安倍首相は、「格差」「貧困」「非正規雇用」に鈍感 !
6)自公政権下、豊かさの中の貧困が日本社会の最大の問題
日本の貧困率はデンマークの3倍超、自公政権の庶民軽視の証拠
7)自公政権下、貧困を放置して、デフレ脱却は不可能 !
8)安倍自公政権の本質は、富国強兵 !
9)グローバルジャングルは弱肉強食か ?
10)共生の世界こそがジャングルの生態系
以上は、前回投稿済みです。以下は、その続きです。
10)共生の世界こそがジャングルの生態系
つまり、淘汰の論理は、確かに働いているのだけれど、「適者生存」という格好になっている。
この適者には、強いものも弱いものもいる。生態系を支えることができる、「共生力」のあるもの達が、皆で一緒にジャングルを支えている。
これがジャングルの根源的な力学であるということに、私たちは気がつかなければいけないと思うわけです。
強いもの、弱いもの、大きいもの、小さいもの、若きもの、老いたもの、皆それぞれの役割を持って支え合っている。
この共生の世界こそがジャングルの生態系であり、共生の生態系を壊してしまうと、ジャングルはたちどころに維持されなくなって砂漠と化してしまう。
それが根源的なジャングルのあり方、基本形だといえます。
11)庶民は誰も一人では生きていけないグローバルジャングル
これが今度は、グローバルジャングルになって、人とお金が国境を超える生態系になってくると、新しい側面が出てきます。
人とお金が容易に国境を越える中で、今や私たちは「グローバルサプライチェーン」とか「グローバルバリューチェーン」という言葉を使うようになりました。
数多くの国境を超えて、数多くの人々と、数多くの多種多様な企業群がお互いに支え合い、お互いに長い生産体系の一貫を形成する中で、何度も国境を超えながら、ひとつの完成品を、皆でよって、たかって、つくり上げ、それをグローバル市場に送り出していくという時代ですね。
私たちが、グローバルジャングルに住み始める以前の世界では、日本製品といえばあくまで国産の部品や資材を使い、国内でつくりあげられていました。
原油など、うしても外から調達してこなければいけないもの以外は、国内で調達し、それらの部品を使って国内の工場で日本人たちが製品をつくり上げて、完成品となったものが、そこで初めて国境を超え、海外の市場に出て行くという時代がかつてあったわけです。
しかし、今の国境なき、グローバル時代では、日本製品といっても、その組み立ては、日本ではないところで行われている。
または、日本製品の中には、日本製ではない、数多くの部品や材料が組み込まれている。そういう形で、日本製品というものが、グローバルな市場に登場していく、という格好になっています。
12)「メイド・イン・ジャパン」と「メイド・バイ・日本企業」
グローバルジャングルにおいては、「メイド・イン・ジャパン」と「メイド・バイ・日本企業」とは1対1の対応関係を持っているとは限らない。そういう世界の中で、今や私たちは経済活動を営んでいるということになっているわけです。
ですから「メイド・イン・ジャパン」ではない、「メイド・バイ・日本製品」というものを、このグローバル時代においてどう扱わなければいけないのか、という難しい問題に、私たちは、対峙させられている時代状況になっています。
たとえば、ロンドンオリンピックのときに、アメリカの選手団のユニフォームをよくよく見てみたら、帽子から靴まで9割がメイド・イン・チャイナだったということで、アメリカで大問題になりました。
あのユニフォームをデザインし、ブランドを持っているのは、ラルフローレンというアメリカを代表するアパレルメーカーです。
あのユニフォームはメイド・バイ・ラルフローレン、メイド・バイ・アメリカ企業というわけです。でもその縫製加工を実際に行ったのは中国だったから、メイド・イン・チャイナということになるわけです。
13)「メイド・イン」と「メイド・バイ」
の距離が離れていく
この「メイド・イン」と「メイド・バイ」の距離がだんだん遠ざかっていくというのも、グローバルジャングルの一つの大きな特徴です。
だから、ラルフローレンという天下の超有名ブランドといえども、中国工場の力を借りないと製品を世の中に送り出すことはできない。
その意味で、誰も一人では生きていけないというのが、このグローバルジャングルの現実です。
グローバルサプライチェーンという言葉が意味しているのは、まさにそういうことなのです。
皆が誰かに何かを借りて経済活動を営んでいる。皆が誰かに何らかの助けを借りてモノを世の中に送り込んでいるという時代。いかにそういう時代になっているかということは、東日本大震災から少し経過したときに明らかになりました。
福島の一つの小さな部品工場が操業不能に陥ると、その結果として世界中で自動車生産が止まるという展開になった。
グローバルサプライチェーンというのはそういうものであって、まさに一つの小さな部品工場の力を借りなければ、世界中の大自動車メーカーも自己展開することができないということです。
つまり誰も一人では生きていけないのがグローバル時代の現実である。
つまり皆で一生懸命共生の生態系を支えているというのが、グローバルジャングルの現実であるともいえます。
14)グローバル時代とアベノミクスは相性が悪い
もはや当たり前のように「福は内、鬼は外」と言えない状況になっています。
この国境なき時代、国境を超えて人やお金が動く時代においては、どこまでが内で、どこからが外なのかということも、そう簡単に分かるわけではない。
日本企業の中国工場を内とみなすのか、外とみなすのかということは、そう簡単に答えの出てくる話ではないのです。
このような生態系の中に私たちは生きているということです。
皆が誰かに依存して経済活動を完結させているということは、つまり自己完結することが非常に難しい時代になっているということ。それがグローバル時代であるということです。
その中にありながら、自分だけが世界一になるという発想を全面に打ち出していくというのは、グローバルジャングルの共生の生態系にブレンドされない、その中に入っていきづらいスタンスです。
自分だけが一番になる、自分が世界一になるということは、誰かから何かを奪って、誰かをその座から引きずり降ろさなければいけないということです。
皆が誰かと何かを分かち合わなければ生きていけないという生態系の中で、誰かから何かを奪わないとできないことをやろうとするのは、非常にすわりの悪い存在だということになります。
だから、このグローバル時代とアベノミクスは相性が悪いし、親和性が低いというわけです。
15)「3本の矢」「異次元金融緩和」「国家戦略特区」
「アベノリンピック」は、ドーピングの経済学
それから、オリンピックといえば、東京で開催されることになっている東京オリンピックを「アベノリンピック」などと呼ぼうとしている動きもあり、あきれ果てていますが、この東京オリンピックも利用して経済成長しようという人間不在のアベノミクスについて私が最近思っているのは、要するにこれはドーピングの経済学であるということです。
経済学という称号を与えるのも問題があるのですが、ドーピング大作戦という感じで、東京オリンピックも含めて次々と得体の知れない薬物を日本経済に注入し、それによって非常に速成的かつ短期的、刹那的に人工的な筋肉増強効果を引っ張り出して、それで日本経済の本来の姿には不似合いなスピードで突っ走らせる。
そもそも「アベノミクス」という言葉自体が最初の薬物で、「3本の矢」や「異次元金融緩和」が続き、「国家戦略特区」と来て、そしてついに「アベノリンピック」を最後の薬物に使おうとしている。
ドーピングを続けていった結末は誰もが知っている通りです。
人間なら心身ともに破壊されることになるわけですが、日本経済そのものが破壊されてしまう方向に向かって、アベノミクスは突っ走ってしまっているわけです。
【2013年11月15日、浜矩子さん談】
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