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桜井淳氏が東電「全面撤退」問題を考える(上) - ものづくりとIT - Tech-On!
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2012/07/05 18:22 桜井 淳=物理学者・技術評論家
国会事故調査委員会(委員長:黒川清氏)は、海江田万里元経済産業相、枝野幸男元官房長官、菅直人元首相、清水正孝元東京電力社長の証言を基に、「東電が『全面撤退』を検討した形跡は見受けられない」(2012年6月10日付『朝日新聞』)という見解を示した。東京電力が2012年6月20日に公表した『東電事故調査報告書』でも、完全撤退は否定されている(2012年6月21日付『朝日新聞』)。
果たして、そうだろうか。筆者は、実質的には政府判断通り「全面撤退」だったと考えている。このことを、もう一度あの日に戻って検証してみたい。
地震から約40分後の津波の襲来が状況を一変させた
原発の安全は、電源が維持されて初めて確保される。しかし、落雷や地震などの自然災害が発生すれば、商用電源(外部電源)を喪失する恐れがあり、その対策として非常用ディーゼル発電機(内部電源)が設置されている。福島第一原発で2台、同じ東京電力管内の柏崎刈羽原発では3台だ。いずれも複数台用意しているのは、起動失敗の確率を下げるためである。
実際、商用電源が喪失したことを知らせる信号を受けると、非常用ディーゼル発電機は自動的に起動する。この起動を確実なものにするために、電力会社は毎月1回、模擬信号と模擬負荷を利用して規定電力が供給されることを確認している。万一、非常用ディーゼル発電機に異常が見つかれば、保安規定に基づいて原子炉を即刻停止させなければならない。非常用ディーゼル発電機は「最後の命綱」であるが故に、これほど厳しく管理されているのである。
こうした非常用ディーゼル発電機や商用電源が機能していれば、特定の機器の多重故障や人為ミスといった特殊な要因が重ならない限り、原発で想定される事故の多くは安全に終息する。2011年3月11日の東日本大震災の時には当初、福島第一原発の商用電源は喪失したものの、非常用ディーゼル発電機は正常に機能した。ここまでは、設計通りだったといえる。
ところが、地震から約40分後の津波の襲来が状況を一変させた。最後の命綱、非常用ディーゼル発電機が機能を喪失し、ステーション・ブラックアウト(全交流電源喪失)に陥った。経験的に、こうした事態がまれに発生することが知られているため、直流電池電源が設置されている。とはいえ、設計上の連続利用時間は約8時間にすぎず、しかもこの間、安全が確実に担保されるというわけではない。
米研究報告書が語るステーション・ブラックアウトの結末
ステーション・ブラックアウトが発生したら、どうなるのか。米原子力規制委員会の研究報告書『NUREG-1150(1990))』によれば、例え幾つかの安全緩和系*1が機能しても、2時間半から3時間後には炉心溶融(コアメルト)が始まる。しかも安全サイドで考えた場合、ステーション・ブラックアウト発生後1時間以内に商用電源か非常用ディーゼル発電機のどちらかが回復しなければ、溶融した炉心が原子炉圧力容器の底へ落下するメルトダウン、さらには底を貫通するメルトスルーへと進行してしまう。
残念ながら、福島第一原発では商用電源も非常用ディーゼル発電機も1時間以内に回復することはなかった。前者は地震の影響で電線が倒壊したため、後者は津波の影響で海岸近くに設置されていた3系統の海水冷却ポンプ(非常用ディーゼル発電機冷却系、炉心残留熱除去系、サプレッションプール熱除去系)が破壊されたためだった。
加えて、津波が原子炉建屋やタービン建屋に押し寄せ、地下に設置されていた直流電池電源の一部も機能を喪失。その結果、1号機の安全緩和系の1つである緊急炉心冷却装置の蒸気駆動の高圧注入系(HPCI)が機能を失った*2。緊急策として3月11日深夜に搬入した交流自然冷却ディーゼル電源車も、原子炉建屋内の浸水による電気系統の異常により給電できずじまいだった。
*2 HPCIは交流電源を必要としないものの、幾つかのバルブを開閉するために必要最低限の直流電池電源が必要となる。
結局、ステーション・ブラックアウト後に残った安全緩和系は、1号機では非常用復水器(IC)だけ、2号機と3号機では緊急炉心冷却装置の蒸気駆動の隔離時冷却系(RCIC)とHPCIの2つだった。ただし1号機のICも、バルブの開閉のために必要な直流電池電源の一部が浸水によって機能喪失したために正常に動かなかった。こうして1号機では前述の『NUREG-1150(1990))』の指摘通り、3月11日の午後6時頃からコアメルトへの最悪のシナリオが始まったのである。
苛酷炉心損傷事故対策が不十分な福島第一原発には、もはやメルトダウンやメルトスルーを回避する方法は残されていなかった。1号機では3月12日午後3時半頃、原子炉建屋最上階で水素爆発が発生。2号機と3号機では、予想以上に持ちこたえたもののRCICとHPCIが原因不明のまま次々に停止し、1号機と同様にメルトダウンやメルトスルーを回避する方法を失った。そして3号機で3月14日午前11時頃、原子炉建屋最上階で水素爆発が発生したのである。(つづく)
桜井淳氏が東電「全面撤退」問題を考える(下) - ものづくりとIT - Tech-On!
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2012/07/06 18:00 桜井 淳=物理学者・技術評論家
「もはや打つ手なし」の絶望的な状況に陥った3月14日から15日にかけての深夜。東京電力は首相官邸に対し、「福島第一原発にいる約700人のうち、オペレーターとは別に免震棟で事故対応に当たる約70人だけを残し、約630人を福島第二原発に緊急退避させる」意向を伝えた*1。菅元首相が東京電力本店を訪れ、同社幹部を叱咤激励したのは、その後の3月15日午前5時頃のことである*2。
通常、福島第一原発では運転中、停止中にかかわらず、1つの原子炉につき平時の昼間で東電社員約100人、関連会社社員もほぼ同数の約100人が働いている。福島第一原発には原子炉が6つあるから、合計では約1200人に上る。一方、夜間には人がグッと減って、1つの原子炉にオペレーター6人を含む10人程度、6つの原子炉で計60人程度が従事している。つまり、原子炉の運転管理には平時に最低約60人が必要とされている。ただし、緊急事態が発生したら話は別だ。最低人員の10倍の約600人が動員されるのである。
翻って、3月14日から15日未明にかけては、さらに大きな爆発が生じる可能性さえある、まさに緊急事態だった。それなのに必要人員の約1/10に当たる70人しか残さないという東京電力の軽い判断は、実質上の「完全撤退」と何ら変わりない。
責任能力のない原子力事業者
「原子炉設置許可申請書」には、原発設置者の「組織力」と「技術力」が記され、審査対象になる。特に技術力については、主要な技術系幹部の経歴や、原子炉に関連する各種国家試験資格取得者の名前が列挙される。そしてこのことが、通常運転時はもちろん、事故時や災害時にソフト・ハードの両面で的確な対応能力を持つことの証しにもなっているのだ。
*2 ちょうどそのころ、4号機では原子炉建屋最上階で3号機からの水素の逆流による水素爆発が発生した。
つまり、原発を所有するということは、その経済的メリットを享受する一方で、原発災害というリスクを常に念頭に置き、万一の事態には十分な技術を持って対応する覚悟をしておかなければならない。東京電力はどれほど絶望的・危機的状況下に置かれようとも、どれほど犠牲を強いられようとも、政府や国民に不安を与えず、少しでも放射能放出を食い止めるべく努力し、対応人数を減らすといった「手抜き」は決してすべきではなかった。東京電力が「完全撤退」の意図を首相官邸に伝えたことは、原発を運転管理する能力がないことを自ら露呈させたに等しい。ならば、福島第二原発、そして柏崎刈羽原発も、即刻廃炉にしなければならない。
東京電力は、電力会社として世界最大級の発電規模・経営能力・人材を誇る優良企業である。その東電が「完全撤退」を意図したとなると、あらゆる面で東電より劣る他の国内電力会社も、同じような事態に対峙したときには東電と同様の決断をする可能性は高い。そうであるならば、日本には原発に責任を持てる組織が存在しないことになり、東京電力管内だけではなく日本のすべての原発を即刻廃炉にしなければならないことになる。
事故終息に努めず、国民の命をないがしろにした今回の「完全撤退」問題は、東電だけではなく、高速増殖炉「もんじゅ」(原型炉)を含めた日本の原発所有者全体の問題に他ならない。
危機管理能力なき日本の中枢組織
政府事故調査委員会は、「官邸は頻繁に発電所への介入を繰り返し、指揮命令系統を混乱させた」「混乱を防ぐという名の下、情報を出す側の責任回避に主眼が置かれ、住民の健康と安全確保の視点が欠けていた」(2012年6月10日付『朝日新聞』)という見解を示した。
要は、日本には原発災害に対しての現実的な危機管理体制はなかったといえる。そのため、東電、原子力安全・保安院、首相官邸のいずれもが泥縄的な対応に終始し、指揮命令系統が混乱した。専門家からの助言を得ていた3者は私と同様、津波襲来直後にはチェルノブイリ原発事故並みの災害になることを十分に認識していたはずだ。
しかし何の備えもない東電や原子力安全・保安院、首相官邸は、蜂の巣を突いたような大混乱に陥った。福島第一原発事故はすべての分野にわたって、現実的な危機管理体制が整っていない日本のシステムの危うさを顕在化させたのである。
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