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日朝平壌宣言に立ち戻れ 京都産業大学世界問題研究所長 東郷和彦 (月刊日本)
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投稿者 大塩 日時 2012 年 2 月 12 日 17:00:41: .cSQld2Pk8LuA
 

日朝平壌宣言に立ち戻れ 京都産業大学世界問題研究所長 東郷和彦 
http://gekkan-nippon.com/?p=2034
『月刊日本』2月号


大日本帝国と金王朝の類似性
―― 2011年12月19日、北朝鮮の金正日総書記が死亡した。これにより、軍の暴走や後継争いなどによって朝鮮半島情勢が緊張するといった見解も聞かれたが、金正恩が三代目に落ち着き、現在のところ北朝鮮体制は安定しているように見える。今後北朝鮮情勢はどのように動くと考えられるか。
東郷 金正日の死の報道直後より、北朝鮮情勢に関する多くの見解が発表されてきたが、大部分は公開情報からの分析であり、独自の第一次情報に基づいているものは少なかったのではないかと思う。
 公開情報は重要な意味を持っているが、独自の第一次情報がないというのもまた一つの情報である。こうした場合、歴史におけるアナロジーが役に立つ。
 私たち日本人にとって最も分かりやすいアナロジーは、崩壊前夜の大日本帝国の状況だと思う。これによって、たとえ情報が少なくとも、北朝鮮の現在の状況を類推することができる。
 北朝鮮がいくら独裁国家であると言っても、その内部には一定の力の対立が想定される。金ファミリーは現在、金正恩というファミリー三代目の神格化されたリーダーを持ち、金正恩のおじである張成沢を筆頭に圧倒的な権勢を持っているようである。
 しかし、現下の北朝鮮で最も強い力を持つ北朝鮮軍と金ファミリーは、必ずしも同じ考えを持っているわけではないと思われる。例えば、張成沢と、軍の最高首脳と言われる呉克烈の間では、熾烈な主導権争いが繰り広げられていると報じられている。
 また、軍内部にも世代間の差がある。抗日パルチザンや朝鮮戦争を生き抜き現政権を守り抜いてきた軍人たちに直接接してきた世代と、北朝鮮という独自世界で純粋培養されてきた若い世代との間には大きなメンタリティの差があるはずだ。
 大日本帝国内においても、敗戦が明らかになっていた当時、天皇陛下の下で和平交渉を進めようとする外務省及び、表面上は主戦論を取らざるを得なくても戦争終結に傾いていった軍の最高指導部と、彼らから天皇を奪い取ってでも一億玉砕の覚悟で最後まで戦おうとする若手将校との間には、凄まじい緊張関係があった。
 北朝鮮においても、仮に急進的な若手軍人が若い金正恩を担いで暴走すれば、国内状況は一挙に混乱を極める。しかも、北朝鮮は核爆弾及びこれを運搬するミサイルについて相当高度な技術を持っている。この核及びミサイル技術がイランやシリア、あるいはアルカイダといった不安定地域へ流出すれば、危機レベルは一気に跳ね上がる。これだけは絶対に防がねばならない。北の核拡散こそ、現時点で世界が恐れる最大の問題である。
 もとより、崩壊前夜の大日本帝国と類似しているとは言っても、国民と共にある天皇制の本義と、王朝の存続を第一義として民の安寧を思わない金王朝の思想とは、本質的に異なるものである。
 しかし、大日本帝国の支配から金王朝の支配へと移っていた北朝鮮には、おそらく当時の日本にあった雰囲気を髣髴とさせる何かが残っているのではないだろうか。それ故、本来であれば、北朝鮮を一番理解できるのは日本であるはずだ。
 ところが、現在の日本は、北朝鮮は奇妙で危険な国である、といった程度の理解しかしていないように思う。
 太平洋戦争終結に際し、日本の戦争指導部は国体の護持のみを条件としてポツダム宣言を受諾した。その国体の内容とは皇室の安泰であった。
 同様に、金正恩は何とかして金王朝を維持しようとしている。それが北朝鮮の国体であるからだ。仮にこの国体が傷つけられれば、彼らは全力で国際社会に挑んでくるかもしれない。しかし、そのリアリティが今の日本人には理解できなくなってきている。
 それは、金正日の死亡に際しての日本政府の対応に端的に現れている。国内世論に照準を当てれば、日本政府が「政府として哀悼の意を表す予定はない」と発表したことは当然かもしれない。それでもなお、この機会に北朝鮮の心理状況への理解に立った、何らかの対応策を行うべきではなかったかと思う。

今こそ日朝平壌宣言に立ち戻れ
―― 金正恩体制への移行が拉致問題解決に繋がるかどうか、日本国民の関心が高まっている。
東郷 新しい体制には、新しい危険性と同時に新しい可能性がある。金正恩が拉致問題に対してこれまでと違った対応をとる可能性がないとは言えない。しかし、日本側がこれまで通り、拉致問題が解決しない限り北朝鮮とは話をしない、といった態度をとるだけであれば、事態の進展は難しいと思う。
 「経済制裁のみ」といった政策が拉致問題解決に繋がらないことは、金正日の時代を見れば明らかだ。拉致被害者の情報を出すことが北朝鮮の国益に適うと思わなければ、彼らはいつまでたっても情報を提供することはない。
 三代目体制への移行を機会に、日本はこれまでの拉致一辺倒の政策を転換すべきだと思う。日本側が新しいアプローチをすれば、北朝鮮も新たな動きをとる可能性はそれだけ増えるはずである。北朝鮮の出方をうかがっているだけでなく、日本側から積極的に動くべきだ。
 その際の手掛かりとなるものが、小泉政権下で結ばれた日朝平壌宣言である。この宣言の意義を、私たちは見直す必要がある。
 日朝平壌宣言においては、日朝間において数ある未解決の問題の一つとして拉致問題を位置付けていた。それは拉致問題を軽視するということでは決してなく、日朝間に横たわる問題に対して包括的なアプローチを行うことで、最終的に拉致問題をも解決することを目指したものであった。
 実際、それは確かな効果を挙げた。日本側の新しいアプローチに対して、金正日が反応を示してきた。北朝鮮国内にもいたであろう反対派を抑えて、金正日は平壌宣言に合意したのだ。
―― 日朝間の国交が正常化することで日本の力が強くなることを恐れたアメリカが、国交正常化を阻んだという見解もある。
東郷 交渉を担当していた当時の田中均アジア大洋州局長は、徹底した情報管制を敷いていたと聞いている。アメリカに対しても最後の段階まで情報を与えなかったのかもしれない。ペンタゴンは相当の懸念を抱いていたそうである。しかし、小泉総理を信頼していたブッシュ大統領が、小泉総理の行動を信じようということで、ペンタゴンの反対を抑えていたようだ。
 しかし、日朝交渉が頓挫した原因は、アメリカではなく日本自身にある。拉致被害者の情報が出てきた途端、世論が強硬なものとなり、入り口で拉致問題を解決しない限り日朝国交正常化はあり得ない、ということになってしまった。その結果、包括的なアプローチで日朝問題の解決を目指していた田中氏は、国賊であるとして激しい批判を受けることになってしまった。

北朝鮮と信頼関係を構築せよ
―― マスコミがナショナリズムを煽ったことで外交が失敗したという点においては、北方領土交渉と類似している。
東郷 外交というものは常に内政とリンクしている。戦前においても、アメリカとの戦争を終結させるためには、まず軍部と交渉して彼らを説得する必要があった。戦争終結とは、外交問題というよりも、内政問題としての面が強かった。
 これは現在においても同様だ。外交を成功させるためには世論を説得する必要がある。それに失敗したために、北方領土交渉も日朝交渉も頓挫してしまった。
 田中氏の交渉以来、日朝問題は現在に至るまで何一つ進捗していない。民主党政権になってから、鳩山政権や菅政権においても、何度か北朝鮮との交渉は行われていたようである。
 しかし、報道を見ていても、拉致問題の解決に向けて努力しています、といった国内向けのパフォーマンスとしか思えなかった。そのような外交を行えば、相手は必ず足元を見てくる。それは結果として、拉致問題解決を遠ざけることになる。
 金正恩体制が今後いかなる動きに出るかは、今のところ予測不可能だ。しかし、少なくとも、北朝鮮が日本にとって良い方向に動く可能性を、日本が押しつぶしてしまうことは避けねばならない。
 日本としては、何よりもまず北朝鮮との間に信頼できるパイプを構築するべきだ。北朝鮮が安定することは周辺国にとっても国益に適うのだから、アメリカや韓国に状況を説明しつつ、彼らと協力しながら進めていく必要もあるだろう。(以下略)


*本稿は編集部の許可を得て投降しています。
 

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