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「どんなに忙しく頑張っても世の中は良くならない」
人は皆毎日忙しく働いています。そのほとんどは世の中を悪くしてやろうなどと思っていません。大多数の人々は、心を正しく保ち日々の仕事に邁進してさえいれば、いずれ世の中がよい方向に動き出す時もあると考えています。しかし僕はそう思いません。強壮剤の注射を打ちながら働いている証券マンの命が助かるかどうかは、自分の身体が癌に侵されていると気付けるかどうかにかかっています。そんな時に忙しすぎるのは害であり、彼は一日会社を休んで人間ドックに出かけるべきなのです。ですが人は言うでしょう。「そうは言ってもお金がないのだ。お金を稼ぐために額に汗することが人としての勤めなのだ。」と。そうでしょうか?本当にお金がありませんか?僕は昔銀行員でしたが、当時の同期たちは今そこそこのお金持ちになっています。既に自宅を手にした者も沢山います。しかし働き盛りの彼らの職責は重くなる一方で、一息ついて休むどころか逆に病気を抱えながら頑張っている者がほとんどです。新入行員のうちに会社を辞めた僕は、当時の記憶だけが残っていますから、これから同期たちの身に何が起きるか知っています。彼らの少なからぬ割合は大病を患い、出世を諦めて閑職に左遷されていくのです。さて僕は収入が少ないのでほとんどお金を使いません。ここでもし彼らが僕と同じ生活レベルで一年をやりくりすることに慣れていれば、厚生年金が開始される年齢まで楽に暮らせるだけの資産を持っているものがほとんどでしょう。会社を辞め、趣味の生活に転じて何が悪いのでしょう?その趣味の中から新しい何か価値のあるものが生まれてこないとは限りません。もしそうなればその価値あるものを売って、かつての同僚はサラリーマンから一端の会社社長の身分に昇格出来るのです。プー太郎だと聞こえが悪いですが、その生活の中からもし何か価値のあるものをクリエート出来たら、それは社会に対して素晴らしいゲインとなります。その昔、日本では都銀十三行がひしめき合っていました。それは明らかにマーケットに対して過剰な水準で、凄まじい選択圧に晒された銀行団は相互に過当競争を繰り広げていました。その歪みは個々の行員に対する重いノルマとなって跳ね返り、彼らは毎日9時過ぎまで残業するのが当たり前でした。そんな労働に「お天道様の下で頑張って人としての正道を貫いている」と誇れる価値がありますか?僕はないと思います。彼らが今おのおの生活を切り詰められないのは、彼らの奥さんが裕福な生活に慣れてしまったからです。世間体の意識に支配された女性たちは、その質を切り下げるなど論外で、夫にもっと働いてステータスを上げて欲しいと願っています。仮に夫に持病があっても、それが未来の大事に至るとは妻は夢想だに出来ません。ですから走り出した列車はもう止まることが出来ないのです。それに加えて人間には集団帰属本能があるので、組織から離れると通常の人は心にぽっかりと穴が開き、自分が疎外されていると感じてしまうことでしょう。またほとんどの家庭において過剰にかけられている住宅ローンが、「ちょっと一服」のゆとりを許してはくれません。こうしてエゴイズムを全開にした集団は、不必要なレベルの富を当たり前の水準と看做し、それ以下のレベルの人々を軽蔑します。しかし、過労も、軽蔑も、悪いことばかりではないですか?イルミーは学者という名の暇人たちを飼い慣らし、彼らに本業の研究をさせずに、イルミーの望むワンワールドをいち早く形成させるために社会の枠組みをどうすべきか常に建策させています。この枠組みに収まらない限りお金は来ず、逆に納まってお金を得ているこということは、世の中を改悪する仕事に手を貸しているということになります。けれども、このブログが示してきたように、ワンワールドは日本人にとって不幸でしかありません。ここで積極的に世の中をよくしようと実弾を撃たない限り、世の中はよくなりません。皆さん何もしないのならせめて、このアマがえるブログを他人に広めてはくれませんか?そうすればせめてその分だけ世の中はよくなります。
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