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エネルギー政策転換にむけた議員セミナー :出席議員はたったの3名、最後にあった「負げねど飯舘!」の一人の若者の声を聞いて!
http://www.asyura2.com/10/nametoroku6/msg/1681.html
投稿者 photon 日時 2011 年 5 月 23 日 16:25:04: HdXuS9Ul1xzZY
 


「負げねど飯舘!」佐藤健太さんのスピーチ
http://blogs.yahoo.co.jp/yumehakanauyocare/4412238.html

木下容子さんのブログから一部貼付けます
貼付け開始

新たな情報に触れる度わたしは、絶望と希望を行ったり来たりしながらいますが、先日のセミナーの最後に「負げねど飯舘!」の一人の若者、佐藤健太さんのスピーチが心打たれました。

非常に感情を抑えた話し方のなかに大きな怒りと絶望とを内在させながらも、あきらめずに一歩・一歩前をみつめていこうという佐藤さんのスピーチを文字起こししてくださった方に感謝して転載いたします。

「私たちの飯舘村は、福島第一原発からほんの一部を除いて30キロ以上離れている、標高500 メートル前後の山村です。重要な生活道路は村の中央を東西に横断している県道12号線原町川俣線で、この道路を経由すると福島第一原発まで道のりで60キロ弱あります。

そういうこともありまして、村の一部が30キロ圏内に入っているということを認識している村民は少なかったと思います。交付金を受けていないだけではなく、山の上ということもあり、原発は遠い存在でした。安全だと思っていたというよりは、無関心だったのかもしれません。

3 月11日、東日本大震災が起こり、村も大きく揺れました。飯舘村は地盤がかたく地震に強い地区でしたが、その破壊力や、想像を絶するものでした。私は仕事中で工場にいましたが、地震と同時に無我夢中で自宅へ走り、痴呆症の祖母を茶の間から裸足のまま吹雪の外へ引きずりだしました。

その後、状況を把握しようとしましたが、電気も携帯電話も使用できなくなってしまい、車のラジオしか情報を得る手段がありませんでした。経験したことない大震災が起きたということ以外は、ほとんどわかりませんでした。その夜は、地元の消防団ということもあり、見回りなどをし、大きな余震の続く中、車の運転席に横になり、眠れない夜を過ごしました。

翌日の12日、津波の被害があって沿岸部から避難してくる人たちのために避難所を開設することになり、人口6000人余りの小さな村ですが、村役場、消防団はじめ、村民総出で避難所の運営にあたりました。村職員の奮闘もあり、水道はすぐに復旧しました。プロパンガスも水道もある。復旧の足掛かりはしっかりできており、隣の南相馬市をはじめとする沿岸部を助けなければならない、そして助けられると思っていました。

しかし、避難所は開設当初から、津波の被害を逃れてくる人より原発から逃げてくる人で溢れ、私たち村民の不安を大きく掻き立てました。何かとんでもないことが起きているのではないか。脳裏に最悪の事態がよぎりました。飯舘村からさらに西へ避難する人々を見送りつつ、新たに避難してきた人たちの支援に努力しました。情報のない中で、不安を振り払うために、目の前の問題に没頭したかったのかもしれません。

そして運命の3 月15日、避難所の炊き出しをするお母さんの頭上に、一生懸命手伝いをする子どもたちの頭上に、地域の道路の補修をしていた青年の頭上に、近所のお年寄りの世帯を心配して回る消防団の頭上に、うっすらとアスファルトを覆うだけの春雪とともに、放射性物質が村に降ったのです。春を間近に感じる、少し肌寒い日でした。

その後、ガソリン不足や物資不足が続き、村民は混乱し続けていました。さらに放射線量の測定も始まり数値も出てきましたが、私たちがその数値を見ても、一体その数値がどんな数値なのか理解できずに、さらに不安が増しました。いまでも、その数値が意味するものは何か、わからない方がほとんどだと思います。

その中で、某大学の先生が、『この数値なら問題ないです。安全です。マスクをしなくても、子どもを外で遊ばせるのも問題ないです』という講演をしていかれました。そのことにより純朴な村民は、安全なんだ、避難しなくても大丈夫なんだ、と思ってしまったのです。
その後も、洗脳するかのように、次々と安全だという先生が講演をしていかれました。

そして、いきなりの計画的避難区域。あの講演は一体何だったんだ。一気に村民は不安に包まれました。なぜリスクがあるという講演は行われず、偏った情報ばかりで、私たちに選択肢が与えられなかったのか。苛立ちさえおぼえます。
その他、家畜やペット、仕事や生活環境の様々な問題が取り巻き、避難するにできない状況になっています。

私たちは、3 月15日の午後、目に見えない放射能という津波に飲み込まれました。そして、いま現在も放射能という津波の中でもまれ、もがき苦しんでいます。不安や憤りの渦の中、家族は互いの手を離すことに強い不安を感じています。まずは津波の渦から逃れ、陸に上がることが必要で、計画的避難を早く完了させるのが大事なのですが、それもスムーズに進んでいません。不安と憤りの渦の中、安心してすがりつくことができる太いロープが届いていないのです。

さらに、放射能という津波は陸に上がっただけで逃れることはできないのです。私たちはすでに、かなりの放射線を浴びてしまいました。おそらく内部被曝もしているでしょう。私たちは疲れ果て、その事実から目を逸らしたくなっています。

私たちの健康は大丈夫なのか。私たちはどうなっているのか。子どもたちの未来は本当に大丈夫なんだろうか。『直ちに影響の出る範囲ではない』では安心できません。誰か教えてください。私たちは真実を知りたいんです。子どもたちの未来のために、私たち大人は真剣に考えて行動しなければなりません。そのためにも、手助けがほしいんです。


飯舘村は、いま美しい新緑の季節です。しかし、例年と違って、水田も畑も3 月11日のままです。子どもたちの元気な笑い声もありません。やわらかい笑顔の、おじいちゃん、おばあちゃんたちの集う姿も見られなくなり、そういう美しい村だったということに改めて気付きました。

いつの日か──本当に遠くなるかもしれません。いつの日か村が復興するために、いま大人としてやるべきことをやりたい。子どもたちの未来を守りたい。皆さん、力を貸してください。お願いします」
【 スピーチ文字起こし @hoshigatanoniwa 】
転載終了
貼付け終了
 

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