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「新型コロナは中国の人工ウイルス」と信じる人が後を絶たない理由は ?
(www.esquire.com:2020年5月1日)
アメリカを中心に、中国の武漢ウイルス研究所が新型コロナ発祥の地だと信じる人が増えている。WHOが否定コメントを出しても、この説は勢いを増すばかり。こういうときには頭ごなしに信じ込んだり、逆に否定するのではなく、「なぜ、こんな説が出ているのか」という背景を考えてみるべき。
※「ダイヤモンド・オンライン」にて2020年4月23日に掲載された、ノンフィクションライター 窪田順生さん執筆の記事転載になります。
◆「人工ウイルス説」を信じる米国の若者たち
2020年4月21日(火)、世界保健機関(WHO)の報道官は、新型コロナウイルスについてこのような考えを示した。
「研究所などで人為的に操作や作成されたものではなく、動物が起源であることをあらゆる根拠が示している」
この発言は、トランプ大統領が声高に主張し、米メディアも盛んに報じる「武漢ウイルス研究所の安全性に問題があって、そこから“0号患者”が出たのではないか」という疑惑の火消しを意識したものであることは明らかだ。
アメリカの世論調査会社が今月行った調査では、23%の人がウィルスが「意図的に作られた」と回答。「偶然作られた」と答えた6%を合わせると、29%が「人工ウイルス説」を信じている。年齢別で見ると、18〜29歳が35%と高くなっており、ネットやSNSで情報を入手している若い人たちの間で、この説が広まっていることがうかがえる。
1500株以上のウイルスを保管する、このアジア最大規模の研究施設に疑惑の目を向けているのは、なにもアメリカ人だけではない。
例えば、2020年4月16日(木)には、エイズウイルスの発見によって2008年にノーベル生理学賞・医学賞を受賞したフランスのリュック・モンタニエ氏も、「武漢ウイルス研究所起源説」に言及。コウモリ由来のコロナウイルスで、エイズワクチンの開発を進めていた中で、何らかのアクシデントで施設外に漏れてしまったという考えを示している。
しかし、実際にこの説が本当なのか否か、確固とした証拠はいまだに、どこからも出されていない。WHOも参戦して、「いろんな人たちが、いろんなことを言っている」という混沌とした状況だ。そんな中、なぜ世界では「武漢ウイルス研究所起源説」を頭から信じる人たちが後を絶たないのか。
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インテリジェンス方面からは、アメリカの情報機関が仕掛けている「対中工作」の一環だなんて話もまことしやかに語られているが、一般庶民がなんとなくこの陰謀論に引っ張られてしまうのは、今回の世界的なコロナパニックが見方によっては、“中国にとって都合のいい方向”へ流れていることも大きいのではないか。
◆米中「5G戦争」で中国が優位に
つまり、新型コロナの世界的流行によって、中国が「ひとり勝ち」をしているように見えてしまっているため、そこにモヤモヤしたものを感じる人々が「中国がバラまいたに違いない」と考えてしまっているのだ。
もちろん、中国国内でも多数の感染者、死者が出ている。その対応については、中国共産党も痛烈な批判を浴びている。ただ、そのダメージを上回るほどの“新型コロナによる恩恵”を授かっているのもまた、事実なのだ。それは大きく分けると以下の3つである。
(1)アメリカとの「5G覇権争い」で優位に立った
(2)「コロナ対策」という新たな輸出品目ができた
(3)香港の民主化運動から国際世論の目をそらせた
まず、(1)については、詳しく説明の必要はないだろう。ご存じのように今、中国が国をあげて力を入れているのが1700億ドル(約18兆3200億円)を投じて進めている「5G」だ。
これは単に中国国内のITインフラを整備するという話ではなく、アメリカからテクノロジー分野の主導権を奪って、世界の覇権を握るという意味が大きい。それはアメリカ側もよくわかっているので、ヨーロッパなどでボコボコ基地局を建てているファーフェイを「中国のスパイ企業だ」と叩いてきたのだ。
そんな“5G戦争”だが、今回のコロナパニックで一気に戦局が変わった。世界で最多の感染者、死者を出しているアメリカでは、ロックダウンによる経済のダメージが深刻で、大量の失業者が出ることが予想されている。先日は、この国の経済成長を支えてきた移民の受け入れまでも停止。要するに、しばらくは足元の国内経済の立て直しにいっぱいいっぱいになることが予想され、5Gどころではないのだ。
そんな苦境に立たされたアメリカと対照的なのが中国だ。先月、中国共産党は新型コロナの経済対策として5Gを含む「ニューインフラ」の整備を発表。中国共産党機関紙「人民日報」では、EC最大手・アリババグループの張 勇CEOが、この政策が経済発展につながると支持を表明している。
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つまり、中国にとってコロナパニックとは、5G戦争の敵国・アメリカの戦意を喪失させて戦況をひっくり返す、というさながら「神風」のような役割を果たしているのだ。
◆中国の5G攻勢を警戒する米国
「バカバカしい陰謀論をふれまわるな」と怒られるかもしれないが、5G戦争の舞台となっている国では、実際にコロナと5Gを結びつけてしまう人たちが続出している。例えば、2020年4月14日(火)の英「ガーディアン」紙によれば、英国内で「5Gアンテナが新型コロナを広めている」というデマが拡散され、すでに40件を超す携帯アンテナへの放火や破壊が行われているという。
また、同年同月17日(日)には、ポンペオ米国務長官が、新型コロナウイルスの感染拡大に中国が果たした役割を踏まえると、ファーウェイなどの中国企業の5G導入を再考せざるを得ない国が出てくるだろうと述べた。
こういう発言が、今のタイミングでアメリカから出るということは、裏を返せば、コロナパニックに乗じて、中国が一気に5Gで攻勢をかけることを非常に警戒しているということでもあるのだ。
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ただ、コロナパニックが中国の追い風となっているのは、5Gだけではない。それが、(2)の《「コロナ対策」という新たな輸出品目ができた》ということである。
現在、中国は新型コロナの感染拡大を抑え込んだということで、感染拡大リスクの高い国へ医療チームの派遣や医療物資の提供など、積極的な支援を行っている。
素晴らしいことではあるのだが、一方でこの中国側の“善意”をストレートに見ない人たちも世界にはたくさんいる。「中国がウイルスをバラまいた」という悪いイメージを払拭するためだとか、支援とバーターで5Gの導入を求めているなど、単なる人道支援ではないという見方が圧倒的に多い。
その中でも有力視されているのが、医療崩壊している国や、医療インフラが脆弱な国に「新型コロナ対策」を輸出することで、その国の“中国依存”を高めていく狙いがあるのではないかというものだ。
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そのわかりやすい例が、セルビアだ。もともと中国と関係の深い同国では、3月15日(日)に非常事態宣言が出されたのだが、その際にブチッチ大統領がこう述べている。
「ヨーロッパの連帯は存在しない。紙に書かれたおとぎ話にすぎない。われわれは中国抜きではみずからを守ることもできない」(NHKニュース2020年3月22日より)
この言葉通りに、中国から医療チームを国賓扱いで迎え入れた同国の首都、ベオグラードでは、習近平氏の写真と共に「ありがとう、習兄弟」と書かれた赤い看板が掲げられている。
◆「コロナ対策」の輸出で世界各国とのつながりを強固に
また、医療崩壊したイタリアにも中国は医療チームを派遣しているが、同国はG7で初めて「一帯一路」の協力の覚書を交わした国である。2020年4月8日(水)には、ナイジェリアの医師会が「来るな」と反発しているにもかかわらず、中国は医療チームを派遣している。ご存じのように同国は、中国国営企業が多く進出して開発を進め、一部から「植民地」などと揶揄されている。
つまり、もともと中国とつながりの深い国に「新型コロナ対策」を輸出することによって、医療体制の“中国依存”を高めて、より強固な経済関係を築いているのだ。
このような中国の、コロナを「商機」としているような積極的な動きが、「武漢ウイルス研究所起源説」を後押ししているというのは容易に想像できよう。
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そこに加えて、この説が信憑性をもって語られる最大の理由は、「新型コロナの世界的流行」が、中国政府最大の窮地を救った、という動かし難い事実があるからだ。
それは、香港の民主化運動だ。
この数カ月の世界の混乱ですっかり忘れてしまった人も多いだろうが、コロナ流行以前、世界が注目した中国のニュースといえば、香港の民主化運動をどうやって、中国共産党が鎮圧をするのかということだった。2019年11月には、人民解放軍も初出動して、いずれは天安門事件のような武力鎮圧もあるのではないかと注目されていた。
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もしそれをやってしまったら、国際社会の批判は一気に噴出。中国本土での不満も高まるので、習近平体制崩壊につながる恐れもあった。そのような意味では、香港の民主化運動は間違いなく中国の命運を分ける「危機」だったのだ。
しかし、それが今はスコーンとどこかへ飛んでいってしまった。新型コロナの影響で、世界がそれどころではなくなったのだ。
中国政府の最大の危機が、これまた中国発の世界的パニックで一気にかき消されてしまった。偶然にしてはあまりにもできすぎたタイミングである。
しかも、国際社会の目をそらすことができただけではない。事実として、中国政府が今回のコロナパニックをちゃっかりと鎮圧に利用しているのだ。
2020年4月18日(土)、香港当局が民主化運動で中心的な役割を果たした有力者を一斉に逮捕している。3人の民主党元主席を含む、異例の大量検挙だった。これを受けて、「雨傘運動」の元リーダー、黄之鋒氏はこのようなコメントを発表した。
「全ての国家が新型コロナと戦っている最中に、中国の独裁体制は香港の民主化運動への弾圧を進めている」
◆特定の説に引きずられないためにはその「背景」を知るべきだ
断っておくが、中国政府が香港の民主化運動を鎮圧するために、ウイルスをバラまいたなどと主張をするつもりは毛頭ない。
ただ、「武漢ウイルス研究所起源説」を信じる人が増えているという事実があり、それは、これまで見てきたように中国政府が「コロナパニックで逆に得をした」という事実がいくつも出てきている、という背景があるからだと申し上げているだけだ。
ちなみに、「得」とまではいえないが、今回のウィルスの最大の特徴である「子どもや若者より高齢者の致死率が圧倒的に高い」ということも、この説を後押ししている。
「中国経済の司令塔」として知られる国家発展改革委員会傘下のシンクタンク、中国国際経済交流センターの分析では、2025年に中国の高齢者は総人口の14%以上となって高齢化社会へ突入し、そこから凄まじい勢いで高齢化が進んでいくということで、「豊かになる前に老いる」と危機感を募らせている。
つまり、中国政府が今、最も頭を抱えているのは、トランプ大統領でも、香港の民主化運動でもなく、「億単位で増えていく老人をどうするか」という問題なのだ。
そんなところに武漢で発生したのが、「80代以上の致死率は15%」(中国疾病対策予防センター)という新型コロナウィルスだ。かつて人口爆発を防ぐために「一人っ子政策」で産児制限をしたあの国ならば…と「人工説」に飛びつく人が出てくるのも、仕方のない部分があるのだ。
BCG接種率の違いによって、死亡率に大きく差が出ているように、新型コロナについてはまだ、わかっていないことが多い。そのため、どうしてもいろんな言説が飛び交う。しかし、特定の説に易々と飛びついてしまうのはまずい。
なぜそのような話が出てきたのか。なぜそのように考える人が多いのか。数々の見方が飛び交う混乱期に情報と向き合うためには、その「背景」を知ることが重要なのではないか。
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