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戦没者追悼式:天皇陛下、最後の追悼式で新たな1 文 ! 平和への強い願い !
第 二 次大戦の深層・真相は ?
(www.asahi.com:2018年8月15日12時28分より抜粋・転載)
朝日新聞デジタル・島康彦:
全国戦没者追悼式:
戦後73年の終戦の日を迎えた、8月15日。日本武道館(東京都千代田区)では、政府主催の全国戦没者追悼式が開かれ、今年も天皇、皇后両陛下が臨席しました。両陛下を長く取材してきた記者が、天皇陛下の平和への思いをひもときます。
陛下「惨禍が繰り返されぬこと切に願う」 おことば全文
終戦の日、平成最後の追悼式 首相が不戦の決意表明
「長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ」
退位を来年4月末に控え、天皇として迎えた最後の終戦の日。「おことば」では「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ」の新しい表現が盛り込まれた。戦没者を悼み、平和を願い続けた陛下の思いの表れと言えるだろう。
天皇陛下にとって8月は「お慎み」の季節だ。皇太子時代の会見で言及した「どうしても記憶しなければならない四つの日」のうち、広島原爆(6日)、長崎(9日)、そして終戦(15日)の三つがあり、両陛下はこれらの日に極力外出を控え、欠かさず黙禱(もくとう)をささげてきた。
1988年の8月15日。昭和天皇は体調が悪化するなか、静養先の那須からヘリで帰京し、追悼式に出席した。「今もなお、胸がいたみます」。戦争の当事者としての心境をおことばで明かし、これが逝去前最後の公式行事となった。
それから、ちょうど30年になる。父の後を継ぎ、追悼式に出席した天皇陛下は「今もなお、胸がいたみます」の一節を「深い悲しみを新たにいたします」に変え、戦争の記憶を継承する大切さを訴えてきた。「象徴」として重きを置いてきた戦没者慰霊は、次世代の皇室に受け継がれる。(島康彦)
(参考資料)
T 第二次大戦・日中・日米戦争勃発の真相は、
世界大恐慌後、英米の謀略だった !
副島隆彦・船井幸雄の主張:国民党と中国共産党を和解させて、抗日統一戦線をつくらせ、日本を敗北させようとしたことは、世界大恐慌後、景気回復のため、世界大戦誘導を狙う、英国と米国の裏の戦略でもあった(日本を、戦争に駆り立てたのは、米国による、石油禁輸措置だった。日本は、資源確保のために中国等東南アジアに侵攻した)。
特に、米国は、英国を追い抜いて、世界覇権国になるという、英国に内密の戦略のため、大戦後・対ソ連との戦いのため、1930年代から、日本占領・支配・収奪を狙って、長期的に準備していた。つまり、日本政府・陸海軍首脳は、英国・米国・ソ連・中国共産党の仕掛けたワナに嵌められて、無謀な大戦に突入したのだ。
マッカーサー元帥は、この日本首脳を、12歳並と言った。自民党体制(官僚機構・財界・マスコミ・御用学者・御用評論家も含む)は、アメリカが裏から思い通りに支配するために、強力なアメリカ主導で作ったものである(『昭和史からの警告』。
U 日本国民には知らせない、第二次大戦・日米戦争の真相とは ?
(ヤコブ・モルガン著「山本五十六は生きていた」より抜粋)
○負けるべきして始まった太平洋戦争の真相 !
1.白人種は元来戦闘的、侵略的、謀略的
2. 平和に生きたい日本民族と 略奪が日常の米英等民族
(1)王国滅亡の原因:外敵の侵入・悪政・売国奴の存在
(2)王国・帝国の崩壊過程で ユダヤ金融財閥が子分を権力者に育成 !
17世紀におけるイギリスの清教徒革命、18世紀のアメリカ合衆国建国、フランス革命、19世紀の日本における明治維新、そして20世紀の辛亥革命、ロシア革命、さらにドイツ、オーストリア、トルコ、大日本帝国の崩壊である。
世界中の王国、帝国を倒壊していく過程で新たな権力の座についた「世界支配層」ユダヤ・イルミナティ・フリーメーソンは、打ち続く戦乱で鍛えられた白人層を世界征服のための先兵として駆使してきた。
*補足説明:フリーメーソンは秘密結社の事である。フリーメーソンの人数は全世界で600万人超である。
マクロ的に見ればヨーロッパやアメリカの白人層は相対的に国力を増大し、白人間の熾烈な闘争によって鍛えられた戦闘力でアフリカ、中近東、中南米そしてアジア太平洋地域へと侵入、その旺盛な物質的欲望と覇道主義によって世界の分割に乗り出したのである。
16世紀から20世紀初頭に至る白人帝国主義国家による世界各地での残虐非道な植民地支配は、弱者である被支配地域に深い傷跡を残したが、その真実のすべては決して明らかにされることはない。その暴虐のすさまじさは、殺された人民の数もさることながら、地球規模で略奪された文化遺産や美術品の量を見ても明らかであろう。大英博物館やルーヴル博物館などはそれを証明している。
残虐行為を働くものはその戦慄的行動の当事者であると同時に、「情報の管理者」でもある。大地が血の海となっても「血は一滴も流れなかった」とウソの発表する。だが真実の一端はごくわずかの生存者によってもたらされ、語りつがれるのである。
アジア・太平洋地域では、19世紀から20世紀中頃にかけて多くの悲劇がもたらされた。白人種によるアジア人種への圧迫と領土的、民族的支配によってである。
19世紀中頃、アジアおよび太平洋の広大な領域はほとんど植民地としての徹底的な支配を受けた。
“ 白人帝国の世界分割支配を陰で操ったのは国際ユダヤ勢力(イルミナティ)であり、その実行組織であるフリーメーソン”である。
(3)アジア支配のため団結力の強い日本民族を粉砕したい !
(4)日本軍部の中枢が売国者=米国の子分では勝てる訳がない !
1929年におきた世界大恐慌から、経済回復するため、英米両大国は、大戦争を計画した。持てる国に対して、持たざる国・ドイツ・イタリア・日本などを経済制裁して困窮させ暴発して他国に侵略することを誘導する、巧妙な謀略を実行した。
「大本営陸海軍発表。帝国陸海軍は本日未明、西大平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」――昭和16年(1041年)12月8日、早朝ラジオの臨時ニュースは日本が真珠湾を攻撃し、太平洋戦争に突入したことを報じた。
日本はこの日より国家滅亡への道をひた走りに進んでいくのである。日本が米英を相手に戦いを始めたことは、大局的かつ戦略的な失敗であった。だが、はたして当時の日本に他の選択肢があったかと言えば、それはなかったとしか言いようがない。
明治以来、日本はアジア諸国を決して友邦として扱ってこなかったのみならず、アジア人を一段低いものとして「蔑視」すらしてきた。中国や朝鮮と連帯するどころか、植民地支配を続け、抗日、侮日のナショナリズムを高揚させたのである。“日本はアジアの中で孤立し、ABCD(米・英・中・蘭)包囲網によって経済的に追いつめられ”ていった。
日本が描いた「大東亜共栄圈」の夢もアジア諸国の理解を得られたものではなく、「日本が西欧植民地にとって代わる」というスローガンでしかなかった。満州事変を正当化した「王道楽土」の建設も、結局中国人には通用しなかったのである。太平洋戦争はまさに「清水の舞台から飛び降りた」(東条英機)ものであった。
だが、太平洋戦争が勃発せざるを得なかったのは、日本を戦争にひきずり込む、「数々の歴史の罠」と歯車が存在したからである。
“太平洋戦争は海軍が主体の戦争”であった。アメリカを相手に戦って日本が勝つ見込みはほとんどなかったが、日本側にもし本来の高度な戦略とそれを実行する優秀かつ愛国心に燃えた将官がいれば、戦局は大いに違ったものとなっていただろう。
“日本帝国海軍の中枢は「欧米派」で色どられ、その内の主要な人物はユダヤ・フリーメーソン”ですらあった。このため日本の海軍はあらゆる太平洋上の戦闘で不可思議な動きをする。“それは敵に手ごころを加え、まるで負けることを目的としたかの如き戦いぶり”であった。
また陸軍についても同様のことが言えた。大本営参謀本部の高級参謀たちはつねに「無謀極まる作戦計画」を立てては日本軍に多大な損害を与え、多くの将兵を失う結果を招来した。
陸軍参謀本部といえば陸軍大学を優秀な成績で卒業したエリート中のエリートである。その彼らが、まるで痴呆のように拙劣な作戦を立案してはそれを強行し、日本軍に取り返しのつかない打撃を与え続けたのである。
“参謀本部のエリートたちもやはり日本を敗北に導くために「世界支配層」によって操られた者たち”であったのだ。彼らの一部は“ユダヤ・フリーメーソンであり、またその一部はソ連と通謀した共産分子”であった。
国家としてあろうことか、日本はこのような「売国的戦争指導者たち」によって太平洋戦争を戦わなければならなかったのである。
太平洋戦争は大きく分けると4つの局面で展開していく。それは「開戦・進攻」、「戦局反転」、「特攻・玉砕」、「斜陽・終戦」である。
そしてそれぞれの局面で日本軍はいつも決定的な失策を犯し、戦局は暗転していくが、その失策を犯す人間は「ある特定の人物」であり、その人物の指導により日本軍は決まって壊滅的な打撃を受けるのである。
太平洋戦争は勝てるはずの戦いであった。いや、勝てないまでもこのように悲惨な負け方をするはずのない戦争だった。日本軍の兵の士気、優秀さ、空母、戦艦、航空機など兵器や物量の点においても日本の戦力は充分にアメリカを凌駕できるものであった。
“にもかかわらずこのような負け方をせざるを得なかったのは、戦略や作戦に携った司令官や参謀たちの多くが無能であったという以上に、「敵と密通」し日本が敗北することを望んだ奸たちがいた”からに他ならない。日本は戦う前にすでに敗れていたのである。
(5)この戦争指導者たちがユダヤ=国際金融財閥の手先である !
太平洋戦争の全容は実に膨大であり、その戦闘のひとつひとつを語ることは数十冊の本をしても不可能に違いない。(中略)
それぞれの戦局で「日本軍を敗北に導く役割」を果たした主な人物たちは次の通りである。
●米内光政 ………海軍大将、海軍大臣、首相。フリーメーソン
●山本五十六 ……連合艦隊司令長官、海軍大将・元帥。フリーメーソン。
●南雲忠一 ………真珠湾攻撃時の第一航空戦隊司令長官、海軍中将、ミッドウェー海戦 時の第一機動部隊指揮官。
●源田実 …………第一航空艦隊参謀、海軍大佐。
●井上成美 ………海軍軍務局長、第四艦隊司令長官、海軍中将。
●原忠一 …………真珠湾攻撃時の第五航空隊司令官、海軍少将。 ●服部卓四郎 ……大本営参謀作戦課長、陸軍大佐。
●辻正信 …………大本営参謀本部作戦課参謀、陸軍大佐。 ●瀬島龍三 ………大本営参謀本部作戦評参謀、陸軍中佐。
●牟田口廉也 …支那駐屯歩兵第一連隊長・ビルマ方面第一五軍司令官・陸軍中将。
●栗田健男 ………第二艦隊司令長官、海軍中将。
もちろん、彼らだけがすべてではない。日本の陸海軍の組織は複雑な派閥で形成されており、人脈は網の目のようにはりめぐらされていたから、日本軍が敗北していく過程には何百人、何千人という「多くの協力者が暗躍した」のである。
重要なことは、日本軍や政財界の中には、日本が天皇制軍事国家であることを望まず、米英(ユダヤ)やソ連(ユダヤ)と「通謀して日本の国体破壊にひたすら協力した者」(自民党体制の先祖たち)が大勢いたということである。
(5)米国の子分は、東京裁判でも裁かれず、 戦後は英雄扱い !
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