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暴走・違憲・大悪政の安倍政治を強制退場させなければ、日本が亡ぶ !
自民党を強化した、自公連立の深層・真相は ?
(「植草一秀の『知られざる真実』」:2018/06/21より抜粋・転載)
1)〜9)は前2回投稿済みです。以下はその続きです。
10)安倍首相・政権は、「いまだけ、カネだけ、
自分だけ」の権化と化している !
ところが、安倍政治では、これが完全に逆立ちしている。
総理大臣自身が「いまだけ、カネだけ、自分だけ」の権化と化している。
そして、この「三だけ総理」を支持する「三だけ国民」が少なからず存在するのだ。
安倍自公政治に投票している国民は全体の4分の1に過ぎない。
安倍自民に投票している国民は全体の6分の1に過ぎない。国民の4分の3は、安倍自公政治の支持者ではない。
11)75%の主権者が結束・活動すれば、直ちに安倍政治を、刷新できる !
この4分の3の主権者が結束すれば、たちどころに安倍政治は終わる。
このことを改めて確認しておこう。しかし、現実には主権者の半分が選挙に行っていない。
自分たちの生活に直結する政治の体制を決定する選挙に足を運んでいないのだ。
選挙に足を運ぶ主権者のうち、半分が自公に投票し、半分が反自公に投票している。
しかし、議席は自公が7割、反自公が3割である。
12)絶対得票率が約24%の自公が、70%の議席
を占有して、暴政を続けている !
そして、7割の自公が「数の力」を盾にして暴政を続けている。
この現状を打破しなければならない。方法は簡単だ。反自公が、ひとつにまとまればいいのだ。
6.6オールジャパン総決起集会:https://bit.ly/2JfYXeR:で、日本共産党衆議院議員で国会対策委員長の穀田恵二氏が興味深い表現を用いた。「大異を残して大同につく」ででも、安倍政治を打破することが必要だ。
13)安倍政治を刷新するためには、「大異を残して
大同につく」ことが必要だ !
「小異を残して大同につく」ではなく「大異を残して大同につく」ことが必要だと述べた。
「反安倍」陣営と言っても一枚岩ではない。「大異」が混じり合っている。
しかし、その「大異」を呑みこんででも、まずは安倍政治を退場させることが必要である。
このような意味になるのだろう。それはその通りかもしれない。
14)安倍政治が永続すれば、日本は完全に破壊し
尽くされてしまう可能性が高い !
現在の安倍政治を放置しておくなら、日本は完全に破壊し尽くされてしまう可能性が高い。
「暴政」が日本を破壊し尽くそうとしている。これから激烈な大反動の時代に移行することになるだろう。
その大転換を誘導、主導するのは、心ある主権者国民である。
(参考資料)
T 自公連立前の公明党のスタンス:政権交代で改革実現 !
◆自民党の一党支配を打破し、新政権軸を目指す !
(石田委員長)公明党の基本路線:
1993年7月、総選挙に臨む基本姿勢について、石田委員長は「自民党の一党支配の下で、『政治腐敗が起こる 改革が叫ばれる 改革が実現しない 選挙で政権が動かない また腐敗が起こる』というような“悪循環”が何度となく繰り返され、今まさに政治不信はその極に達している。
この『“悪循環”を繰り返してきた最大の原因』は、“自民党に代わる政権の受け皿がなかった”ということであると思う」と日本プレスセンターで発言しました。
さらに、「政治を刷新して、緊張感を持たせる、また、政・官・財の癒着を断ち切るには、どうしても二つの問題が重要になってくる。1つは“政権交代のシステム”であり、もう1つは“抜本的政治改革”だ」と主張しました。
自民党政権を打倒して、細川政権は、1993年(平成5年)8月に発足した。 非自民・非共産8党派の連立政権であり、公明党も連立した。(1998年まで、この政権交代を目指す路線を続け、自民党・マスコミから昭和32年の大阪事件以来、迫害・誹謗中傷をうけていました。公明新聞1993年7月6日号3面)。
◆政権を選択できる、二大政党制をつくりたい !
(浜四津敏子代表):国民が政策・政治姿勢を判断し、「今回は、こちらの政権に日本の政治を任せてみよう」という、政権を選択できる二大政権政党もしくは二大政権勢力が日本に存在することが、中長期的に好ましいと思います
(浜四津敏子代表「公明新聞1998年8月16日号1面」)。
U 自民党の「反公明党・創価学会キャンペーン」
1998年以前、政権交代を目指していた、公明党・創価学会攻撃のため、
自民党がつくった主な組織 :
池田会長は、1990年までに日本人口の3分の1を創価学会員にする事、公明党政権で大衆福祉社会建設する事を目指していた。1970年(昭和45年)750万世帯達成した。昭和32年、戸田会長が達成した75万世帯を、10倍に拡大した。
自民党は、1990までに池田会長が目標を達成すれば、自民党が野党に転落すると心配した。池田氏を辞任させる事、創価学会と日蓮正宗を対立させ、分裂させれば、創価学会の構想が破壊できると考えた。
池田会長の構想破壊のため、一次・二次・宗門事件を構想し、実行した。
1979年4月、池田第三代会長は、辞任させられた。
次第に自民党への戦う精神が弱くなり、1999年自民党と連立した。
自民党・CIAは、一次・二次宗門事件(日蓮正宗と創価学会の内紛・実は、自民党・CIAによる分断工作)の黒幕であった !
★「創価学会等の社会的不正を糾す議員連盟」:中心者:三塚博元大蔵大臣
★「民主政治研究会」:代表:島村宜伸(しまむら・よしのぶ)元文部・農林大臣
★「憲法二十条を考える会」:代表:亀井静香・元運輸・建設大臣
★「四月会」(死学会):代表幹事:俵孝太郎(評論家)
顧問:勝部真長(お茶の水女子大学名誉教授)、秦野章(元法務大臣)、藤原弘達
(評論家)
V自民党権力に迎合・屈服した公明党の理由は ?
魚住昭氏の主張:(魚住昭『差別と権力』講談社2004年、295〜296頁より抜粋・転載)
後に、野中広務元幹事長が、自公政権作りを成し遂げた後、有力支持者の1人が「どうやって学会・公明党とのパイプをつくったんですか」と野中に聞いた。すると野中はこう答えたという。
「叩きに叩いたら、向こうからすり寄ってきたんや」と著書にしるしている
1999年以降、公明党は改革派から真逆の悪徳派・自民党従属に大変質した。
W 大悪政・大失政の自民・強力支援・公明党の超ど級共同責任 !
「公明党が野党共闘して、公明党の支援がなかったら
落選していた自民党議員、本当は、175人 !
自民党の獲得議席は、119議席、野党へ転落 !
今週の『週刊ポスト』(2014年 6月6日号)に、「公明党の支援がなかったら落選していた自民党代議士77人リスト」という記事がありました。―以下、省略―
X 戸田・創価学会第二代会長の苦悩 !
獰猛・狡猾・甘美な権力の魔性に全員負けるだろう !
創価学会本部における、文化部員の任命式で、戸田会長が、「今日、ここのいるのは、わが愛弟子たちである。しかし、“ほとんど全員が退転する”だろう。
獅子は千尋の谷に子を突き落とし、這い上がらせて訓練をする。ここにいる皆も、千尋の谷に落とさざるを得ないのだ。だが、“ほとんどの者が二度と這い上がれない”だろう。それを思うと、私は余りの辛さに――涙がこぼれるのだ」と述べています。
戦時中、牧口会長を獄死させた政治権力への怒り。いまだ誰も果たしたことのない、日蓮仏法の「立正安国」「王仏冥合」という見果てぬ夢の実現。時期は来た。
打つべき手は打った。だが、「権力には魔性が棲んでいる。ここに居並び、これから政界に送り出さねばならぬ弟子たちの、誰一人として気づかぬほどの獰猛で狡猾で、甘美な魔性が」と記述されています。
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